第52.5話 放課後の再会
予告してませんでしたが光視点です!!!!!!!!!!!
「ヤヤヤッ!?」
静かな教室の中で、張り詰めた空気を壊すような弛緩した声が響いた。声の主は私の目の前に机を向かい合わせて座っている親友、幽ちゃんだった。
「幽ちゃん、どうしたの?」
つい先ほどまで静かに教科書と向き合っていたのに、いきなり何かに怯えるように窓の外に目を向けている。何か悪いものを食べたんだろうか。
幽ちゃんは大人しい子だと思う。見た目は、本人に言うと複雑そうな顔をするけれど小学生から中学生くらいの小柄で快活そうな女の子だけれど、結構人見知りをするし、自分から積極的に発言もしない……私の前以外では。
私に対しては見た目通りの無邪気で少しお馬鹿な感じになって可愛らしくなる。怒るからあまりやらないけど、つい頭を撫でたくなったり、お菓子をあげたくなったり……私と話しているときなら周囲の目を気にせずそのモードになるものだから、周りのクラスメートとかが、そういう子だと思って声を掛けたらオドオドしちゃってなんてことも珍しい話じゃない。
そんな幽ちゃんだが、学校の成績は結構いい。集中力もあってこうして一緒に居残りしていて、こちらから声を掛けても気が付かない時があるくらい。
そんな彼女が突然、声を上げて意識を別のものに向けている訳だから私も、そして私達と同じく教室に残って自習をしていたクラスメート達も彼女に視線を集めていた。
「ゆうの、アイデンティティの危機を感じたです……」
「アイデンティティ?」
「何やら胸騒ぎがするですよ、光ちゃん。メタ的な言い方をすればキャラ被り……ゆうとキャラ被りした何者かが知らない内にゆうのポジションを奪おうとしているみたいな!」
「幽ちゃんと被るような強烈な人そうそういないと思うけどな」
「光ちゃん結構遠慮ないですよね」
何故か半眼を向けられた。
が、それも一瞬のことで幽ちゃんはいそいそと机に広げていた勉強道具を片づけ始めた。
「ほら、行くですよ」
「え、どこに?」
「原因を突き止めに、です。なんとなくこの学校の中で何かが起きているとゆうのディテクティブな頭脳が訴えているですよ」
「今のところ幽ちゃんの直感だけで論理的な部分は無かったと思うけど……まあいっか」
私も幽ちゃんに倣って勉強道具を片付け始める。幽ちゃんはたまにこういう訳の分からないことを言い始めることがあるけれど、そうなったらもう言っても変わらないし、幽ちゃんの集中を乱した直感というのも気になると言えば気になる。
「ミッションスタートです!」
「あはは……」
意気揚々とそう宣言をした幽ちゃんに苦笑しつつ、未だ教室に残っているクラスメート達に申し訳なく思い会釈すると、どうやら彼らもみんな帰る準備を始めているようだった。
偶々タイミングが重なったんだろうか、普段はもう少し、私達が自習を終えるくらいまでは皆残っているイメージだったけれど……まあ、暫く休んでいたのだからそんなもの当てにならないかもしれない。
少し違和感を覚えつつ、すぐにでも走っていってしまいそうな幽ちゃんに置いて行かれてしまいそうだったから気にしないことにした。
昇降口に向かうとすぐに異変が起きていると分かった。
なんでも、生徒会長が陸上部に混ざって勝負をするというのだ。
……え? と、最初その話を聞いたときは耳を疑った。
あの人が誰かと勝負をするなんて信じられない。
生徒会長、蓮華さんは羨ましくなるくらい綺麗で、頭も良くて、きっとなんでも思い通りに出来るんだという印象の人だ。完璧すぎて少し苦手意識もある程でもある。
蓮華さんは何故か兄さんと交友があって、同じ生徒会の私にも優しい良い人だけれど、何故そんな彼女が勝負なんて……想像出来ない。
「ピラめいたです!」
「幽ちゃん?」
「生徒会長に勝負を挑もうなんていう身の程知らずはあの男くらいですよ!」
「勝負相手の人に心当たりがあるんだ?」
「はいです! そしてゆうのアイデンティティを脅かそうなんてケチなことを考えるのもアイツに違いないです!」
アイデンティティ云々は幽ちゃんの想像な気はするけれど、生徒会長に挑む身の程知らずという人には私も興味がある。
「陸上グラウンドでやるみたいですね!」
「行ってみよっか」
当然、ここまできて帰るという気になるわけもなく私達はグラウンドに向かった。
この高校の設備はとても充実していて、その内一つが400mトラックのあるグラウンドだ。ここいら一帯の記録会や、他校との合同練習でも使用されている。当然体育の授業や陸上部以外の部活も使用しているので無駄な設備にはなっていないけれど、高校でこの規模は珍しいと思う。
そんな大きなグラウンドだけれど、行ってみると既に同じく噂を聞きつけた生徒や、さらには教職員が見物に集まっていた。もうすぐ期末テストとは思えない人だかりだ。
「いっぱいいるですね……」
「私達みたいに自習したり、部活で残ってた人かな。流石生徒会長……」
「まったく、こういうイベントをやるなら先に話を通せと言いたくなるな」
「あっ、大門先生」
呆然と人混みを見て立ち尽くす私達に声をかけてきたのは大門先生だった。国語の担当教師で、生徒会の活動も見てくれている。あと確か兄さんのクラスの担任の筈。
結構関わりのある先生だけれど、休み明けでは初対面。思わず背筋が伸びる。
「す、すみません、長く学校を休んでしまって、その」
「ん、別に構わない……というと語弊があるな。だが何か理由があったんだろう、頭ごなしに責めたりはしないさ」
「ありがとう、ございます」
実際どうして休んでしまっていたのか、私も分からないけれど、その言葉に甘えお礼を返した。
こういった大門先生の態度は、人によっては放任と取られることもあるみたいだけれど、生徒の自主性を重んじてくれるんだと感じる。私的にも信頼のおけるいい先生だと思うし。
「しかし……」
そんな大門先生はため息混じりに呟き、トラックの中央に目を向けた。
「あのバカ、まさか蓮華を巻き込むとはな」
バカ? 先生らしからぬ攻撃的な言葉に、反射的に浮かんだ疑問は口からも漏れていたようで、先生は苦笑した。
「ああ、すまない。どうやらこの勝負とやらは私のクラスの生徒が原因らしくてな。悪い奴じゃないし、ムードメーカーというかトラブルメーカーというか……なんというか、放っておけないやつというか……」
「大門先生お母さんみたいです」
「好木、それは私がアラサーで独身だという事を遠回しにバカにしているのか?」
「ち、違うです!」
幽ちゃん、それ地雷……と口に出せるわけもなく、2人のやり取りに苦笑しつつ、トラックの方に視線を彷徨わせていると、体操着姿のよく見知った二人を見つけた。
「あれ、紬ちゃんと兄さん?」
「兄……そ、そうです! 兄! ゆうもお兄ちゃんがいたらこんな感じなのかなーというか、最早お兄ちゃんになってくれないかなーみたいに思う人がいるですし、他人であっても家族のような親近感を覚えることは別に変では無いというか、ごく自然なことというか! でも本当にお兄ちゃんになるなんてこと普通無いし、そう思うと余計その人を考えちゃったりとかそんなことあるでして! つまりですね」
「つまり私が子どもを持つことは普通無いから生徒に出来もしない子どもの姿を重ねているということか?」
「ふぇっ!? ち、ちちち、ちがっ」
幽ちゃんがまた地雷を踏み抜いた。
実はわざとやっているんじゃないだろうか。先生も口は笑ってるけれど目が本気になっていて、その威圧感には隣の私まで恐怖を感じてしまう程だ。当事者の幽ちゃんはもう……察するまでもなさそう。
「いいだろう。それならお前も私の娘にしてやる。ほら、これであいつと兄妹になれたな?」
「そんな家族嫌ですー!」
なむ……幽ちゃんの心の叫びを聞きながら、どうしてあそこに兄さんがいるんだろうと再びトラックに意識を向ける。
兄さんがストレッチをしながら親しげに話しているのは紬ちゃんと、あと何度か見かけたことのある凄く綺麗な黒髪の女性……兄さんの知り合いだったんだ。それと隣のクラスの怜南ちゃんと蓮華さん……それに。
「あ」
あの人だ。
今日、一緒にお昼を食べた。
兄さんと親しげに話してる。ということは知り合い、いや、友達なんだろうか。
兄さんは友達が多いタイプではなかった。
いたとしても放課後は真っ直ぐ家に帰ってきたし、一緒にいるのも紬ちゃんくらいで、むしろ私に構ってくれていたと思う。私も友達はあまり多くなかったから。
でも、いつの間に、あんなに交友が広がったんだろう。
思い返してみれば兄さんはよく学校の話をしていた。特に櫻明高校に入ってからは交友関係も広がったみたいだったけど、あの人の話はされたっけ……
もしかしたら、その時私が聞き流していたのかもしれない。
だから、誰にも聞いていないのに、初めて顔を合わせた先ほどもあの人の名前が椚木鋼だということが分かったのだろう。
彼らが、トラックの中央のエリアに集まる。
蓮華さんの勝負というのは一対一でなく何人も纏めて行われるみたい。面白半分の雰囲気の人や、陸上部の人達、兄さんとその友達。
けれど、やっぱり。
私の目は彼から離れなかった。
怜南ちゃんと、蓮華さんに挟まれた位置にいる彼。彼が二人と親しげに話しているのを見ると何故か息苦しくなる。
機械音がカウントを始め……瞬間、あの人の雰囲気が変わった。
先程までの笑っていたのとはまるで違う、こちらに背を向けていても分かる、凍てついた鋭い雰囲気に。
胸がバクバクと震える。
体が、無性に熱い。
私は他の一切を忘れてまるで磁力で吸い付けられたみたいに鋼さんから目を離せなくなっていた。
初、おそらく学内のメインキャラは全員集合です!(レインボー)