第43話 壊れていた少年
遅くなりました、すみません!
でもこの更新ペースにも皆さん慣れてきましたよね!ごめんなさい!
「俺がこの世界に来た理由、それはコウ、お前を連れ戻す為だ」
ブラッドの言葉は俺にとって想像に難くないものだった。
きっといつかこんな日が来るんじゃないかと心のどこかで思っていたのだろう。自分でも不思議なくらい落ち着いている。
「連れ戻す……か。俺を殺そうとしたお前が?」
つい皮肉めいた言葉を返すが、そこに怒りは無かった。
俺が魔王を倒し、俺たち家族を召喚した王国に帰り、そこで国王に殺されそうになった。止めに入ろうとしたアレクシオンとエレナを止めようとしたのは他ならぬブラッドだった。
ブラッドは国王と通じていて、俺を殺すという話も聞いていたのかもしれない。加担とまでは言わずとも、その計画を知っていて決行まで黙認していた彼……いや、彼女が俺を殺すことに肯定的であったことは十分に考えられる。
そう思っていても、やはり不思議と怒りが湧いてこない。
「……」
ブラッドは俺の言葉に沈黙を返してきた。僅かに俯いた顔は、何かを葛藤するように苦悩で歪んでいる。
……別に言いたくないならそれでいい。
「で、連れ戻すって、当然あの世界にだよな」
「……変わらないな」
そちらにとって都合がいいように追及をせず、話題に乗ってやっているのだから素直に乗って欲しい。
「お前は本当に変わらない」
だが、俺の切り出しがお気に召さなかったようで、ブラッドは不機嫌そうに再度呟いた。
呟くというのは語弊があるかもしれない。声は俺に向いていない独り言のそれだったけれど、内容は明らかに俺に対する不満だったし、声量もこの騒音も無い環境下でははっきりと耳に届くものだった。
「結構変わったと思ってるんだけどな」
だから、俺はその呟きにそう反論した。
ブラッドが知っているのは異世界の無機質だった俺だ。
だが、俺はこの世界に来て人間らしさを手に入れた筈だ。蓮華や快人を始めとするこの世界の人々と関わることで。知識を得ることで。
「表面上は変わったかもしれない。ただ、本質はあの時のままだ」
「本質?」
「お前は、空虚だ。自分のことなんてどうでもいいと思っている。だから、俺がどうしてお前を殺すことに加担したかなんてことも追及しようとしない」
「どうでもいいなんて思ってない。俺は……」
「俺は、何だ?」
ブラッドに先を促され、言葉に詰まる。
とにかく否定しようとして、しかし代わりになる言葉が出てこない。
そんな俺を彼女は哀れむように見ていた。
「……たしかに変わったとすれば、それは環境だ。この世界は平和過ぎる。俺たちの世界のように、日常的に恐怖と苦痛が舞い込んでくることは無い。不幸に喘ぎ苦しむ必要は無い」
彼女は憧れるようにそう言う。魔王が死んでも戦いは終わらなかったのだろうか。だから、俺を連れ戻そうとやってきたのだろうか。
「だからお前の歪さが浮き彫りになる。日常的に不幸にならないこの世界で、お前は自分が不幸になる為に行動している。自分を貶め、苦しみを、懺悔を求めている。それが義務であるかのように」
「……」
「ずっと……記憶を失ったと言ったその時からそうだった。まるで殺してくれと言わんばかりに無謀なまでに前に出る。レイという少女を失い魔王と出会ってからは死にたがりは薄れたが余計に自分を省みなくなったのは確かだ。そして、魔王を倒し王都に帰った後……お前はあっさりと死を受け入れようとした」
「……よく見てるな」
ブラッドの指摘に俺はろくに否定もせずに誤魔化すように笑う。彼女からすれば俺のこの笑いも作り笑顔に見えているのだろうか。
ただ、こうまではっきりと言われてしまえば俺も無駄な言葉は重ねられない。恥ずかしいなんて感情さえ浮かんでこない。
「だから、はっきり言う」
ブラッドは真剣な口調で、しっかりと俺の顔を見て言った。
「お前にこの世界は合わない。俺たちの世界に帰って来るべきだ」
その言葉に思わず顔を顰めた。だがブラッドはそんな俺の反応も意に介さず言葉を続ける。
「自分でも感じているんじゃないか? 周囲とのズレを」
「ズレ?」
「俺がこの世界に来て、そしてお前がこの世界に来て、俺はずっとお前を陰から見てきた。エレナ達にこの世界に送られ生き永らえながら、あの世界でのことを引き摺って不幸を望む姿はあまりに痛々しかった」
ブラッドの言葉に俺はただ黙るしかなかった。
彼女は俺よりも早くこの世界に来ていたのだから、見てきたと言われてもおかしくはない。
「それでもお前はこの世界でならいつか救われる筈だと思っていた。この平和ならそれも不可能では無いと信じていた。エレナやアレクシオン、そして俺の願いの通りに」
「お前らの、願い?」
「俺たちは、お前が、いや、お前になる前のお前が傷ついていくのをただ黙って見ているしかなかったから……」
彼女の表情、言葉の変化に先ほどの疑問が腑に落ちた。
「じゃあお前が俺を殺そうとした理由って、死ぬことで俺が解放されるって思ったからか?」
「……それが、お前の願いだった」
「俺の、願い?」
「全てが終わったら殺してほしいと……」
多分、記憶を失う前の俺が言ったのだろう。
ブラッドの表情は、少なくともこれまで一緒に旅をしていて一度も見たことがない、弱々しい、それでいて後悔と悲しみと、どこか熱情を感じさせる女性のそれで……なんとなく、かつての俺とブラッドの関係が特別だったことを思わせた。
「すぐに俺に接触してこなかったのは、俺を試していたってことか?」
「ああ。命蓮寺蓮華という少女と共に過ごすようになったお前が次第にこの世界に馴染んでいく様子を見て、やはり、俺たちの世界のことにお前を巻き込めないと思った……だがお前は、彼女から好意を向けられていることに気が付き、彼女を拒絶した」
鋭い彼女の言葉が胸に刺さる。
「自分が共にいることで、彼女も不幸になるとでも恐れているのか?」
「それは……」
「だから俺は彼女をお前に引き合わせることに決めた。トラウマの原因となった相手となら違うだろうと、そう望みを託した」
引き合わせた? トラウマの原因?
「彼女を見つけたのは、この世界に来てすぐのことだった。彼女にはこの世界の人間には珍しく魔力が存在したからな」
「魔力が……」
「お前も知っての通り、俺たちの世界の人間全てに魔力は存在する。魔法の使用可否に関わらずだ。魔力は指紋のように個々によって性質が異なる。驚いたよ、彼女の魔力はこの世界に来る前、俺たちが調べていたとある少女のものに一致していたんだから」
「とある少女、お前たちが、調べていた」
「好都合なことに、命蓮寺家を離れたお前は彼女の兄と接するようになった。なるほど確かに、生まれながら彼女の兄として無意識の内に影響を受けていた彼は、あの男に似ている性質を有していたからな。お前が惹かれるも当然か」
待てよ、勝手に話を進めるな。
そう口に出そうとしても、出なかった。何かが押しとどめているように。
まるで、俺の体が、この先の話を聞きたがっているかのように。
「俺は、この世界に来たばかりの時に出くわした露出狂をイメージしてあのスーツを作り、お前と彼女の劇的な出会いの場を設けた。つい先日目にした参考文献を元にしたものだが、すんなりと上手くいったよ」
普段なら「露出狂に出くわした!?」とか、「どんな参考文献だよ」などとツッコんでいるところだろう。だが、口が開こうとしない。
その先を聞くことが、怖いのに。
「お前と彼女を引き合わせ、彼女もまるで自分の半身であるかのようにお前に積極的に関わるようになった」
だが、と間髪入れずに続ける。俺を責めるような感情を込めて。
「お前は、自分が死ぬ可能性もあるというのに、命を削ってまで彼女の記憶を消した」
「ぁ……」
そんなまさか、という気持ちと、やっぱり、という矛盾した感情が同時に生まれる。
似ているとは思っていた。懐かしさを感じさせた。それでもまさか。
「お前が拒絶した綾瀬光は、お前が愛したレイの生まれ変わりだ」
「レイ……生まれ、変わり……」
あり得ないとどこかで思いつつも、同時に納得している。
なら、やはり記憶を消したことは、拒絶したことは間違いじゃなかった。彼女の記憶を消したのは正しかったんだ。レイは俺と一緒にいたから不幸にも死ぬことになったんだから。このまま俺と一緒にいたって、不幸になったに決まってる。
そうだ今度こそ俺は彼女を救えたんだ。俺は変えられた。レイの運命を、光を守ったんだ。
「やはり、コウ、お前はもう……」
自然に微笑んでいた俺を見て、ブラッドの声が震える。彼女に目を向けると、一筋涙をこぼしていた。
「お前はもう、壊れてしまっている」
壊れている。ああ、そうなんだろう。
なんたって記憶を失う前の俺が壊れてしまっていたのだから。
そこから生まれた俺も壊れていたんだ。壊れていることが、当たり前のように思っていただけでとっくに、最初から。