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第5話 思いがそこに在る限り、たとえ死んでも君の中で生き続ける

「とうとう辿り着いたか……」


 俺は額の汗を拭いながら重々しく呟いた。

 魔境・アヤセケ。主人公の妹がいるという現代に生まれたダンジョンである。


 一見普通のインターフォンに手を伸ばす。ボタンを押した瞬間に電流が流れてくるかもしれない。いや、いっそ流れてくれた方が色々身構えれていいとさえ思える。


 ゆっくりボタンを押すと、ピンポーンと軽快な音が鳴った。電流は流れなかった。


『はい』


 インターフォンから女子の声がした。意外と普通だった。機械を通しているからか?


「椚木です。快人君の友達で、鞄を置いていった」


 少し緊張してそう答えた俺に、インターフォンの向こうでは若干息を飲む音がした。


『すぐに開けますね、先輩』


 それからすぐ、扉の鍵が解除され、ゆっくりと綾瀬家のドアが開いた。ドアの向こうにいたのは当然、綾瀬快人が妹、綾瀬光である。

 イケメンの兄と同じく、美少女な彼女はどこか緊張するように此方を見てきていた。それに対し俺は、


「んん?」

「先輩……?」

「んんん?」


 昨日のような吐き気というか、アレルギー反応が出ない。


「君、本当に綾瀬光?」

「そう、ですけど……」

「へー、ふーん、ほーん。そっかそっかぁ!」

「いたっ、痛いです」


 俺は嬉しさのあまりバシバシと彼女の肩を叩く。

 結果から言えばアレルギーは発症しなかった。普通だ。ごく普通だ。彼女は美少女で、主人公の妹で、裸のおじさんに追い回されていた子だったけど普通だ。

 おじさんの登場頻度高いな……


「じゃあ、鞄を」

「とにかく、上がってください」

「鞄……」


 あれ? 俺は鞄を受け取りに来たんだよな。なんでこの子俺を家に上げようとしてるんだ?

 などと困惑している間に少女は奥に引っ込んでしまった。玄関から家の中を見渡しても鞄は置いてなく、入らずに回収は不可能そうだった(違和感のある表現)。


「お、邪魔します?」


 で、いいんだろうか。いいんだよな。綾瀬光が消えていったリビングの方に向かうと、綾瀬光はダイニングキッチンでごそごそと何かしている。


「先輩は紅茶飲めますか?」

「飲めない」

「そうですか。じゃあコーヒーは?」


 ここオフィス?


「飲めない。別にいらないから、鞄を」

「じゃあお水で」


 言葉を遮るように蛇口を捻って水を出しコップに注ぐ綾瀬光。


「あ、はい」


 ずいっと差し出された水を受け取ると、どうやら綾瀬光は紅茶を淹れていたようで、カップを持ってスタスタとリビングのテーブルに座った。

 座れ、という意思を感じて着席する。隣に座るのは変なので対面に腰を下ろしたが、それはそれで、じっと見られてしまい逃げ場がない。


「先輩」

「あ、はい」

「先日はありがとうございました」

「ああ、変態おじさんの」

「言わないでください……忘れたいので」

「だよね」


 俺も忘れたい。でも忘れよう忘れようとして記憶にモザイクを掛けるとなんか余計それっぽくなって気持ち悪いんだよなぁ。変態ってなんでいるんだろう。

 しかし、それで話は終わり、というわけでは無かったようで、綾瀬光は言葉を選ぶようにおずおずと口を開いた。


「私、先輩にお礼がしたくて」

「別にいいよ」

「でも、助けていただいたのに」

「助けたっていうか、俺も自己防衛で」


 おじさんを蹴ったのは生存本能によるものだ。というか、俺と綾瀬光の間の話はおじさんの話しかないのか。何だかおじさんが俺と綾瀬光の仲を取り持とうとしているようでムカつく。

 ああ、いったんそう考えると天使サイズのおじさんがふわふわと俺たちの間を漂い始めた。末期症状だ。オラこんな症状嫌だ!


「そ、それはともかくさ」

「はい?」

「綾瀬光さんは学校に行かなくていいの?」


 咄嗟に出てきた質問はそれだったが、悪手だとすぐに気が付いた。

 綾瀬光は表情を暗くして俯いた。


「外は、怖くて」


 それ以上の言葉は必要なかった。そりゃああんな変態に出くわしてしまえば外や男性が苦手になっても・・・って、おじさあああああああああん!? またおじさんですか!?

 ああっ!? おじさんが嬉しそうに親指を立てているっ!? 消えろ! 消えろぉ!!


「駄目だ……」

「え?」


 俺の呟きに綾瀬光は目を丸くした。

 そうだろう、俺も驚くくらい低く、闘志に満ちた声だったからな。


「おじさんを殺さないと、俺は平穏な暮らしが出来ない……」

「おじさん?」

「君がおじさんのトラウマに怯えている限り、おじさんは一生消えないんだよ! おじさんイズフォーエバーなわけ! 分かる!?」

「わ、分かりません」

「例えばだ。君の親友が亡くなったとする」

「はい……」










「……先輩?」

「え? あ、いや……やっぱり、親友じゃなくて、えーっと、知り合い。誰か知り合いが亡くなったとするだろ」

「何だか急に遠くなりましたけど」

「なってない! 人の命は皆平等なんだ!」

「そ、そうですね」


 その必死さに若干、ではなく結構引かれた。


「でさ、その人の葬式に出るわけだ」

「葬式には行く距離感なんですね」

「そこら辺は自分で調整して」


 例え話によくツッコむやつだ。話の筋を折らないでほしい。そんなものないけど。


「でさ、その人の遺体を見て、ああこの人は死んだんだって思うじゃん?」

「葬式に呼ばれている時点で亡くなったことは分かっていますけど」


 何この子クール。ていうか、ドライ。俺が微妙な距離感の例えにするのが悪いんだけどさ。現代っ子ってみんなこんな感じなの?


「で、でもさ、その人との思い出は残ってるわけ。なんとなく、あの場所で言葉を交わしたなーみたいな」

「はい」

「そういう思い出が残ってればさ、その人は君の中で生き続けられる。たとえ思い出であっても、消えてしまうことは無い」

「そう、ですね。そう思います」


 うんうん、と納得するように頷く綾瀬光。ドライでクールな悟りガールな彼女にも伝わってくれたようだ。

 そう、これはよくある美談だ。死んだ人のことを忘れずに生きていこう。背負っていこう。みたいなアレだ。でも……


「でも、お前があの変態おじさんのことを忘れない限り変態おじさんは君の中で生き続ける!」

「ええっ!?」

「おじさんはいつも君の傍にいる!」

「何でそうなるんですか!?」

「あのおじさんが社会的に死んでも、おじさんの残した傷跡は今もなお被害者の中に残っているからだ!」

「そんなの嫌です!」


 涙目になる綾瀬光。そうだろう、そうだろう。……なんかごめんね。でも痛いのは、苦しいのは俺もなんだ。


「俺だって嫌だ。君を助けたのは完全に成り行きだったけれど、同じくあのおじさんを背負った者として一刻も早くおじさんを消し去りたい」

「は、犯罪は駄目ですよ……」

「しねーよ! 馬鹿か!? おじさんを仮に殺しちゃったら、前科におじさん殺しが残っちゃうだろうが! 書類上もおじさんは背負えないから!」


 そうなったらもう駄目だ。死ぬしかない。でも自殺してもおじさんは付きまとう。

 死因:おじさんを殺したショックで投身自殺、なんて目も当てられねーよ!


「とにかくさ、ハッピーな話題で上塗りしよう。なぁ、綾瀬光。いい話題無いの?」

「いい話題・・・? ていうか、先輩。綾瀬光って」

「ん?自分の名前じゃん」

「そうですけど、フルネーム呼びって変じゃないですか?」

「お前、先祖が代々受け継いできた苗字と親が付けてくれた名前否定すんの!?」

「そういう意味じゃないです!」


 顔を赤くして怒る綾瀬光。いい感じにテンションが上がってきたみたいだぜ(まるですべてが計画通りに進んでいるといったようにニヒルな笑顔を浮かべる策略家風)。


「じゃあ綾瀬」

「苗字、ですか」

「お前、先祖が代々受け継いできた」

「否定してませんから!馬鹿にしてませんから!」

「じゃあいいじゃん」

「……まぁ、いいです」


 何故か拗ねたように口を尖らせる綾瀬。話進まねぇなぁ!


「とにかく、ハッピーな話題だ。何かあるだろ」

「そんな急に言われても……」

「うーん、出来れば男性関係だといい。悪いイメージを植え付けられた分、いいイメージで上塗りするというのがベターだ」

「そう言われると余計……あ」


 何かを思いついたように綾瀬が顔を上げる。今日何度目かの、彼女の目と、俺の目が合った。

 途端、今までは無かった、ぞくっと何か悪寒のようなものが走った。サーッと俺の体の内側を撫でるように血の気が引いていく。対して綾瀬は顔に血が集まっているかのようにじんわりと頬を赤くして、


「その、気になる人が出来て……」


 マズい。これはマズい。


「へぇ、それって男?」

「そう、です」


 それっておじさん?なんて聞けない。聞けるわけがない。たとえジョークでも言っていいことと悪いことがあるのは俺だって知ってる。知ってるだけだけど。

 言いづらそうに答える綾瀬に、俺はある種の確信を抱いてしまう。駄目だ、俺は鈍感じゃない。鈍感主人公の親友を務めているんだ。鈍感じゃあ成立しない。


 だから分かってしまう。これは、駄目だって。

 昨日、この家で彼女に会った時と同等の感覚が全身を走る。


「その、私……」


 綾瀬を止めなくちゃいけない。

 それは綾瀬のためじゃない。ただ、俺自身のために止めなくちゃいけない。

 必死に言葉を考えながら、それでも時間は辛い時も楽しい時も平等に過ぎていく。

 だから、ここで俺がどんなに悩んでも、頭の中で慈悲を乞うたとしても、


「私、あの時、先輩が」


 綾瀬光は止まらない。

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