【閑話】第41.5話 命蓮寺蓮華の野望
今回は命蓮寺蓮華視点です。
女の子視点とか書くの初めてなんで甘く見てください!
必死な弁明の言葉の途中で電話が突然切れた。
私は通話が切れたことを示す電子音を聞きながら、口の端を上げずにはいられなかった。まさかこれ程上手くいくとは。
鋼の体調不良、そして謎の男の来訪とキスにより体調が回復というあまりに突然な状況を目の当たりにし、流石の私も困惑せずにはいられなかった。
あの男、ずっと狙いながらも中々踏み込み、奪い取れなかった鋼の唇を奪い去るとは……許すまじ。
とはいえピンチはチャンスという。実際これはチャンスでもあった。
桐生鏡花を、鋼から引き離すための。
「切れてしまいました……」
涙腺崩壊寸前、といった表情を浮かべながら電話を桐生さんに返す。
桐生さんは既に涙を浮かべていた。自身でそんな自覚はないかのように呆然としているけれど。
「桐生さん……」
そんな彼女を気遣うように肩に手を置く。
「貴方のショックも分かります。私もはとことして、幼い頃の鋼を知っているから」
「そう、ですよね」
絞り出すようなその声は普段の気丈な彼女からは想像もつかない弱々しい声だ。
「私も信じたくはないけれど、鋼が変わってしまったことは確かなようですね」
そう、鋼は長い時を経て、同性愛に目覚めてしまった。もう、女性には全く興味を持てないように……
というのは嘘だ。
鋼の性癖に関しては至って普通だろう。1年間、様々な作品を見せ、得た反応を私と、念のため専門家に分析させた結果なのだから間違いない筈だ。
それでもどうして、私たちが鋼がホモであるかと唸っているかと言えば、私自身がそう思うよう誘導したからに他ならない。
鋼の様子を見ても、あの男にキスをされたことは不慮の事故だった筈。実際に怒りに身を任せて後を追う様を見れば疑いようは無い。電話の向こうの弁明する声も本気のものだったし、電話が切れたのはただ単純に電源が切れただけと見るのが妥当か。鋼は電話中に不慮の事故を装ってスマートフォンの通話を切れるほど器用では無いし。
だが、それでも、鋼がホモであると桐生さんに信じ込ませたのは彼女を鋼から引き離す為だ。
「桐生さん、貴方は優秀な方です。確かに鋼と何か因縁があったようだけれど、変わってしまった彼を追い続けるのは、貴方の為にはならないのでは?」
慰めるように彼女の背中に手を回し、正面から抱きしめた。
(……私程では無いけれど、中々大きな胸ですね……。やはり危険人物であることに間違いはありません)
そんな危険を再認識しつつも、既に去りつつある脅威に、顔がにやけそうになる。
桐生鏡花、彼女は危険だ。何故なら彼女の存在が、鋼が失ったという記憶を呼び覚ましかねないからだ。かつて、私にだけ教えてくれた凄惨な過去を。
鋼は何でもないように、それこそ他人事のように話していたけれど、とても常人が耐えられるような話では無かった。鋼達一家が消えてしまう前、鋼に会ったのは数度しか無いけれど、ただの普通の少年だった印象がある。そんな彼の心を壊すには十分な出来事だった筈だ。
だから、もしも、彼がかつての普通だった椚木鋼を取り戻せば、その過去によってきっと心を壊されてしまう。
私はただ鋼を守りたい。たとえ他の全てを傷つけても、私自身が傷つくことになっても……その想いが私を前に進ませてくれる。
そして、もしも我儘が叶うのならば、最後に鋼の隣にいるのは自分でありたい。その欲望を追うことが私に生きている実感をくれる。
桐生鏡花は良くも悪くも真面目で普通の少女だ。鋼が同性愛者であることを尊重して女性の自分は身を引くか、嫌悪して離れるか、そのどちらでも構わない。鋼が変わってしまったことを彼女が自覚し、かつての彼を追うことを諦めさえしてくれれば。
そしてもう一つ、彼のことを同性愛者だと私達が勘違いしているという状況が生み出すメリットが他にある。
ああ、早く実行に移して鋼の驚く表情が見たい。何故なら、これでようやく私は……
「生徒会長……」
不意に、私の胸の中で抱かれていた桐生さんが声を漏らした。
「私、決めました」
その決意を込めたような声を受け、僅かに心臓が跳ねる感覚がした。思わず腕を離す。
「私は、人の趣味に口を出すような無駄なことは嫌いです。人と関わること自体面倒ばかり……鋼君のことだってどう受け止めればいいか分かりません」
「そうですね。気持ちは分かります。私も友達と呼べる存在は少ないですし」
むしろいないと言ってもいい。けれどそれでもいい。私にとっては鋼だけだ。鋼さえいればいい。
「けれど、かつて、私と弟は彼に救ってもらいました。弟が僅かな人生であっても残った写真の中に笑顔を沢山残してくれたのは紛れもなく、鋼君のおかげです。彼が私達に一歩踏み込んできてくれたおかげなんです。それなのに私は彼に八つ当たりをするような恨みを向けていて……でも、そんな私にも鋼君は歩み寄ってくれて」
なんだか、とても嫌な予感がする。
とてもホモだからNG、という流れではなさそうな、良い話が始まり出している。
ボケる? ボケて潰すべき? いや、ここでボケれば生徒会長としての印象が、威厳が、説得力がっ!
こういう時、鋼ならノータイムでボケて雰囲気をブレイクするのだろう。いや、する。私だって鋼とちょっといい雰囲気を作ろうと思って頑張ってもブレイクされてきたのだから。
「今も鋼君のおかげで古藤さんや綾瀬君という友達も出来ました。思い返してみれば私は彼に貰ってばかりで、何も返せていませんが」
自嘲するように笑う桐生さん。対する私は間抜けに口を開けたまま彼女を目を丸くして見ていた。何、その表情。それはまるで……
「全ては彼が正しいと思ったことをしてくれた結果……だから私も正しいと思ったことをします」
鋼は正しいと思ったことなんてしていないと思う。基本思い付きメインだから。
「世間がどうとか関係ない。私は鋼君が男性が好きだと知った時凄いショックで、やはり間違っていると思うから……私が女性も悪くないと思わせてみせます」
「え?」
思わず、そんな声を漏らしていた。
まさか……!
「その、自分で言うのもなんですが、結構容姿は褒められますし」
「えっと、それはそうでしょうけど」
「私も、誘惑とか、すれば」
桐生さんはそう消えてしまいそうな声を漏らし、恥ずかし気に顔を伏せた。その顔は普段のクールな印象とは異なり、恥ずかし気に紅潮していて、とても魅力的だった。
だが、私はとても誘惑される気にはなれない。何故なら、彼女が言ったことは……
(わ、私が狙っていたことでしたのに!!)
鋼がホモであると勘違いした状態であれば、鋼を正常な感性に戻すという明確な目的の下、それこそ少し過激なスキンシップなどを行うつもりだったのに!
「そ、そうですか。でも、今日は遅いしもう帰った方がいいですね」
私は動揺を隠しもせずに、口早にそう切り出す。このまま会話をエスカレートさせるべきでは無いという判断だ。
桐生さんも「そうですね」と頷き、二人で鋼の部屋を出た。すっきりしたように清々しい表情を浮かべている。そりゃあ満足でしょう……
「会長」
「な、なんでしょう」
「会長も、もしかして同じことを考えていませんでしたか?」
「そ、そんなわけないですわ」
「そうですか。そうですね、会長は親族ですから、誘惑なんてしませんよね」
これは牽制……!? まさか彼女、最初から私の目的を見抜いて……いや、それは無い。無い筈だ。そうであればあの涙が説明出来ない。となれば全て天然で……それはそれで恐ろしいけれど。
そもそも元々鋼に対して明確な恋心を抱いていた様子では無かった。だとすれば、これは下手をすれば、出る杭を打つつもりが、槌にトリモチが付いていて逆に出してしまった的な!?
だって、でなければ誘惑なんて言葉は出てこない。誘惑なんてしようと思わない。
それに、先ほどの桐生さんが浮かべたあの表情は完全に、漫画などでも象徴的に描かれる、恋する乙女のそれで……
(迂闊だった……桐生鏡花、恐るべし相手ですね……)
ただでさえもう一人、鋼が無条件で気に掛けるあの兄妹もいるというのに……私は眠れる獅子を叩き起こしてしまった自分の読みの浅さを恥じた。
とにかく、作戦を練らなければ。鋼のことを一番知るのは私だが、鋼も私を一番警戒している……というか、桐生さんのことは殆ど警戒していない筈だ。彼は結構バカだから、桐生さんが自分のことを男性として意識しているなんて思ってもいないだろう。
迂闊に動いて桐生さんを刺激しないようにすべきか、先手必勝のスピード勝負に持っていくか、ああっ! いっそのこと拉致監禁でもして既成事実でも作ってしまおうか。
「絶対に負けません……」
「何か言いましたか、会長」
「いえ」
まだ彼女が隣にいた。
私は作り慣れた笑顔を返しながら、背中を汗で濡らすのだった。




