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第56話 面倒くさい二人

「もしもし」


 発せられた声は思ったよりもずっと硬かった。

 感情に加えて、肉体的な怠さも起因しているのだろう。今日は走り倒して疲労も溜まっているし、ブラッドの家で眠ってしまったのもそれが原因に違いない。


『こんばんは、鋼』


 いつもと変わらぬ声色にホッとする。

 今日のことに変な責任を感じて落ち込まれでもしたら困ってしまうところだった。残念ながら今の俺に彼女を気遣える余裕はなさそうだし。


「もう元気そうだな、蓮華」

『疲れは一時的なものですから……心配をかけしましたね』

「心配なんてしてねぇよ。お前がそう簡単にどうこうなるとは思えん」

『褒めてます?』

「普通なら褒めているとなるが、お前に対しちゃただの事実にしかならないからなぁ」


 蓮華の化け物さ加減は重々承知している。むしろ今日ああして疲労困憊の姿を見せたのは非常に珍しいことだ。


「むしろ俺のことを褒めて欲しいぜ。お前だって俺があそこまでやれるなんて思っちゃいなかっただろ?」


 まるで俺の言葉を予想していたように、電話の向こうで蓮華が余裕たっぷりに笑う。


『何があったかは分かりませんが、鋼に何かしら変化があったのは一目見て気が付いていました。あのおじ様とキスをしたからかしら?』

「お前、またホモ疑惑を……って」


 待てよ? こいつは俺の体調と言うか、魔力が戻って身体能力が向上したことを見て察していたんだよな。おそらくハードル走はその試金石にしたんだと思うけれど……、でもそんな簡単に俺のことが分かるんだ。それこそ……


「お前、あのホモ疑惑! わざと吹っ掛けたろ!?」

『バレました?』

「あっさり認めた!? お前何が目的だったんだよ。変に桐生を煽りやがって……あれからあいつなんかおかしいんだぞ?」

『それに関しては私も誤算だっと言うべきか、眠れる獅子を起こしてしまったと言うべきか……』


 電話の向こうで苦悩するような唸り声が聞こえる。どうやら蓮華にとっても意図してないことが起きたらしいが、だったらいよいよ目的が分からない。


「お前なぁ……」

『それはともかく!』


 強引な……


『ありがとうございました、鋼。貴方があの時私を助けてくれて本当に嬉しかったです』

「あ、いや……あれは咄嗟に身体が動いただけだ。礼を言われるようなことじゃ」

『咄嗟に……ふふ、それは何よりも嬉しいことですね!』

「……ああ、そう」


 電話越しにも熱を帯びた蓮華の口調に辟易としつつ、なんとなくこの話題を逸らした方がいい気がしてきた。


「んで、何のために電話してきたんだよ」

『そうでした。今日の勝負についてです』

「ああ」

『香月さんと鋼が話していたのを耳にしていた生徒会役員が、勝負は痛み分け。勝者は3人という結果になったと言っていましたが。本当ですか?』

「……そうだよ」


 勿論伝えるつもりだったが、まるで逃げ場を奪うような言い方だ。心臓に悪い。


『つまり、私は鋼に何でも一つお願いをする権利がある。逆も然りということですね』

「ああ、香月にもな。陸上部の部費を増やせって言われたら融通してやれよ」

『香月さんが好きなのは陸上であって陸上部ではないかと思いますが』


 む、こいつ、香月とはそれほど接点は無いだろうに、本質をつくようなことを言ってくる。


『香月さんは取りあえずいいです。きっと彼女も鋼にお願いするでしょうし』


 そうとは限らんだろ、と文句を言いたくなったが、ここにいない香月について論争をしても仕方ない。


「それで、お願いとやらは決まったのか」

『ええ、そもそも勝負を提案したのは私ですし、当然願い事も決まっていますよ』

「……聞いてもいいか。叶うかどうかは程度によるが」

『その前に』


 こほん、とわざとらしい咳払いをする蓮華。


『明日、綾瀬君の家で行われる勉強会、やはり参加はされないのですか?』

「またその話……しない。参加する気は無い」

『あら残念』

「何だよ、参加することが願い事なんて言わないよな?」

『そうですね……大人数が集まる場所に鋼を呼びつけたところで私にメリットは少ないですから』


 メリット、ねぇ。


「まぁ、お前が快人と勉強会をやるという意図も測りかねるが」

『色々考えがあるんです。気になるのなら、是非とも私について思考を巡らしてくださいな』

「面倒だ」

『つれないですねぇ』


 蓮華の思惑なんて考えたって仕方ない。幾つか推測は絞れても確信まで辿り着くには時間を要する

だろうし。


『では、お願いについて伝えさせていただきますね』


 電話の向こうで、蓮華の声は僅かに震えているように感じられた。ノイズと思えばそれで済む話かもしれないが。


『明後日の日曜日、一日私に頂けませんか?』

「……何?」

『貴方の時間を、一日私にください』

「それはつまり……一日の間奴隷にでもなれってことか?」

『そんな酷いものではありませんよ。精々……そう、一日限りの恋人と言うべきでしょうか』

「恋人……」


 蓮華の恋人。

 不意に、そうなった自分を想像してしまう。同時に生まれた二つの感情を振り払うように頭を強く掻いた。


「分かった」

『あら、あっさりオーケーするんですね』

「何でも、という話だからな。永遠の恋人になれと言われるならともかく、一日くらいなら付き合うさ」

『鋼……何かありましたか?』

「……べつに」

『いえ、でも何だか普段と……』


 しまった、メッキが剥がれ出している。

 蓮華と話せば、俺の気持ちは落ち着くと思った。この世界の俺にとって蓮華は、いわば半身みたいなものだ。彼女と話すことは俺が、俺を取り戻すことにもなると……だが、蓮華は俺のことを知りすぎている。たった少しの変化さえも感じ取ってしまう。


(今蓮華と話したのは迂闊だったかもしれない。さっさと話を切り上げるべきか)


「蓮華」

『……なんですか?』

「反対に俺の願い事を言ってもいいか」


 電話の向こうで蓮華が息を呑む。


「意外か」

『鋼が、私に言ってくるとは思っていなくて』

「お前が言ったことだ。この勝負は最初お前が吹っ掛けて、俺が受けた。2人の勝負だったわけだからな」


 とはいえ、その願い事がようやく具体化したのはつい先ほどだが。


「俺の願い……というか、頼みだが」


 願いを口にすることで蓮華は色々思考を巡らし、俺の思惑に辿り着くだろう。

 だからこそ、俺はこの願いを口にした。


「明日、土曜日に俺がやることについて一切詮索するな」


 電話の向こうで蓮華が息を飲んだ。

 どうせ言わなくても、俺が丸一日あそこに居たという話になれば、この間のように後から蓮華の耳に入ってしまうに違いない。だったら最初から追わせないようにすればいい。


 蓮華は渋々といった様子ではあるが承諾した。俺の願いは客観的に見て蓮華の願いより軽いものだ。そして、俺が蓮華の願いを了承した以上、彼女も断れはしない。


――そんなことが願い事ですか。


 電話を切る直前、蓮華はそう拗ねるようにぼやいた。


「そんなこと……か」


 蓮華が一体何に期待しているのか、俺には何となくしか分からない。

 彼女が俺の思考を読めるのは彼女の頭脳があってこそ。俺に出来るのは何となくを推測する程度のことだ。


「俺が推測できる、あいつが満足するであろう願いなんて言えるわけがない」


 それが言えたらどんなに楽だっただろう。

 

「本当に、面倒くさい奴」


 それは俺がそれを言えないと分かっていてそれでも文句をぶつけてくる蓮華に向けたものか、答えを言えない俺自身に向けたものなのか、はたまたその両方か。 

 無意識に発してしまったその言葉は、俺が思考に落とし込む前にあっさりと夜の闇に消えていった。

突然ですが短編を投稿しました。


『ジョン子さん、パーティーを解散しよう。』(https://ncode.syosetu.com/n5550ez/)


以前投稿した、

『ジョン子さん、パーティークビになるって……ええっ!?』(https://ncode.syosetu.com/n3381ew/)

の続編になります。


お時間ありましたら是非お読みください!

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