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第48話 主人公の昼食はやはり特別らしい

 嚶鳴高校には中庭がある。

 本校舎と体育館の間にあるスペースだが、学園長の趣味だとかでコミュニケーションスペースとして広く設けられている。中庭には自販機やベンチ、テーブルが置いてあり、建物の陰になりやすいので夏場でも涼し気という仕様だ。来たのは初めてだが。


「あっ、あそこが空いてるですよ!」


 中庭に着くなり、目ざとく空席を見つけたゆうたが駆け出す。

 先ほどまでグロッキーだったのが嘘みたいな復活しているゆうた……爆発に巻き込まれてアフロになっても次のページでは元に戻っているギャグキャラみたいだ。


「鋼さん、私達も行きましょう」

「おお……ん?」


 相槌と共に光に目を向けると、何故か光が手を差し出してきていた。

 一瞬戸惑ったが、そういえば俺は今、彼女たちの弁当箱を持っていたんだった。


「ああ、これな」


 光の手に弁当箱を渡す。光はそれを受け取る……と思ったのだが、何故か彼女も戸惑ったように首を傾げていた。


「あれ、私、どうして」

「光?」

「えっ、あっ、ごめんなさいっ!」


 顔を紅潮させ、半ばかっさらうように弁当を奪うと小走りでゆうたのところに走っていった。何だってんだよ!?

 彼女の奇行に首を傾げつつ、後を追って歩く。ゆうたが確保したのは四人掛けの丸テーブルだった。既に席に着いていた二人に倣って座ろうとすると、


「この変態大魔神!」

「突然なに!?」


 突然ゆうたが罵声を飛ばしてきやがった。

 見ると光が俯いている。え、俺なんかした?


「いいの、幽ちゃん……私が、私が悪いの」

「光ちゃんは悪くないです! 悪いのはこの変態大魔神です!」

「ごめん、話が見えないんだけど……」


 当然中庭には別の生徒たちもいて、大騒ぎ(約一名)していれば視線も集まる。

 それに気が付いていないのは多分ゆうただけだ。


「自覚が無いとはふてぇやつです! 光ちゃん、言ったって!」

「別に何もされてないよ」

「え」


 ゆうたの表情が固まる。いや本当に何なんだよ……

 戸惑うように視線を彷徨わせるゆうたを呆れながら見ていると、


「こ、今回は見逃してやるです! よ、よかったですね変態!」


 と、半泣きになりながら半ばやけくそ気味に宣言してきた。ふと光に視線を向けると、彼女は小刻みに肩を震わせていた。

 こいつ、光にも玩具にされてるのか……


「な、なんですかその人を哀れむかのような目は!」

「アワレンデナイヨートウトンデルヨー」

「棒読みを意識した棒読み!?」


 うーん、いいツッコミだ。60点!(点数は辛口)


「大丈夫、幽ちゃんはいい子だよ。私の為に怒ってくれたんだもんね」

「そ、そうですよ」


 にこにこと微笑みながらゆうたの頭を撫でる光。撫でられているゆうたも満更でもなさそうに頬を緩ます。これじゃあ同級生の友達ってよりも姉妹……下手すりゃ親子だわ。元凶は光だが。


「実は先ほど鋼さんに名前で呼ばれたのに動揺してしまって」

「やっぱりじゃないですか! セクハラクソオヤジ!」

「名前で呼んだだけだろ!?」


 というか、名前で呼んでいたの結構無自覚だった。あぶねぇ、俺と光の関係はリセットされているんだから気を付けないと……光から記憶を奪ったのは俺なのに迂闊すぎる。


「悪い、綾瀬。ほら、今朝も見たと思うけど、お前の兄貴とは知り合いでついな」

「べつに私はいいですけど……むしろ」

「ほえ~、じゃあ光ちゃんとはそれまで面識は殆ど無かったですか?」

「ああ」

「そう……ですね」


 顎に手を当てて何かを考えこむ光。


「どこかで、会ったこと、無い……ですよね?」


 そんな不安そうな言葉に心臓を鷲掴みにされたような錯覚を覚える。

 大丈夫、動揺するな。そんな疑問が出てくるってことは本当に忘れているということだ。俺に関する記憶だけ失っている分、違和感が残ってしまっているのは許容範囲内。

 俺がするべきなのは、記憶が消えていることを変に刺激せず、綾瀬光と椚木鋼の適切な距離感を築くことだ。


「無いと思うけど……結構快人、綾瀬のお兄さんの家に遊びに行くからそこで少しくらいは顔を合わせたことがあるかもな」

「けれど椚木さんは結構光ちゃんのことを気にしてたですよね。わざわざゆうに聞きに来たくらいです」

「そうなんですか?」

「わざわざじゃねーだろ。話盛るな。偶々話の流れでそうなっただけだっつーの」


 鋭いことをツッコんできやがって……ゆうたが意外と危険かもしれない。

 が、俺とてそんなことであたふたするわけにはいかない。


「友達の妹が不登校なんて聞いたら、一般的な高校生である俺としては野次馬根性を発揮せざるを得ない案件だしな!」

「うわぁ……ゲス……」

「それは俺も思ったけれど口に出されると傷つく」

「光ちゃん、この変態ゲスストーカーは放っておいて、いい加減お昼ご飯としましょう」


 助かった。話題を目の前の食事に移してくれたゆうたに内心感謝する。直接言うなんてそんなことするわけないよなぁ。こいつは食欲のままに喋っているだけだろうし。


「ちなみに光ちゃんの料理は神の域ですからね。椚木さんも食べたら腰を抜かしますよ」

「お、大袈裟だよ。でも、鋼さんの口に合えばいいんですが」

「大丈夫ですよ。光ちゃんの料理が不味いなんて言う椚木さんがいればあることないこと色とりどりの噂を学内にバラまいて社会的に殺しますから!」


 物騒なことを言う後輩である。ゆうたにそんなことが出来る人脈が存在しないことは分かっているので無言でスルーしておいた。ツッコミ待ちのうずうずした視線を受けたが無視無視。


「……では」


 拗ねたように頬を膨らませながらゆうたが弁当箱を開いた。


「おおっ」


 弁当箱の中を見て思わず声を出した。

 中には鶏の唐揚げ、卵焼き、ほうれん草の胡麻和えといった色とりどりの内容だ。結構好きなラインナップですよコレ! 控え目に言ってテンション上がるなぁ。


「どうですどうです?」

「お前が得意げになるのはムカつくが確かに美味そうだ……」


 今まで快人が食べているのを見たことはあるが、自分が食べれると思うと見え方も変わるものだ。古藤が対抗心を燃やしているのも納得が行く。


「料理は小さい頃からずっとやってたので、ちょっと自信があるんです」

「ではでは、いただきますです!」


 ゆうたは両手を合わせてから、最初に唐揚げを口に運んだ。


「ん~! 美味しいです!」

「ありがとう。私も、いただきますね」


 わざわざ俺の顔を伺ってから手を合わせ弁当に箸をつける光。別に俺に許可を取る必要は無いだろうに、真面目な奴だなぁ。


「うう……たとえ少しでも先輩に譲るのは癪ですが……」

「先にくれるって提案したのお前じゃねーか」

「……分かりました。ゆうも男です! 一度言ったことは曲げません!」

「いや、お前女だろ」

「ハッ!? 椚木さんもしやゆうのこと女性として意識して……!? だ、駄目ですよっ! ゆうにも相手を選ぶ権利があるんですから!」

「めんどくせぇ……」


 昼食にありつく前の余計なカロリー消費が鬱陶しい。よくよく考えたらさっさと学食に行っていれば良かったかもしれない。


「あの、鋼さん。よ、よかったら私のから食べていただいても……」

「いやっ、流石に光ちゃんの弁当に手を付けるのは許しませんですよ! 仕方ありませんのでゆうが食べさせてやるです」


 ゆうたは「はい、あーん」と顔を真っ赤にして言いながら箸で卵焼きを摘まむと眼前に突き出してきた。そんな彼女の姿に思わず半目になった俺を一体誰が責められようか。いや、責められない(反語)。


「なんですかその目は!」

「そりゃ、だってお前……いや、何でもない。ありがたくいただきます」


 ここで余計なことを言って昼食タイムが更に遠のくのは勘弁だ。俺は恥を忍んでゆうたの差し出してきた卵焼きを咥えた。


「うまっ!?」


 思わず口に出してしまう程、卵焼きは美味かった。俺好みの塩味というのもあるが、冷めてなお濃厚な味わいというか……こればっかりはグルメレポーターとしての語幹を鍛えていなかった俺の落ち度だと猛省したくなるほど美味い。


「そうでしょう! そうでしょう!?」

「ああ、正直舐めてたが、これは確かに中々のもんだ」

「ゆうは元々甘い卵焼きが好みだったですが、光ちゃんの卵焼きを食べさせてもらってからはすっかりしょっぱい派になったです!」

「俺的には元々塩味派だったから最高としか言いようがないな」

「そ、そんなに褒めないでください……」


 顔を赤くし俯く光。どことなく嬉しそうでもある。


「しかし、快人のやつは毎日こんなに美味いもんを食べていたのか……流石は主人公。基本菓子パンの俺とはやはり格差が……」

「兄さんからは少し不評ですけどね」

「「何で!?」」


 俺とゆうたのリアクションがハモる。しかしそれも当然だ。こんな美味い卵焼きに文句を付けるとはあいつ王様かなんかかよ!?


「うちの卵焼きは元々甘かったので」

「それは初耳です。なのにどうして光ちゃんはしょっぱい卵焼きを作ってるですか?」

「それは、分からないの。ただ、物心が付いた時から料理に興味があって、なんとなく理想にした味がこういう味で……」


 「ほえー」と間抜けな相槌を返すゆうただが、俺も同じ気持ちだった。なんとなくで家庭の味から脱却するとは生まれついての料理人だったということだろうか。

 つい気になって唐揚げにも手を伸ばす。失礼して手づかみで……


「おお、美味い」

「あっ! 勝手に何やってるですか!」

「醤油が効いてて、イイネー」


 唐揚げも予想に反せず美味かった。結構味濃いめに作ってあり、好きな味だ。


「これ、濃いめだけど、快人って薄味の方が好きじゃなかったっけ」

「兄さんというか綾瀬家自体、薄味派ですから。この味付けも私の趣味ですね。兄さん的には多分私の料理よりも紬さんの料理の方が好きだと思います」

「紬さん? 誰です?」

「綾瀬の兄の幼馴染」

「ほえー」


 古藤の料理も食べたことは無いが絶品と聞く。そうか、薄味なのか。快人も薄味派となれば軍配は古藤の方に上がってもおかしくないかもしれない。


「俺は濃いめの方が好きだから綾瀬のが好みだな」

「あ、ありがとうございます……」

「うわぁ、椚木さん、それはあざとい。あざといですよ」

「あざとい? ……って変な意味じゃねーから!」


 指摘されて気が付いた結構ヤバい発言に思わず声を荒らげる。美味い料理を食べて気が緩んでいた。反省しろ、俺。


「光ちゃんは先輩にとっては友達の妹という近く見える距離感の相手かもしれませんですけどね。結構モテモテなんですから。この間だって上級生の……」

「ゆ、幽ちゃん! 余計なこと言わなくていいからっ!」

「むむ、ゆうは椚木さんが変な勘違いしないようにと思って……ですが、あまり人にペラペラ話すことでも無いですね。ごめんなさい、光ちゃん」


 この間、上級生、というワードから同じ生徒会の村田君との件だろうと何となく分かった。実は知ってるんだよなぁなどとは口には出さないけれど、流石は主人公の妹だと感心する。

 

「あ、あの、鋼さん。もしよければ……」


 「主人公の妹の主人公力はどうなんだろう?」とか、「そうなると俺みたいな親友ポジションはゆうたになるのか?」などと空想している俺に、光が何か言おうとした丁度のタイミングで、キーンコーンカーンコーンとチャイムが鳴った。

 昼休み終了5分前を示す予鈴だ。相当のんびりしてしまっていたらしい。


「あ……」

「わわっ!」


 チャイムに気を取られ言葉を途中で切る光と、慌てて弁当を掻っ込むゆうた。そんな彼女たちを尻目に俺はイスから立ち上がった。


「じゃあ、俺先戻るわ」


 意図的にお礼は言わなかった。食事に気を取られ思わず話を弾ませてしまった帳尻合わせで、少し好感度を下げれればいいなー程度の抵抗だ。

 案の定、背後からは「お礼も無しですかー!」とゆうたの怒った声が聞こえた。こういうところあいつとは気が合うなぁ……なんて思いつつ、自己満足のために「ご馳走様」と頭の中で呟いておいた。



 教室まで早足で向かいながら、考えるのはやはり光のことだ。

 結局、光がレイの生まれ変わりということはあまり分からなかった。魔力があるというだけで断定するというのも尚早だし、それに、


――私は料理があまり上手くなくて、もどかしいです。


 かつて、彼女はそう言っていた。肉体にハンデがある子で、料理なんてとても出来なかった。料理好きである光とは真逆だ。

 ブラッドが言ったことは、彼女に若干でも魔力が宿っている以上完全に否定は出来ない。それでも、ただそれだけで真に受けることも出来ない。確かに似ているところもあるが、違うところもある。確証が持てない以上、考えるだけ泥沼にはまるだけだ。


 そもそも彼女がレイだとしても、そうじゃないとしても、俺が接するべきでないというのは明らかなんだ。もしも彼女がレイの生まれ変わりだったとしても、今度こそ幸せになってほしいと願えばこそ、俺なんかと関わるべきじゃない。


 今日のことは突然のイレギュラーな展開に、素が出てしまったところも多々あったが、それも次から接触しないように気を付けてリカバリーすればいい。


 取りあえず、今後の昼食時の事故を無くすためにちゃんと菓子パンを買い溜めとこうと決めた。

いつもお読みいただきありがとうございます。

気に入っていただけたらポイント評価とかしてもらえると嬉しい……うれしい。


感想も沢山頂けて本当に嬉しいです。

が、今後、感想内の展開予想について返信で触れるのはやめようと思ってます。

でも予想とかガンガンしてほしい……(メンヘラ並感)

ただそれに対する返しがネタバレみたいになってもつまらないと思うと思うので(責任転嫁)

返信自体はしますよーするする。


ちなみに次回は、別視点かもしれません。別視点じゃないかもしれません。

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