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第47話 煽りスキルの高い後輩

「うわぁ、イタい。イタいですねそれ」


 ゆうたの感想は酷く率直なものだった。


 結局ゆうたから逃れることが出来ず、今は並んで職員室の対面にしゃがみ込みつつ、彼女の友人を待っているところである。

 その間暇だったのと、「ところで先ほどため息をついていたですが、何か悩みでもあるですか?」などと無駄に女子力の高そうなことを言ってきたということもあり、つい先ほどのことについて話してみた。

 その結果、今馬鹿な後輩にドン引かれているわけである!


「冷静に考えてですよ、絶対に自分を好きにならない女性って条件破綻してるですよね?」

「……そーだね」

「ていうか、そもそもそれってある程度女性にモテる人じゃないと成立しないですよね。あれですか、椚木さんってモテモテハーレム男だったですか?」

「ごめんなさい……」


 ああ、顔が熱い。恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい!


「やれやれ、これがゆうでなければ多分友達やめてますよ?」

「マジでか」

「そうですねぇ……椚木さん、ゆうに好みのタイプを聞いてみてくれませんか」

「俺が? ゆうたに?」

「はい。ああ、でもゆうも女の子ですから、しっかり真剣な感じでお願いします」


 真剣な目をしてゆうたがそう聞いてくる。何の意図があるかは分からないが、ここは思いきりが大事だ。

 俺は一度大きく息を吐き、映画とかで見た同じようなシーンを脳裏に浮かべながら役を作り上げる。


「好木」

「は、はいっ」


 真っすぐゆうたの目を見つめる。ゆうたは俺を見つめ返しながら、僅かに目を見開いた。


「お前さ、その、男性の好きなタイプとかあんのかよ」

「……知りたい、ですか?」


 え、すっきり答えないの?


「ああ、知りたい」

「どうして……ですか?」


 お前が聞けって言ったんやろがい!

 ……だが、これは上手い返しかもしれない。好きなタイプを聞かれてあっさり無難なことを答えると嘘っぽい。だが、少しでもこんな真剣なムードを作り出すことで信ぴょう性が増す感がある。

 ゆうたのやつ……なりは小さいくせにやりやがる。意外と場慣れしているのだろうか。

 だが、そっちがその気なら、俺も流れに乗るしかない。


「それは、その……気になるんだよ、お前のこと」

「ゆうの……」

「だから、教えて欲しい。知りたいんだ、お前のタイプ」

「……分かりました。ゆうの、タイプは」


 好木は少し目を潤ませて、もじもじと視線を彷徨わせた後、意を決したように俺を見て、言った。


「ゆうのことを決して好きにならない男性です痛っ!?」


 反射で脳天にチョップを食らわしていた。ナイスマイ脊髄。


「何するですか!」

「何するはこっちのセリフだ! どんな模範解答が来るかと思ったら俺のこと馬鹿にしただけじゃねーか!」

「ゆうは親切心で、いかに先輩がイタい発言をしていたのか教えてあげたですよ!」

「だったら事前のやり取りいらねぇだろ!」

「椚木さんだってノリノリだったでしょうが!」


 もうやだこいつ嫌い!


「それで、椚木さんはおモテになるですか?」

「どういう意味だよ、そりゃ」

「先ほども述べた通り、椚木さんのタイプはある程度モテるとか、そういう経験が無い事には成立しないですよね? はい、論破」


 ドヤ顔を浮かべるゆうた。この程度で誇らしい気分になれるんだからある意味羨ましい。

 ただ、論破って言葉を軽々しく使うのはキッズの傾向だぜ。


「……別にモテねーし」

「それは意外です……」

「え、それって俺がモテそうだっていう」

「特にモテもしないのに、俺のことを好きにならない人がタイプって答えたんですか!?」

「そうだよ!」


 やめて! もう俺のライフポイントはゼロよ! いや、ライフポイントというよりはマインドポイントというべきか……どっちでもいいけど。


「もう帰る……」

「あぁ、そういえば購買寄ると言ってましたですもんね。でも、もう売り切れてるんじゃないですか?」

「それなら教室戻って寝るし……」

「そんな椚木さんにグッドなニュースです!」


 そう言ってゆうたが見せてきたのは彼女が傍らに置いていた布に包まれた弁当箱らしきもの2つ……2つ?


「おい、お前まさかそれ!」

「フッフッフッ、目ざといですね椚木さん。これが気になるですか?」

「いや、注意促してきたのお前じゃん……」

「これは弁当箱です!」

「見たらわかるわ……って弁当箱?」


 随分と遠回しな言い方だ。

 なるほど、読めたぞ。これはアレだ。ただの箱なんだ。中身は入っていない。そもそも普段購買でおろおろしているゆうたが弁当を持っているなんてあり得ないことだ。

 きっと中身は無くとも弁当箱を持ち歩くことで、あたかもランチを食べたかのように自身に錯覚させ、空腹を紛らわすという策なのだろう。ああ、なんか涙が……


「ちなみに中身はちゃんと入ってるです。パンパンです」

「あっそう……」


 勘違いしたのは俺だけれど、ムカつく。


「ちなみにこれはゆうと友達の分ですので椚木さんにやる分はピタ一文ございませんっ」


 ビタな。

 しかしこいつ、相変わらずの煽りスキルである。

 結局この会話で得た情報はゆうたが弁当を持っているということだけ。俺に昼食が無いという事実は変わりない。無駄に腹が減っただけに終わった。

 このカスチビィ……っと、ステイステイ。子ども相手に本気になるなんてそれこそガキというものだ。


「もしかして後輩の昼食にたかろうとしたですか? 年長者として恥ずかしくないですか?」

「別にただ弁当箱あるな~って見てただけですが? 何か?(半ギレ)」

「お腹なってたですけどね」

「マジ?」


 それめっちゃ恥ずかしいやつじゃん。

 でも、お腹鳴っている相手がいて弁当分けてあげないなんてちょっと非情だと思う。俺は分けてあげたもんねー!


「なんかもう弁当が気になって余計腹が減るから、さっさと教室帰って、寝て、空腹を紛らわすことにするわ」

「待つです」

「何で!? さながら小説の地の文が如く順序だった状況説明したじゃん! いい加減解放してくれよ!」

「実はこの弁当、ゆうのじゃないのです」

「お前のじゃねぇのかよ! なんで自慢してきたんだよ!」

「ゆ、ゆうの友達がゆうの為に作ってくれたですからゆうの物であるのは確かです!」

「じゃあお前のじゃねーか! 何がしたいんだお前!」

「ゆうのでも、最初の所有者が違うですから……椚木さんに分けるなら製作者の意向を聞かなきゃでしょーが!」

「え、分けてくれるの?」


 これはまさに青天の霹靂だ。

 ゆうたのやつにそんな慈悲の心があったとは……!


「勿論、許可が下りればです。元々はゆうの為に作ってくれたものですし……」

「いやぁ、友達に弁当作らせてるなんて随分クソみたいなチビだなって思ってたけど、実際はいい奴なのかもなぁ、お前」

「クソみたいなチビ!?」

「人に貰ったものをドヤ顔で他人に施そうとは、実に器が大きい!」

「馬鹿にしてるですよね!? もう分けたく無くなってきたですが……」

「とかいって~! 見過ごせないくせに~!」

「……ウザっ」


 ぐりぐりとゆうたの頭を撫でまわす気のいいお兄さんと化した俺。

 なぁに、ゆうたも照れ隠しでウザいなんて言ってるけど……っと、これは本気でウザがってますね。僕には分かる、何故なら加害者だから。ははは(渇いた笑い)


 それでもウザがるゆうたの頭を、一生の中でも最初で最後と思いながらこねくり回す。

 最初は「うーざーいーでーすー」などと喚いていたゆうただったが、次第にこの意味の分からない状況が面白くなってきたのか笑い声を漏らし始めた。いっけね、壊れたかな?

 そんな「もう誰か止めてくれ」と俺と、多分ゆうたも思っているであろうトランス空間に突入してから少し経ってようやく、


「幽ちゃん、遅くなってごめん……あれ?」


 俺たちに声を掛けるものが現れた。ちなみに他の生徒連中は俺たちを完全スルー。仲のいい先輩後輩だと思われたのかしら。カップルがイチャついていると思ったやつ、今夜は眠れると思うなよ?


「たすけて、ひかり、ちゃん」

「ん? ひかりちゃん?」


 不穏な言葉に思わず振り返ると、職員室の入り口前で目を白黒させている綾瀬光がいた。まさかのエンカウント……口から漏れ出そうとした「げっ」という呻きを抑え込んだのはファインプレーだったと思う。

 いや、そういえばゆうたの友達って少ないっていうか、光しかいないって話だったような……今さら思い出したぞ。


「あっ……じゃ、じゃあ友達も来たみたいだし俺はこれで……」

「ひかりちゃん、おべんとう、くぬぎさんにも、わけていいかな」


 こ、こいつ……ぐわんぐわんと混乱した頭でありながら最短ルートで交渉キメてきやがった!?


「え、うん、いいよ」


 いいのかよっ! 光は特に悩んだ様子も見せずに頷く。年上の殆ど面識がない相手に対して無防備すぎやしないだろうか。不登校の理由とか僅かでも接してきた中から、あまり誰でもなんでもという社交的なタイプだとは思っていなかったんだけど。


 などと呆気に取られている内に、光はゆうたの下に寄り、俺から離して、ぺちぺちと軽く頬を叩いている。


「幽ちゃん、大丈夫? 全くはしゃぐから……」

「はんにん、あいつ、です」

「はいはい。先輩にあいつとか言わないの。ほら、掴まって」

「はい、です」


 何故かグロッキーになっているゆうたに肩を貸しつつ、光が俺にニッコリと笑いかけてきた。

 

「じゃあ行きましょう、鋼さん。ああ、そのお弁当を持ってきてくれると助かります」

「え、あ、はい」


 その屈託のない笑みに思わず頷き、ゆうたが自慢してきていた二つの弁当箱を手に持つ。

 ……弁当を持ったことでエスケープすることも叶わなくなった。策士……では無いか、ゆうたをああしたのは俺だし。ここは付いていくしかないと二人の後ろを追うように歩き始める。


「今日は中庭で食べようって話していたんです」

「ソーナノ」


 しかし、なんだろう。違和感がある。光は俺の記憶を無くしている。最後の、あの時に比べれば距離感は先輩と後輩のそれに落ち着いているようにも感じる。なのにやはり違和感が……。


「どうしました、鋼さん?」

「あ、いや。なんでもない」


 思考の為に足を止めた俺に光が目ざとく声を掛けてくる。


 ……まぁいい。これでブラッドが言っていた光がレイの生まれ変わりというのも、少し分かるかもしれない。

 たった一度くらい、一緒に飯を食ったところで何かが変わることも無いだろう。

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