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第60話 塗り潰された過去

 意外と小学校にはすぐに入れた。

 鏡花が警備員に俺たちがOBOGだと伝え、簡単な書類に記載しただけなのだが、本当にそんなんで入れていいのだろうか。危機管理なってないんじゃないの? 世の中にはいろいろな人がいるんだからさぁ……。

 という疑問を鏡花さんにぶつけてみたところ、


「まだ学生で、休日というのが効いたんでしょうね」


 と実につまらなそうに返された。


「そんなもんなのか。好都合だけど」

「ただ、緩い方ではあるでしょうね。ここの教師連中はやる気とは無縁の存在だし」

「はー……」


 仲良くやれそう、と一瞬思ったがそもそもは虐めを見過ごすような連中だ。評価してやる理由は無い。当然連中にも色々言い分はあるんだろうけれど、お前それで給料貰ってんだろって思えばやはりギルティ必至だ。やらなくていいことはやらなくていいけれど、やらなければいけないことは手短にでもやれ。


「取りあえず、適当に見て回りましょうか」

「そうだな……」


 俺としては特段見たいものがあるわけじゃない。鏡花こそ見たいものは無いんだろうけれど、取りあえず黙って付いていくことにした。

 肝心の記憶の方と言うと……なんというか背中が痒いみたいな感覚だ。やはり魔力が戻ったことで思い出しやすくなっているのかもしれないが、小学校の外観から何か揺さぶられるなんてことは無かった。


 まあ大事なのは中身だから……と思っても中も外見と同様に、何の面白みも無いものだった。教室なども多く存在するわけでは無く、特別印象に残るものも無い。鏡花に合わせて言うならばやる気が無い中身だ。校風なのかな?

 そんなわけで相変わらずぞわぞわとはするものの、歩いていて特別何か記憶が浮かび上がるということは無さそうだった。


「どう? 記憶の方は」

「ん? ああ……悪い。正直何も」

「そうでしょうね、私もそうだから」


 鏡花はそう言って教室を覗き込む。


「この校舎、私の卒業後に改修されたみたい。内装が綺麗になっているもの」

「改修か……」

「ごめんなさい、調べておくべきだったわ」

「いや謝ることは無いだろ。俺が無理言って連れて来てんだし」


 落ち込んでしまった鏡花を宥めつつ、収穫無しとして昇降口に向かう。鏡花の言葉を聞いた後では教師に話を聞きたいとも思えなかった。

 記憶は揺さぶられない、むしろこのままここにいれば鏡花の嫌な記憶が揺り起こされかねない。そうであればこんなところ長居する理由なんてないのだから。



 全部が全部上手くいくなんてことは有り得ない。そんなことははっきり分かっていた。

 それにしたって、片道二時間の電車の旅の末、空振りというのは気が滅入る。まだ全て終わったわけではないが。

 俺の気持ち的にも随分お膳立てをして、コンディションも悪くない。断片的にではあるがイメージが浮かび上がることもあった。

 しかし……問題は俺なんかより鏡花の方かもしれない。


「大丈夫か、鏡花ちゃん」

「ええ、別に何も問題無いわ」


 朱染第一小学校を出た後、その外観を見つめる鏡花の表情は暗い。おちゃらける空気ではなさそうだ。反省。


「少し複雑な気分だわ」

「複雑?」

「外見はあの頃と変わらない。でも中身は全然違った。まるで、後ろ暗い過去を隠すみたいに」

「それって」

「今がどうかは分からないわ。けれど、当時の虐めは結構な大事になったのよ。私の両親は共働きだけれど放任では無いし、何より連中は大樹にまで手を出そうとしたから、PTAに問題提起までしたわ。それが市役所の耳にも入って……」

「それで改善はされたのか?」


 鏡花は苦笑を浮かべる。どうやら、そう簡単にはいかなかったらしい。


「物を壊すみたいな物的証拠が残るような行為は無くなったわ。ただ、無視や陰口は続いた……教師からも無言の圧力を掛けられたしね」

「酷い話だな」

「これでも軽い方なんでしょう。実際無視すれば実害は無いし」


 虚勢を張っているようには見えない。俺の観察眼なんてたかが知れているが。


「生まれ変わったなんて言っても、被害者には何も無いわ。これから良くなればなんて、私と、私達家族にとっては何の意味も無い言葉だわ」


 実につまらなそうにそう言って、鏡花は小学校に背を向けた。

 彼女はもう二度とここに来ることは無いだろう。俺にとってはただの空振りだったが鏡花にとっては重い物を残したらしい。



「次は元俺んちか」

「そして私の、ね」

「……その前に飯でも食うか。なんやかんやで時間経ったし」

「そうね……そうだわ、この近くに個人経営の弁当屋さんがあるの。なりは小さいけれど、味は確かよ。行ってみる?」

「弁当屋か……いいねぇ」


 鏡花推薦の弁当屋は、歩いて数分のところにあるらしい。念のためスマホで調べると現在も営業中、住宅地の中であっても長年続いているということはそれなりに人気の店ということになるのだろうか。


 歩くこと数分、スマホで事前に確認できた外観と相違ない弁当屋に辿り着く。値段は500円前後の標準的なものだ。


「なかなか風情がありますな。お勧めは?」

「私もしばらくぶりだから……無難にお勧め弁当かしら」

「お勧めね……」

「何か?」

「お勧めなんてされると、元々不人気だとか、在庫処分したいとかそういう店側のメリットを想像してしまってどうもなー」

「面倒くさいわね……」


 じとっと睨まれてしまった。ごめんなさい。

 あからさまな溜め息を吐かれながらも入店。店内には様々な弁当の写真が貼ってある。が、俺がそれを見て吟味する間もなく、鏡花はカウンターに向かってしまった。


「すみません、お勧め弁当一つ」

「あ、それもう一つ」

「……さっき胡散臭いって」

「選ぶ時間をくれないお前が悪い」


 何が気に食わないのか睨んでくる鏡花を見返していると、クスクスと笑い声が聞こえた。

 目の前の鏡花はそれを聞いて呆けた表情に変わる。であれば、


「いやあ、悪いね。あまりにも仲が良さそうだったからさ」


 笑っていたのは店員のおばちゃんだった。

 もしや胡散臭い云々を聞かれていたか? と思い居心地が悪くなる。


「お久しぶりです」

「久しぶり……? あっ、まさか桐生さんところの鏡花ちゃんかい!?」

「はい」

「いやいやまあまあ、大きくなったねぇ! つってもものの数年だけどさ、随分綺麗になったよ。なんだい、今日はデートかい?」


 途端に早口になるおばちゃんに、おばちゃんというのはどこでも同じだなぁなどと思いつつ、二人を観察する。鏡花はおばちゃんのデート発言には大して動揺した様子は見せていない。


「そんなところです」

「はぁ~、時間ってのは流れるね。鏡花ちゃんが鋼ちゃん以外の子とそんななるなんて。そのワンピース、似合ってるよ、彼氏さんもそう思うだろ?」

「え、俺? あ、はい」


 急に話を振らないで欲しい。


「そういや前も同じような格好の時があったねえ。もっと昔だけどさ……あっ、その麦わら帽子ってもしかして鋼ちゃんに貰ったやつかい?」

「ちょっと、おばさん余計なこ、もがっ!?」

「鋼ちゃんに貰ったやつ?」


 ちょっと気になる話題に鏡花の口を手で押さえる。おばちゃんはそんな俺達のやり取りを気にせず、むしろ昔話が出来るとあって楽しそうにしていた。


「お、気になるかい彼氏さん。彼氏さんには悪いけど、この子には昔別の鋼っていう彼氏がいてね、まあ微笑ましかったもんさ。鏡花ちゃんも『将来は鋼くんと結婚したい! おばちゃんはどうやって旦那さんと結婚したの?』なんて可愛らしいこと聞いてきたもんさ」

「ほうほう」

「その麦わら帽子もね、鋼ちゃんに貰ったって毎日見せに来てたくらいさ」

「店だけに?」

「お上手! お茶サービスしてあげる!」

「やったー!」


 因みに鏡花は話の途中からフリーズして俺の腕の中で大人しくなっていた。

 しかし、麦わら帽子は俺からのプレゼントか。どおりで小さいわけだ。小学生サイズということだな。


「まあその鋼ちゃんも、何年か前に一家揃っていなくなっちゃってね。鏡花ちゃんの落ち込みようも見ていられなかったわよ。段々性格も大人びてというか、冷たくなって、うちにもあまり来なくなっちゃったしさ」

「そうなんですね」

「でもまた元気そうな姿が見れて良かったよ! これもお兄さんのおかげかい?」

「どうでしょう。そうだといいですね」


 適当に相槌を返す。

 気の小さかったというミニ鏡花が今のクールな優等生になったのは、決して時間遡行を繰り返したわけではなく俺がいなくなったことが原因らしい。そして、小学校での虐めも関わってくるのだろう。それこそ、俺が居なくなったことが原因で起きた可能性も十分にある。


「ま、今が楽しいならそれでいいのさ。ハイ、お勧め弁当二つ!」

「どうも」

「はい、丁度ね」


 野口さんと引き換えに弁当とパックのお茶それぞれ二つを入手した。


「なんだったらうちのキッチンで食べてくかい? 鏡花ちゃんとその彼氏さんなら大歓迎さ!」

「申し出はありがたいですけど、行くところがあるので」


 すっかりロングフリーズしてしまった鏡花を付き合わせるのは忍びない。それにこのおばちゃんもあまり長話をしたいタイプではない。なんかグイグイ来られすぎてベースが陰の者である俺には心臓に悪い。


「ああ、ちなみに、結婚するならどうすればいいんですか?」

「なんだい、もうそこまで進んでるのかい?」

「参考までにですよ」

「結婚はね……役所で必要な届け出をすりゃあいいのさ」


 そこは妙にリアルだ。

 おばちゃんの結婚生活が上手くいっているか不安になりつつ、何とも言えない気分で退店するのであった。

思わせぶりなタイトル。

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