表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
58/130

第49話 共に青春を謳歌しよう!

 金曜日の放課後ってのは特別だ。

 なんたってこの日が終われば二日も休みになるからだ。何も特別なことは無いが、普通のことが一番素晴らしい。ゆとり万歳!


 しかし、そんな花金だというのに俺の心は晴れやかではなかった。

 原因は多分、綾瀬光と会ったからだろう。いや、彼女とのことは大して問題じゃない。元気な姿を見れたんだ、迂闊だったとは思いつつも悲観すべきではない。


 ただ、考えずにはいられない。光とレイの関係とか、ブラッドがあの世界に俺を連れ戻そうとしていることとか、改めて考えてしまう。


「鋼、帰ろうぜ」

「……おう」


 気が付けば教室内の生徒も半分以上が捌けていた。声を掛けてきた快人に、先程からの思考を片隅に追いやり相槌を返す。

 教室には他に生徒がパラパラいる中で、古藤と桐生が話しているのが見えた。チラチラこちらを見ながら。


「古藤もいるってことは一緒に帰る流れ? 部活は?」

「テスト近いから休みだってさ。コンテスト出場とかもないし緩いっぽい」

「ふーん」


 この感じ、桐生も一緒になりそうだ。古藤のことだしこのまま遊ぼうとか言ってきそうだな。テスト前のこの時期に桐生が乗るとは思えないけど。


「きょうちゃんと話してたんだけど、これからちょっと遊びに行かない?」


 俺の予想はほぼほぼ正解。俺今美少女と通じ合ってるぅ……桐生が同意しているのは意外だったけど。


「俺はいいよ」


 快人の参加表明も一瞬のこと。古藤についてこちらに来た桐生を見るとやはり彼女も異論は無いらしい。


「テスト勉強はいいのかよ」

「いざとなったら一夜漬けするし!」

「古藤さんの面倒は私が見るわ。それに試験といっても普段の勉強の延長だし対策も根を詰める必要は無いでしょう?」


 流石優等生。正論だが実際それで足りるのはごく一部だろう。


「勉強は明日やるよ」


 快人は確か明日生徒会長と一緒に試験勉強だったな。まあ、あいつが付いているなら万が一でも赤点は無いか。


「そうだっ勉強会! すっかり忘れてたけど私達も参加するんだよねっ、きょうちゃん!」

「誘った本人が忘れないで……」

「勉強会、椚木っちも来るでしょ? だから今日は勉強は忘れよっ!」

「俺は行かないよ」


 既に快人には言っていた筈。

 古藤はともかく、桐生が参加するのは意外だなあ。彼女も随分変わった。この短期間でなかなかの進歩だ。


 が、俺ののほほんとした考えとは対象に古藤と桐生は驚いたようにこちらを見てきた、


「ええっ!? なんでさ椚木っち!」

「用事があるんだよ。それに休み中勉強なんてできるか。桐生の言う通り、テスト勉強ってのは普段ちゃんと授業を受けてれば必要無いんだよ、うん」

「最近まともに授業受けてないだろ」

「そこは気合いと勘でカバーだ」


 そう得意気に口角を上げると、快人からは呆れるような半目を向けられた。やれやれ。


「……勉強したほうがいいんじゃない?」


 そんな俺達に口を挟んだのは桐生だった。なんだか遠慮がちでらしくない。暴言が無いのはいいとして。


「そうだよっ! きょうちゃんは学年一位の実力者だし、教えて貰った方がいいって! 来年は受験だし遊べるのは今年が最後! そんな大事な夏休みを補習で潰したくないでしょ?」

「補習はもう決まってるからなぁ……」


 はあ、つら。


「えええええっ!?」


 古藤が目を剥いて叫ぶ。桐生も驚いたように目を見開いていた。

 快人は苦笑。まあ愚痴ってたし今更の情報だろう。


「そんな馬鹿な……」

「馬鹿で悪かったな。というわけで俺に勉強なんぞに時間を費やす暇は無いのだ! 今のうちに青春を謳歌しないとな!」


 悪役ばりにハッハッハッと高笑いでもしようかと思った直後、勢いよく教室のドアが開かれた。


「話は聞かせて貰いました!」

「え、怜南!?」

「お久しぶりです、綾瀬先輩。ですが、今日用があるのは先輩ではありません」


 突然現れたスーパー陸上ガール香月怜南は、ずびしっ! と効果音が聞こえてきそうなくらい華麗なポーズを決めながら指でさす。俺を。

 なんで先ほどから一々芝居がかっているのか。


「共に青春を謳歌しましょうぜ! 先輩A……もとい、椚木鋼!」

「え、鋼?」


 注目が、こいつらだけでなく教室に残っていた他の奴らからも俺に集まる。声がでかいんだよ体育系。


「ようやっと名前を覚えたか」

「散々名乗らず何を言う……ただ私のお母さんを毒牙に掛けようとしたのは浅はかでしたね!」

「掛けようとしてねぇ!」


 ざわつくな、教室ゥ!


「一回り年上が好み、ということかしら……」


 桐生さん、聞こえてますから! お前の場合、一回り年上(男含む)になってるから余計ややこしい!


「ただお母さんはお父さんとラブラブですからね、残念でしたね~」

「いやそれ聞いてるから」

「あ、そうですか」


 急に普通のテンションになるなよ。


「とにかく、青春に飢えている先輩に提案があります」

「陸上部には入らないぞ」

「エスパーですか」

「いや、分かるから」


 お前それしか(ネタ)ないじゃん。


「鋼が陸上部?」

「A先輩を勧誘してるんです。いいライバルになれる素質ありますし」

「上からだな、おい。しかもA先輩って……名前分かったんじゃねぇのかよ」

「1日考えたんですけど、鋼先輩だと先を取ると後輩でややこいし、鋼さんだと降参みたいで縁起悪いじゃないですか~」


 人の名前で言葉遊びしないでくんない? ていうかこいつ一日中とか暇かよ。


「それなら椚木でいいだろ」

「椚木も考えたんですけど、ぬぎって言いづらくないですか?」

「地味に呼び捨て想定してるねキミ」

「その点A先輩ってなんかあだ名みたいで仲良い感じしますし、他に呼んでる人もいないしで特別感ありません?」

「なるほど……そういう考え方があるのね」

「一理ある……やるね、怜南ちゃん!」

「何納得してんのガールズ」


 ちらっと快人にも目を向けるが付いていけていない感じだった。でも笑顔を保って静観している。こういうところがモテんのかな……古藤とか、香月とかに。


「とにかく走りましょうよ~いいじゃないですか、練習も今日で最後ですし~」

「引っ張るな馬鹿」


 グイグイと腕を引っ張ってくる香月。袖が伸びるとかそんなんよりもそれなりに有名な陸上部の新鋭エースの登場に依然として視線が集まったままなのが気になる。


「付き合ってあげれば?」


 快人は香月に気を遣ってかそんなことを言ってくる。人事だと思って!

 が、清々しい快人の笑顔を見て察した。これ、意趣返しだ。散々俺が煽ってきたから! 人を呪わば穴二つということか。

 内野外野共にとにかく視線が痛い。腕はぐいぐい引っ張られて制服も悲鳴をあげている。もうどうすりゃいいんだコレ。


 ただ、俺はまだ甘かった。甘く見ていた。こんな状況に思考放棄している場合ではなかった。目の前にいるのは、規格外の陸上馬鹿だということを忘れてはいけなかった。

 こいつは先輩の教室になんの抵抗もなく入ってくるし、言ってしまえば昨日なんて明らかに非現実的な俺とブラッドの邂逅をあっさり受け入れていたサイコなやつなんだ。


「隙有りっ!」


 油断、故に反応が遅れた。

 香月は器用に俺に飛びつき、俺の膝の上に向かい合うように跨がってきた。

 クラスからどよめきが、息をのむ声が広がる。ただそれ以上に香月の突拍子も無い行動に俺が竦んでしまった。


「ふふふ」


 悪戯を思い付いた子どものように無邪気で残忍に笑う香月。

 

 断っておくと俺と香月はそういう恋愛的な関係じゃない。全く無い。

 断言できる理由の一つは、そもそも俺と香月に接点がまだほんの僅かであるということ。ただ一回一緒に走った程度でそういう色っぽい関係になれるなら、今頃香月は陸上部の姫として祭り上げられていることだろう。

 そしてもう一つの理由は快人だ。香月はかつて快人に恋をしていた。それは本人も認めるところだ。快人に恋をしていた香月はらしくないと思えるほどしおらしく、天真爛漫なイメージとは打って変わってピュアな恋する乙女だった。今みたいな行動は当然取らない。


 では今の状況はなんだ?

 香月は俺に跨がり、首に腕を回してきている。顔と顔の距離は拳一つ分程度まで狭まり、遠慮なく呼吸する香月の息遣いまで感じとれてしまう。

 周りから見ればおそらく見え方は一つ。イチャラブカップルがいちゃつき始めた、となるだろう。でなければ成立しない状況だ。


 ゴクリとこの突然の雰囲気に圧倒されるように誰かが喉を鳴らした。

 そんなことにも敏感に反応する俺に対し、香月は一切目を離さない。何かタイミングを計るように真っ直ぐ俺の目を見つめてくる。


 そうだ。こいつは普通じゃない。ブラッドも動揺するような獣だ。

 俺は今こいつの獲物、捕食される対象。生殺与奪を握られている……錯覚と思うには緊張感がマジモンすぎる。


「A先輩」


 耳元で香月が囁く。吐息が耳を撫でるのがどうにもくすぐったい。


「来てくれなかったら昨日のことみんなにバラしますよ~?」

「フッ」

「あひょうっ!?」


 ……なんかムカついたので目の前にあった香月の耳に息を吹きかけると、彼女はコテコテの悲鳴をながら跳ねた。

 耳は人間の部位の中でも敏感な部分だが香月にとっては特にそうだったらしく、俺の膝の上でわたわたと身をぐらつかせそのまま後ろに倒れて机にぶつかって一緒に倒れた。

 見た目こそ派手だったが大して勢いはついちゃいないしこいつなら無事もいいところだろう。

 ……見た目が派手だったせいでクラス中からの悪者を見るような目が痛い。


「あたた……」

「わかったよ、付き合ってやる」

「本当ですか!?」


 心底うんざりだったが昨日のことを言い触らすというのは流石に痛かった。が、そんなことおくびにも周囲に悟られるわけにもいかないので、


「お前の情熱には負けたよ」


 と、スポ根感ある敗因を述べて香月に手を差し出した。香月は嬉しそうに笑って俺の手を取り立ち上がる。もう青春は十分じゃないかな?


「やはりお母さんの教えは凄いですね~」

「なんだそれ」

「今朝言われたんですよ。もしも私がA先輩に本気ならこうすればイチコロだって! お父さんもこれで落としたと、実績も十分です!」


 薄い胸を張る香月。まああの人は大きいから。それに野生児の香月ならともかく、あのおっとりのほほんなイメージの香月ママがさっきみたいな行動をしてきたら……ちょっと想像できないな。


「さあ行きましょう。時間は有限ですから」

「わーったよ……行くぞ、快人」

「え、俺も?」

「もちろん。俺一人だけ貧乏くじなんて嫌だし。快人もそれなりに走れるだろ?」

「え、でも、いいのか? 邪魔なんじゃ」

「邪魔なわけないだろ。な?」

「勿論大歓迎です!」


 香月も目を輝かせて頷く。快人は苦笑しつつも参加を同意した。生け贄ゲット~。


「快人が行くなら私もっ!」


 ついでに古藤もセットで付いてきた。予想通りだぜ、ニヤニヤ。


「きょうちゃんはどうする?」

「え、わ、私……は……」


 桐生は何故か表情を少し暗くして、ぎこちなく喋る。やっぱり、なんからしくない。


「桐生も行こうぜ。朝とかランニングしてるんだろ」

「椚木、くん」

「それに走っていれば鏡花様のダイナマイトもさぞお暴れになるでしょうしねぇ。ぐへへへへ」


 欲望が思わず口に出ていた! という久々に脇役感溢れるスーパームーヴを披露してみた。

 桐生のキャラ的に「気持ち悪……死ねば?(限界突破の嫌悪)」と一部の人にとってはご褒美という罵声を浴びて、でも快人と古藤のフォローにより渋々参加という感じだろう。友人関係とはいえ、桐生は真面目だし、セクハラを許すようなやつじゃないからな。

 俺的には頭数が増えればその分注意も分散されるのでそれでいいのだ。


「椚木君」

「んん? いだだだだ!」


 少し予想と違った。桐生は俺の頬に手を添えて、そのままつねりあげてきたのだ。体罰!?


「この、変態っ」


 そう、桐生は文句を言って睨みつけてくる。それはいいんだ、予想通りだ。

 でも、おかしい。なんで顔を少し赤くしてるんだ? なんで口は笑ってる? なんで少し目を潤ませている?


 桐生の手が離され、しかし予想外の反応に理解が追いつかず俺は尻餅を付いてしまった。


「馬鹿は放っておいて先に行きましょう。古藤さん、綾瀬君」


 そう声を弾ませ、赤面した顔を俺から隠すように逸らし、その仕草の中で目元を拭って、桐生はそのまま二人を連れて行ってしまった。俺が追及する間も与えずに。

 香月もしれっと「先に行ってますが逃げないで下さいね~」と言い残し去っていく。そして俺だけ取り残された。暇な野次馬達は残っていたが、どうでもいい。それより……


「まさか……いやいや、ありえない」


 頭に浮かんだ一つの可能性。いや、流石に自意識過剰なんじゃないかと思う。第一桐生に俺はホモだって思われてるんだぜ?

 そうだよ、桐生は俺がホモだからおっぱいで欲情しないと思ってたんだ。だから、少しはノーマルなところがあるって友達として安心したとか……きっとそうに違いない。


 クラスに残ってた奴らは口々に「また椚木がやらかした」「最低の屑」「桐生に抓られるなんて羨ましい」などと自分勝手に呟いていた。

 でも俺はそんな呟きや、頬の痛みよりも、先ほどの桐生の表情が気になって仕方がない。


「あいつは友達だ。いいやつなんだ。万が一でも、そんなこと、あっちゃ駄目なんだ」


 思考が口から漏れ出す。どうかただの自惚れであって欲しい。馬鹿な勘違いで後から一人羞恥に震える、そんな憶測であってほしい。

 けれど、かつて“あの二人”に感じたような嫌な感覚が纏わりついて仕方ない。背中をじんわりと汗が伝う。


ーーどうして、俺が同性愛者だと思ったとき、桐生は泣いたんだ? そこにあるのは友情だけなのか?


 駄目だ、考えるな。

 思考を振り払うように勢いよく立ち上がった。


 そうだ、走ろう。身体を動かしてりゃ忘れるさ。

 

 けれど、一度生まれたその嫌な予感は頭の中にこびり付いて、中々消えてくれそうになかった。

Twitterで言ってた没話は次話になりそうです……

前提がこんなに長くなるなんて不思議ですねぇ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ