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第45話 日常は続くよ、どんなときでも

 ブラッドちゃん(寒気)とまさかの再会を果たした何とも長い1日が明けた。

 結局香月はちゃんと起きたらしい。むしろ普段よりも元気なくらいだと、香月ママンからモーニングコールが入った。電話越しにも伝わるほんわかオーラのおかげで朝からいい気分になった。もうすこしで「俺の目覚まし時計になってください」と気持ちの悪いことをのたまうところだったぜ。


 というわけで、遅刻もなく無事登校に成功。素行は良好。

 今日が終われば金曜日ということもあり普段なら少し弛緩した空気が流れる嚶鳴高等学校だが、来週になれば期末試験一週間前ということもあり緊張感……というよりは悲壮感が漂っていた。

 これが来週、テスト直前になれば諦めた生徒たちが開き直ったり、嚶鳴は期末が終われば面談期間を経てそのまま夏休みに突入するということもあり、浮かれる生徒もちらほら出てくる。そういう意味ではこんな重粘っこい空気は今日限りだろう。


「ふあぁ……」


 そんな空気に当てられつつ、俺は大欠伸をしながら下駄箱を開けた。当然恋文なぞ入っているわけもない。


「おはよ、鋼」

「おお、快人、はよー」

「朝から大欠伸だな」

「一夜漬けを一週間先取り……なんてことはなく、ただの寝不足だー」


 苦笑し、欠伸を噛み殺しながら答えると、快人は少し嬉しそうに頬を緩めた。


「どうした?」

「いや、体調良くなったみたいだなって」

「あ、ああ……」


 色々あって濃い一日を過ごした気分だが、半日は魔力切れでぐったりしていたんだった。快人にも当然心配をかけただろう。

 しかし……


「ん?」


 じっと快人を見ていたら、快人が不可解そうに眉を顰めた。


「なんだよ、じっと見て」

「いや……」


 昨日、ブラッドに言われたことを思い出す。

 光はレイの生まれ変わり……では快人はどうだ? ブラッドは快人のことは言っていなかった。幼少期から一緒だから影響がなんとかーとしか。あいつは魔王状態ではあったがバルログと対面している。もしも快人がバルログの生まれ変わりだとすればレイ以上に気が付かない筈がない。


「相変わらず憎たらしい顔をしていると思ってさぁ。お前みたいなのがモテるんか、モテるんか!?」

「ちょ、他に人いるから!」


 快人に掴みかかる俺と、それに抵抗する奴。

 ああ、なんだろ懐かしいこの感じ。

 そうだ、快人とはこうだ。快人と話している時だけ俺は自分が世界の一部のように感じられる。生きている実感が湧いてくる……ヒャッホー!


「あ、兄さん」

「っ!」


 その声に思わず身構えてしまった。


「ん? 光、どうしたんだ?」

「兄さん弁当忘れていったから……あ」


 光の目が俺に向く。

 それはただ見ただけ……の筈だった。なのに、ほんの僅か瞳孔に動きがあった。


「光?」

「……ううん、なんでもない。友達と一緒のところごめんなさい」


 弁当、渡したから。とそこまで早口でまくしたて、光は風のように去っていった。


「どうしたんだろ……なんか変なんだよな、光の奴」

「変って?」

「前はよくお前の……って、これ言っちゃいけない話だった」

「え?」

「悪い忘れてくれっ。まぁあいつも学校復帰したばかりで光もまだごちゃごちゃしてるんだと思う」

「……そっか」


 俺に言ってはいけないこと、それは少し気になるが追及するのは何となく気が引けた。

 あっさり引いたことに不審感を抱かれるかもと思ったが、快人に特に気にした様子は無い。まぁ、俺に聞かれたくない話題をうっかりって感じだったし、話を広げるのも気まずかろう。


「さっさと教室行こうぜ」


 そんなわけでそのまま快人を連れて教室に向かった。モブキャラの俺は快人の妹話に嫉妬しつつも妹に対する執着はあまりなかったし、これはこれで元通りと言える。

 ブラッドが言っていた、レイと光の魔力が一致したということだが、正直俺にはよく分からない。

 調べていたというブラッドならともかく、俺は専門家ではないし、レイの魔力を分析したことなんて無い。こちらの常識に当てはめれば、ガラスに付いた指紋を見て人物を特定するようなもの。んなこと出来るわけがない。

 ただ、確かに光の中に微量ではあるが魔力は存在した。通常魔力を保有する人間はこの世界には存在しないからこそ、それだけで生まれ変わりという話に信憑性が増した。


 だからといって、どうこうするつもりはない。

 もし光がレイだとすれば、今度こそろくでもないやつに惹かれないよう祈るだけだ。

 そういう意味でも、俺の彼女に対するスタンスはこれまでと変わることは無いだろう。



 快人とクラスに着くと既に教室にいた桐生と古藤から意味ありげな視線を向けられた。


「おはよう、紬、鏡花」


 そんな二人ににこやかに挨拶をする快人。視線を向けられたのは俺で、時間も一瞬。快人が気がつかなくてもおかしくはないけれど、何故俺に注目したんだろう……ああ、そういや、桐生は俺をホモだと思ってるのか。

 昨日色々考えることがあってすっかり忘れてたぜ。……現実逃避していたとも言えなくも無いけれど。


 まあいっか。誤解ではあるが、変に今否定して周囲に誤解のまま拡散されるのも面倒しかない。

 高校生ってか、この世界の人間は真実よりも自分達にとって面白いことを優先する。ホモ疑惑なんてのは格好の的だ。現状、桐生は交友狭いしこのままなら被害は最小限の筈。


「おはよっ、快人! 椚木っち! ほら、きょうちゃん」


 そう古藤が桐生の背中を押す。


「ちょっ、……お、おはよう、綾瀬君」


 明らかに動揺した様子の桐生だったが、平静を装うように自らの髪を手で払いながら快人に挨拶をする。俺は無視というのはわからなくない。


「おはよう」

「はよー」


 律儀に二度目の挨拶をする快人に便乗し誰とも定めず気怠い挨拶をした俺はそのまま自席へ。快人は主人公らしく女の子二人に合流した。

 「きょうちゃん、だから言ったじゃん!」と古藤が何か憤っている。そんな古藤に「だって……」と押される桐生の弱々しい姿は意外だった。脅されてんのかな。


 ただ、これまた意外にもこの関係も元通りに近づきつつあった。桐生は俺を毛嫌いし快人にだけ話しかけるというかつての形に。

 ただ……


「きょうちゃん、そんなんじゃ駄目だよ! ちゃんとやるって言ったでしょ!」

「で、でもね、古藤さん」

「言い訳禁止! 例のあの人に遅れを取ってもいいの?」

「紬、何の話だ?」

「快人は黙ってて! あっ、そうだ! 快人にも協力してもらう?」

「そ、それは駄目よ!」

「だから何の話だよ」


 変わったままのものもある。クールな美人優等生としてかつては孤立、雑談ともなれば俺の悪口しか吐いていなかった桐生が今ではああも会話に花を咲かせている。

 本人達は気がついていないみたいだが、三人は美男美女で有名だ。スケベ男子(褒め言葉)とパパラッチ女子(褒め言葉と言っとけば褒め言葉)が集う我がクラスは会話を聞こうと自然に静かになっており会話は教室内に滞りなくシェアされていた。

 ただこれほど注目を集める理由の大半は気を許せる友人が出来たことでの桐生の変化だろう。かつてそこにいた俺という敵の存在の代わりに、古藤という友人と触れ合う桐生の姿は大層魅力的に写ったそうな。


「なんか、桐生っていいよな……前より柔らかくなったっていうか」

「お、おう。取っ付きづらさが無くなってきたというか……なんかすげぇ可愛いし、おっぱいデカいし」


 そんなクラス男子の声が耳に入る。レビューあざす。当の本人はそんな噂をされていることには気がつかず古藤に対して顔を赤くしながら何か弁明しているようだった。


「くそー、美少女に囲まれやがって! 綾瀬の野郎、許すまじ!」

「はっ!」


 微笑ましく見守っていた俺の鼓膜を震わせたどこぞの男子生徒の言葉に、まるで冷や水を浴びせられたかのようにハッとなった。口からも出た。


 美少女、それに囲まれる快人、それに対して嫉妬するのは俺の役目だったじゃないか。数少ないアイデンティティもとうとう奪われてしまった。

 今の俺は三枚目親友キャラとして桐生に目の敵にされることもなく、外から野次を飛ばすでもなく、ただ自席に座ってまるっきり蚊帳の外から頬杖ついて眺めるだけ。最早他人以下だ。


「それはそれでちと寂しいなぁ」


 ポツリとぼやきが口から漏れた。当然聞こえるはずもない。聞こえるはずもないが、その呟きを吐いた瞬間、こちらを向いた桐生と目が合った。


「……」


 桐生は何も言わない。口を真一文字に強く結んでいるし距離もある。

 ただ、真っ直ぐ意志を感じさせる黒い瞳を向けてきていた。濡れているかのように光が揺らめいていて、多分一部を除いた一般的男子高校生なら一瞬で魅了されるだろう。

 実際、男子連中からは息を飲む音も聞こえた。


 桐生に俺は視線以外返さなかった。深い意味はない。ただ出方を伺っているにすぎない。ただ黙って見返している。

 ただそれだけなのに、桐生の表情に緊張が走った。右手で胸元を強く握りこむ。その行為により大きな胸が強調されたが教室の誰もそれに声を上げたりしない。

 教室に蔓延した謎の緊張感。誰しもが音を立てず、桐生の一挙手一投足に注目していた。


「……ぁ」


 ようやく桐生が何か言おうと口を開こうとした瞬間、


「ホームルーム始めるぞ。ん? やけに静かだな」


 空気をぶち破るように大門先生が教室に入ってきた。

 別に先生は普段通り、正しい時間にやってきただけ。ただそれだけで教室の空気が一気に弛緩し、まるで止まっていた時間が動き出したかのように何人かが同時に息を吐いた。


「な、なんだお前たち……古藤、お前はクラスに帰れ」

「あ、ハイッ!」


 おそらくこのクラスが結成されてから初めての変な空気に、先生も困惑したようだった。先生に言われて古藤が教室から出て行き、桐生も悔しげに唇を噛みつつ自席に戻った。はい、解散!

 何がしたかったか分からないけれど、きっかけはやはりホモ疑惑だと思われる。何故かは定かではないけれど、電話越しに泣きまでしたんだ、よっぽど傷付けてしまったようだ……誤解なのに。


 誤解、やっぱり積極的に解いた方がいいのかな。しかしどうやって解いたものか。

 分かりやすいのは彼女を作ってしまうことだろう。彼女とイチャコラしている姿を見ればノーマルだと分かってもらえるはずだ。しかし前提として俺には彼女がいない。出来る予定も無い。

 とにかく弁明する……というのも必死すぎて怪しいと思われたらアウト。ただ、このまま何も言わず本当だと思われてもアウト。


「俺、桐生行ってみようかな……」

「おいマジかよ?」

「さっき絶対俺見てたもん。脈あるって!」


 ふと、後ろの席からそんな囁き声が聞こえた。

 なるほど、桐生に告白か……その手があっ、うん、それは流石に無いな。絶対いい結果にならないし。


 結局様子見するしかないか。果報は寝て待てという言葉もある。寝てればいいこと有るよというこの世界のイージーさを表している実にナイスな表現だ。

 というわけで、俺ぁ寝る。果報よ、どんとこい!


「椚木は後で職員室に」


 先生(独身)の言葉はあえて聞かなかったことにした。


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