第6話 兄に惚れない妹なぞ存在しねぇ!!
「私、あの時、先輩が……」
「駄目だ!!」
思わず叫んでいた。それもバンっと机を叩くオプション付き。
そんな俺を綾瀬は驚いたように目を丸くして見てきた。
対して俺はというと安堵していた。テーブルが壊れなかったことに。
「先輩……?」
「あ、いや」
思わず口から出たものの、続きを言うべきか言い淀む。
分かっている。このまま適当に誤魔化すことは優しさなんかじゃない。ただの保身だ。俺が俺自身を守りたいだけだってことは分かっている。
それでも、俺は決定的な言葉を口から出せずに、
「まぁ、方法なんて後から考えればいいしな」
と、何とも情けない形でお茶を濁した。思ったことはすっぱり言うという、親友モブに求められていることを俺は出来ずにいた。
「そう、ですね」
綾瀬はそう呟くと紅茶を口に含む。
まるで興奮の火照りを冷まそうとするようにゆっくりと呼吸を繰り返していた。
「とにかく、おじさんに引っ張られて引きこもるのはやめよう。そりゃあ、別のやつからそんなことをされたら怖いけど、少しずつな。友達も心配するだろ?」
「……でも、やっぱり外は、男性は怖くて」
綾瀬の発言はもっともだ。一匹いれば他も疑えってのは何もゴキブリだけのことじゃない。
同情はするが、ここで彼女の解決の糸口を探るために「俺も男性だろ?俺は大丈夫なのか?」などと、不用意なことを言うつもりも無い。
俺は主人公じゃない。主人公は別にいる。答えは最初から出ているのだ。
「兄がいるだろ。快人。あいつとなら一緒にいても大丈夫だろ?」
「そう……ですね。家族なので」
「じゃあ最初は快人と一緒に出掛けるとかでもいいんじゃないの?」
「兄と、二人で?」
「いいじゃん?兄妹仲良く」
俺の言葉に綾瀬は少し嫌そうな表情を浮かべた。
それが意外な反応で思わず身を乗り出していた。
「え、何、仲良くないの?」
「そういうわけじゃないですけど」
「弁当作ってるんじゃないの?」
「食事は私の担当ですし」
「好きじゃないの?」
「好き?」
「異性として」
「あり得ません」
絶対零度、そう表現するに値する希望のかけらも抱かせない冷めた声色に俺はただただ驚いていた。
彼女はラブコメ主人公の妹だよね? それがどうして兄に好意を向けていないんだ?
そりゃあ肉親だからっていう常識の壁はあるかもしれない。けれど、そこはツンデレ感出すとか、必要以上に怒るとか、そういう何か可能性を見せてくれるもんだろ!
兄に惚れない妹なぞ存在しねぇ!!(箴言)
「先輩は兄弟はいますか?」
「いや、いないけど」
「じゃあ分からないかもしれませんが、兄弟、特に異性だといたらいたで鬱陶しいって思ったりするものなんですよ」
ちょっ!? お前何言ってんの!? そりゃあ、そういう話も聞くよ? でも、妹キャラのお前が言っちゃ駄目だろ!
「今は二人暮らしですけど、会話も少ないですし」
人気落ちるよ!? クソビッチ乙とか言って叩かれるよ!?
「その会話も合わないですし」
ツンでる。デレない。
「たまには一緒に風呂入ろうとか言ってくるし」
さすがにお兄様。ちょっとキモいです。
「ま、まぁ、うん、これ、リハビリ目的だから。兄をベースに慣れていくのがいいんじゃないの? っていうアレで。ハイ」
脈無し。それを察した俺は話を進めることにした。
快人、なんかごめん。俺お前に次会った時どんな目向ければいいか分からないよ……
「そんで慣れてきたら男友達とか、距離の近い人から接していくんだよ、うん。男友達っている?」
「友達……」
「彼氏とかいないの?」
「……いません」
少し睨まれた。あ、はい、そうですね。ごめんなさい。
ここで主人公なら「勿体無いな。こんなに美人さんなのに☆(イケボ)」とか言って美少女の頬を赤らめさせるのだろうけど、生憎俺は主人公じゃないしイケボでもない。
「まぁ、そっか」
「どういう意味ですか?」
「え?」
「何か納得してません?」
何か琴線に触れたのか、口をへの字にして睨んでくる綾瀬。
彼氏いないのが当たり前と思われたのが、ちょっとムカついたんだろうか。
「高校入りたてなんてのはそういうもんだろ」
「……これでも結構モテるんですよ。ラブレターとかも、たまに……」
「へぇ、すげーじゃん」
ここで俺が思うのは、ラブレターって文化まだあったんだなぁということだった。貰ったこと無いから分かりまへん。
ちなみに、快人もイケメンだけど誰彼構わずモテるという感じではないので貰ったところは見たことがない。
「だから、余計怖いんです。自分にそういう目が向いてるっていうのが」
「……そうかもな。もしも綾瀬が『男性を興奮させ露出狂にする力』みたいな超能力を持っていたとしたら、再発の可能性はグンと上がってしまうし」
「先輩っておかしいこと言いますね。超能力なんてありませんよ」
「その通り。超能力なんて無いんだ。だから、周りだって襲ってきたりなんかしないよ」
俺の言葉に綾瀬は目を丸くして、納得するように微笑んだ。
「ありがとうございます」
「お礼言うとこ?」
「気を遣ってくれているんですよね。それが嬉しくて」
ヤダー、この子ポジティブー!
綾瀬は椅子から立ち上がってテレビに向かった。そして、その裏に手を突っ込みビニール袋を取り出す。
「何それ」
ぽかーんと間抜けな顔をして見ていた俺は、綾瀬がビニール袋から取り出したものを見て思わず叫んだ。
「俺の鞄!?」
「はい」
何事もないかのように頷く綾瀬。
「どうしてそんなところに!?」
「すぐに渡したらすぐに帰ってしまうと思ったので」
読まれてる。どうして読めたのか謎だが。
「先輩、連絡先教えてくれませんか?」
「え、なんで」
反射的にそう返すと綾瀬は半目で睨んできた。
「先輩は私の記憶から、あの人、を消し去る手伝いをしてくれるんでしょう? 連絡は取れないと」
「そうか? そう、だな」
彼女にそう頷き、スマホを取り出す。連絡帳を開き、
「先輩?」
そこで固まった俺に綾瀬が声をかけてきた。
「ああ、いや……」
少し考え、何だか慎重な気もしたが俺は綾瀬に提案した。
「連絡を取るのはいいが、電話だけにしないか?」
「電話だけ、ですか?」
俺の発言の意図が分からないように顔を僅かに顰める綾瀬。
「俺メールが苦手でさ」
「まぁいいですけど」
不審そうだったが綾瀬は頷いてくれ、電話番号だけを交換した。
そして俺から離れるとぼそっと何かを呟いたが、流石に小さすぎて聞こえなかった。分からないなら分からないでいい。俺は鞄を手に持つと、
「それじゃあ、お邪魔した。鞄、ありがとうな」
「はい、先輩」
そう挨拶を交わす。今度は引き止められることは無かった。
「電話、しますね」
「……うん」
「それと、先輩」
「何?」
「私、頑張ります。だから……もしも何かあったらまた助けてくれますか?」
「お、俺じゃなくてもいるだろ。快人とか、快人とか、快人とか……」
「先輩が見守ってくれているって思えるから、頑張りたいって思えるんです」
「……そう。まぁ、努力する」
「はい、お願いしますね、先輩」
ニッコリと笑顔を浮かべる綾瀬に苦笑を返し、足早に綾瀬家を後にした。
少し歩いて、小さくため息を吐く。
「問題は綾瀬光をどう学校に出すか、だ」
鞄の重さを感じつつ学校までの道を歩きながら、綾瀬光のことを考えていた。
俺の前では平気そうだったが、実際生徒会まで入っていて学内貢献をしている彼女が、その学校に出られないというのは結構深い傷を負ったということだろう。
解決には相応の時間と、対処が求められる。とにかく最もいい形の方法を考えなければ。
重要なのはいかにおじさんの痕跡を綺麗さっぱり彼女の記憶から無くすかということだ。
当然、それはあの事件で生じた俺との関係も含めてだ。
彼女は似ている。性格は違う、共に美人だが容姿も異なる。それでも、彼女に似ているいい子だ。だから、俺なんかと関わらせちゃいけない。
関われば、結局不幸になるに決まっているのだから。