第52話 地味だけど燃える
「それで? 勝負って何をやるんだよ」
「当然、今いるこの場に適したものがいいですね」
グラウンドにいるという時点でそうなるよな。
とはいえ、まだ蓮華も決めかねているようだった。俺としては陸上種目という時点で、選択から含めて勝率五分といったところか。
「鋼、蓮華さん、何の話ですか?」
蓮華は勝負方法を考えて、俺はそれを予想して互いに沈黙したタイミングで快人が声を掛けてきた。後ろには香月と、古藤、桐生が付いてきている。
つい先ほどのやり取りのせいで桐生とは若干気まずいが……今は古藤と話しているみたいなので俺も気にし過ぎない方がいいだろう……などと思考停止してみる。
「椚木君と勝負をしようという話をしていまして。勝った方が何でも一つ言うことを聞かせられるという条件で」
「へぇ、蓮華さんと鋼が……」
意外そうに目を丸くする快人。そりゃあ、俺と蓮華はあまり接点が無いからな、表向き。
というか、蓮華も蓮華で、勝負するなんて公言しやがって……
「勝負ですか、いいですね! 何でも一つというのもいいですね!」
対して香月は楽しそうに笑う。まるで自分も当事者みたいな反応だな、コイツ。
「じゃあもし私が勝ったら、今度こそA先輩に陸上部に入部してもらうということで!」
「参加する気満々だなお前!?」
「当然です! いいですよね、会長?」
「勿論ですわ」
そんな香月になんと蓮華はニッコリと応じてしまった。そして、あろうことか蓮華は快人たちにも参加を促し始める。
「おい、いいのかよ」
そんな蓮華に耳打ちで声を掛けると一瞬驚いた顔を向けられた。驚いてるのはこっちだ。
「別に構わないでしょう? 参加者が多い方が、私と鋼の繋がりも目立たなくなりますし」
それにどちらにせよ結果は変わらない……でしょう? と吐息が耳に触れる距離で囁く蓮華。いや、もうこの行動が目立ってんだけど……快人たちから滅茶苦茶見られてるんだけど!
「ですが人数が増えるとなると勝負の形式も限られますわね……陸上部の皆さんの練習時間を圧迫しても悪いですし」
「そりゃあそうだ。ってか、香月。お前は練習しなくていいのかよ、仮にでもなく陸上部だろ」
「大丈夫です。部員勧誘も陸上部員としての立派な使命ですから! それにこの足で部員を獲得というのも、考えてみれば一番手っ取り早く確実かつ熱い展開ですし!」
その香月の発言によって、俺の体に悪寒が走った。お前は熱いみたいだけど俺は寒いです。まるで蛇に睨まれた蛙だ。ベロの速さ全一。
考えてみれば……というか考えるまでも無くこの陸上というフィールドで香月怜南を相手取るというのは俺だけでなく蓮華にとっても分が悪いんじゃないだろうか。
「敵が強ければ強いほど燃えるものですわ」
何熱くなってんの? 君もどこかの主人公ですか?
発言を聞く限り、本人的に問題は無いらしい。俺的には大有りだけど……大有りになったけど。
「し、しかし、肝心の勝負方法が決まらないことには先に進まないぜ?」
「話は聞かせて貰ったぁ!!」
聞き覚えの無い男子生徒の声が、俺の言葉を食い気味に遮ってきた。
ああ、何だろう嫌な予感がする。こういうタイミングで知らない奴が登場するときは大体出オチって決まってるんだ。
なんたってここには快人、古藤、桐生、香月、そして蓮華とタレントは揃いきっているんだから。今ではどこか懐かしいテンプレ世界的な展開が起きてもおかしくない。
声の主の方を見ると、そこにはしっかりと陸上のユニフォームを着こんだメガネの男子生徒が仁王立ちしていた。第一印象、失礼かもしれないが、がり勉メガネ。
「川上先輩?」
真っ先に反応したのは当然香月。そりゃああそこまでTHE・陸上部と言わんばかりの恰好をしておいて、香月が「え、誰ですかアレ……」なんて言えばもう泥沼でしかない。そこは回避したか……
「香月、話は聞いたよ。なんでもこれから何でも一つ言うことを聞かせられる権利を賭けた勝負をするらしいね!」
「この距離で、時間で知ってるって盗み聞いていた以外有り得ないんだよなぁ……」
「おっと細かいことは気にしてはいけないよ後輩君!」
「テンションうっぜ……」
メガネの陸上部こと、川上君はメガネキャラをアピールしたいのか、しきりにクイクイッとメガネを指で動かしている。
「勝負方法を決めあぐねていたようだが……ここで僕、この陸上部のカミーユから提案だぁ!」
「陸上部の、なんて?」
「かみーゆ、らしいです。川上佑樹を略すとそうなるらしいです。一応、陸上部所属の三年生で……すみません」
「またこういう感じのやつか……」
「実際、陸上部にそう呼んでいる人はいません。いい人なんですけどね~」
なんか、可哀想。俺くらいは彼の望むように呼んでも……と思ったが、そうなれば奴(テンプレ的展開)の思う壺。何でも一つ~を賭けた勝負を控える俺にとってそういう甘さは命取りになりかねない。
悪いな、先輩。あんたの存在は今回はスルーだ。
そんな断捨離を行い、若干アンニュイな気分になっている俺の心情は知る筈も無く、底なしの明るさで川上先輩は言葉を続けた。
「大人数で一斉に勝負をする、それもトラックを使わずとなれば……ズバリ、シャトルランはいかがかな!?」
「シャトルラン?」
「説明しよう!」
この人、説明おじさん兼任!? 流石は運動部のメガネ枠。
「シャトルランとは、20メートル間隔に引かれた線の間を流れる音の間に合わせて走るという競技である!」
音の間? よく分からん。
「スポーツテストなどでは有名ですわね。我が校は採用していませんが」
「その通りです流石生徒会長!」
「手放しで誉められるようなコアな知識では無いと思いますが……」
結構常識の範疇らしい。俺は知らないけど。
「私苦手……」
「古藤やったことあんの?」
「中学では体力測定でやらされてたし……むしろ椚木っちは無いの?」
「無い」
この学校で採用していないのなら体験する機会なんてそれこそないし、ニュースとかでも見たことが無い。競技というよりも、それこそ蓮華や古藤が言うように検査の一項目という感じなのは分かったが。
「私も中学で有ったけれど、あまりやっていて面白いものではないわね」
「まあ、あくまで自由参加ですから参加したくなければ見学してても大丈夫ですわよ、桐生さん?」
「……参加しないなんて言ってません、生徒会長」
バチバチと火花を飛び交わす桐生と蓮華。あれ、これもともと僕と蓮華の勝負だったよね?
「し、しかしそのシャトルランでどうやって勝敗出すんだ? スポーツテストのあれなんだろ?」
「えっとね、ルールを今から説明いたしますので耳かっぽじって聞いてください!」
ん?
「ルールは特別バトルロイヤルルール!」
なんか物騒なワードが出てきた。ていうか、テンションが……
「参加者はグラウンドの中央に集まってシャトルランをしつつ、1対1対1の関係で戦っていきたいと思います!OK?」
「誰対誰対誰だよそれ」
「そんで、勝ち負けはですが、最後に生き残った方の勝ち! となりますので、よろしくお願いします!」
このテンション、とある少女を彷彿とさせる。
「まあ、他に案もないですしいいですわ」
蓮華も変に反論すると面倒と察したのか受け入れる方向で固めたようだ。こいつがいいなら異論は無いけど。
川上先輩の説明はよく分からなかったが、何となく20メートルの線の間を走る持久走というのは分かった。体力の尽きた人から脱落していくと。うーん……地味じゃない?
こういう時はもっと派手な見た目のイベントを用意して盛り上げないと見ているファンの関心は勝ち取れないよなぁ。
「ま、大したことなさそうだな」
「おい、部外者」
思わず漏らした感想に耳ざとく反応する川上ゆうき先輩。
なんかすごい睨まれてる。退屈そうとか、やる気出ないと口から漏らさなかったのだから許してほしい。
「お前さぁ、持久走には自信があるのかもしれない! でもね、君、そのペースを音楽によって支配されていたら、どうかなぁ……? おぉい! ドウナンダヨッ!?」
「うわ、怖い。なんか怖い」
目血走っちゃってるよ、てか音楽に支配って何だよ。
「シャトルランは20m間を走るペースを指定されてるんですよ。最初は9秒猶予がありますが、徐々に8秒、7.58秒、7.20秒と間隔が狭まっていくんです」
「香月、そんなの覚えてんの」
「常識ですよ?」
いや、常識じゃないだろ、多分。
きっとこいつは好きなことには知識的にも特化しているタイプだと思われる。シャトルランとやらが陸上と関わりが深いかどうか知らないけれど。
「長距離走とは異なる難しさがありますよ。マラソンなどと異なりペース配分に自由はないですし、瞬発力も求められます。直線を往復するわけですから切り返しにも筋力消耗したりとか……」
「ほえー」
そう聞くとなんか大した奴だと思えて来た。香月が言うんだから間違いないよな、うん。
ふと、川上先輩に視線を向けると何故かじとーっと嫉妬するような粘っこい視線をこちらに向けてきている。
古藤(快人と意見交換中)でもなく、蓮華と桐生(意見交換中というかなんか相変わらずバチってる)でもなく、俺と香月に対してそんな視線を向けるとはこれ如何に……ハッ!? まさかこの男、香月のことが好きなのか!?
いや……有り得ない話ではない。考えてみれば香月は陸上部でもそこ以外でも圧倒的存在感を放つ美少女エースだ。記録会とかに出れば勝手に写真を撮られて可愛すぎるアスリートと祭り上げられておかしくないレベル。
最近妙に関わりが増えて特殊な関わり方をしているから忘れがちだったけれど……
いやいや違うんですよこれは違うんです、という思いを込めて川上先輩に視線を返す。俺の視線を受け、川上先輩はコホンっと咳払いをした。わかんねぇけど多分伝わってないな。
「ちなみに、参加者同士は協力禁止っ! 禁止ですからねぇ!?」
うわぁ、やっぱり怒ってる。
「特に香月! お前先輩差し置いて説明しやがって! 僕の唯一のアイデンティティを奪いやがって! お前絶対許さない!」
って香月!? 顰蹙買ってたのお前かよぉ!?
つーか、説明が唯一のアイデンティティって……香月の説明の方がまだ俺には分かりやすかったんだけど。
「す、すみません先輩。この人を呼んだのは私なのでケアもと、つい」
「まあ、謝ったからいいよ。次からは気を付けてよキミ」
「は、はい」
なんとか川上先輩の怒りを収めることに成功した香月。一年生が三年生に叱られれば萎縮もするだろう。たとえ相手が理不尽であっても。
「やっぱり、あの人少し苦手です……」
うん。気持ちは分かる。
でも、不謹慎かもしれないが、香月がただの陸上サイコパスではなく、人を苦手になるような人間らしい一面を持っていてホッとした。
いい出会いも悪い出会いも要は受け止め方だ、などと対して実情も知らない部外者の俺は無責任にそんなことを考えつつ、香月の肩を軽く叩く。
元気出せとか、気にすんなとか、まぁまぁとか、そんな思いを込めて。
「上手く行かないものですね……せめて大好きな陸上のこと、この部でくらい円満にいけたらいいのに」
そう弱々しく呟く香月。
けれども香月も分かっているんだろう。それが途方もなく難しいことだと。
香月の中で上手く行っていないことがあると自覚しているからこそ、俺みたいな部外者の尻を追いかけているのだろう。香月なりに自分の環境を良くしようと。
そんな彼女に、無責任にも期待に応えてやりたいという気持ちを一瞬でも抱いてしまうのが俺の悪いところなのかもしれない。
ただ、香月の欲求に応えることが俺にとって利益になるかと言えば答えはノーだ。それに俺が陸上部に入り、ライバルを得ることで香月は一見得する様に見えるかもしれないが、むしろ俺が参加し、ぽっと出の新参者に構うことで香月が孤立するなんてことになる可能性だってある。
これで俺は、この陸上部に入部する問題に対して、「香月を守るためにも入部しない」という偽善者丸出しの大義名分を手に入れてしまった。一度逃げる理由を見つけてしまえばもう中々抜け出せない。
本当に俺は逃げる理由を探してばかりだな。香月のことだけじゃない、それ以外にも……自己嫌悪に陥る。
喉から先に出かけたため息を飲み込み、顔の筋肉を使って無理やり口角を上げる。
香月と揃って暗い顔をしていたら周りも違和感に気付いて余計な心配をかけてしまうかもしれないなんて、言い訳を思い浮かべて。
「……さっ、香月、勝負だ。いくらお前が陸上部のエースでもそう簡単に先輩の俺を下せると思うなよ?」
「あ……ふふっ、望むところです!」
一瞬呆けた顔をしつつも、すぐに笑顔に変わる香月。
そう、今は勝負だ。突然決まった、何とも地味なイベントだが、それでも俺はいつも通り、俺に与えられた役割を果たすだけだ。蓮華が真剣勝負を望むなら、香月がライバルを求めるなら、俺もそれに応える。それだけ考えていればいい。
ああしかし、身体に魔力が戻っただけで随分違う。
この世界に来てからはずっと魔力の補充が出来ずガス欠状態だったわけで、この世界の感覚に例えれば常に1週間超の絶食状態っていうくらいのハンデを負っていたようなものだ。そこまで食事を抜いたことはこっちでは無いけれど。
入れるもんを入れた今の俺の体は控えめに言って好調。キレも感覚も、勿論体力も向上しているのが分かる。
当然、わざわざ魔力を使って肉体強化……などというインチキを使うつもりは無い。魔力は有限だし、何よりそんなことをして勝っても面白くもなんともない。
使おうとしなければ魔力を勝手に消費することは無いし、そりゃあこの世界の人間が持たない魔力なんてもので身体を補っている時点で似非チート野郎の俺だが、それでも蓮華、香月というリアルチート少女に敵うかどうか。
今のこの身体能力で、それでも全力でやって勝てるか分からない相手との勝負……そう、これは全力を出せるチャンスなんだ。
なんだろう。変だ。こんな感覚初めてかもしれない。
これから蓮華や香月と真剣勝負をすることを考えると、どうしてか身体が熱くなってきやがった。