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第40話 ヒーローの準備を待ってくれる悪役さんって実は根はいい人なんじゃないかなって

 変態おじさんの誘導でやってきたこの工事現場は大規模なマンションが建つ予定地だという。郊外とは呼べずとも中は広く、陽が落ちてからは作業員も出払うため人気がなく、暴れるには絶好の場所だ。

 そこに対峙する俺と変態おじさん。油断は出来ない、こいつは魔法が使える異世界の住人だ。まさかこの世界に来て、かつてと同じような戦いの緊張感を覚えることになるとは……


「やいやいやい、この悪党め! 観念したまえ!」


 なる……筈だったんだけどなぁ。


「ほら、先輩も!」

「お前なんでそんなに元気なんだよ! さっきまでへばってたじゃねーか!」

「2分も休めば平気へっちゃらです!」

「運動量と休息時間がマッチしてねぇ!」


 こいつの存在でシリアスな雰囲気が見事にブレイクされていた。

 彼女は香月怜南。俺にとっては……ほぼ他人である。


「ていうかなんでお前はそんなにいきなり好戦的なんだよ!?」

「同じ部員を助けるのが同じ800メートルランナーの務めですから!」

「部活入らされるどころか競技まで決められてる!?」

「勿論兼任も可ですよ。ああ、でも跳ぶ系はハードル走まででお願いします。高跳びとかは私苦手なので」

「お前に合わせる前提かよ!」

「クヌギコウ、その子は何だ?」


 ほら! 変な話してるからとうとう変態おじさんにも聞かれちゃったよ!?


 やつは俺にとっては怨敵だが、想定外といいたいように不審そうに香月を見ている姿はそれはそれで緊張を削いでくれる。正直それでもぶん殴りたい気持ちが勝っているが、こういう時に先手必勝すると油断大敵な展開が待っているものだ。

 今は先に香月を落ち着かせよう。やる気満々なのはいいことだが相手はこの世界の尺度に合わせられない相手だ。最悪香月を守りながらになってしまう。……いや、彼女は女子高生とは思えない脚力の持ち主、ここで意気投合してダブルバトル(2対1)に持ち込んだ方が……


「いいか、香月。簡単に状況を説明する」

「がってんです」

「キャラ変になってるから……まぁいいや。あいつは変態おじさんだ」

「変態?」


 首を傾げる香月。いや、確かに今はスーツを着ているけれど。ただの汗だくの中年だけれども!


「あいつの戦闘スタイルは全裸だ」

「……あれは状況が特殊だっただけだ」

「一度は警察に逮捕されて社会的に抹殺された筈なのにどういうわけか蘇ってきやがった……」

「向こうの方、何か言ってますよ」

「あの! ちょっとこっち話してるんで黙っていてもらってもいいですかねぇ! あと全裸で昼間っから町中を走り回る特殊な状況なんてねぇ!!」


 どういうわけか変態おじさんも会話に参加して来ようとするのでつい怒鳴ってしまった。優先順位を考えてくれよ。悪役だってヒーローの変身を待つものだろうが。

 が、おじさんも待っていてくれるようだ。いいぞ、ステンバーイステンバーイ。


「しかもあろうことか、あいつは俺の……俺の唇を強制的に奪いやがったんだ!!!」

「うわぁ……」


 ドン引きする香月。いや、これ明らかに俺にドン引きしてるよね。


「べ、別に私は人の趣味をとやかく言うつもりはありませんが……」

「それ俺に言ってるよね!? 違うから! 向こうが勝手にやってきただけだから! そうだよね!?」


 無言で突っ立ってる変態おじさんに叫ぶと、コクコクと首を縦に振った。


「ほらー!」

「うーん……」

「何か文句でも?」

「いやぁ、そのおじさんですが、頷いているようには見えないんですよね。どっちかといえば眠くて船漕いでるように見えるというか」

「寝るなあああああああああああああ!」


 椚木鋼、心の叫び。

 二人して俺を振り回すな!!


――ボトッ。


 ……ボトッ? なんだ今の音。

 

 魂の叫びが通じたのか、変態おじさんの首の動きが止まっていた。


 地面に転がってはいるけれども。 首だけ、地面に落ちているけれども。


「……」

「……」

「……」

「……あの、A先輩」

「やめろ」

「あれ、首、落ちてますよね」

「黙れって」

「いやあれ落ちてますよ。確実にもげてますよ。自分叫んでいいっすか。結構限界なんで叫び散らしてもいいっすか」

「お、奇遇だな。俺も叫びたい気分なんだ」

「じゃあせーのでいきますか。せーの」


「なんでえええええええええええええええええええ!?」

「きゃああああああああああああああああああああ!!」


 俺たちは叫んだ。多分抱いている感情は違うけれど堰を切ったかのようにただ叫んだ。目の前で突然起きた超常現象にただただ叫ぶしか手段が無かったのだ。

 変態おじさん死す。今度こそ死す。今度は勝手に死す……でも、なんで?


「うるさい」

「……へ?」


 が、そんな俺たちを諫めるように怜悧な声が放たれた。


「香月、今何か言ったか?」

「許してください……ああ神様、なんで私がこんな目に……こんなところで前科持ちになるなんてこれからどうやって生きていけば……」

「ああ、こいつじゃないな。こいつじゃない」


 焦点の合わない目を虚空に向けて何かブツブツ呟き続けている香月。発信源が彼女でないことは明らかだった。

 だとすれば声の主は……


 視線は自然と変態おじさんの生首に向かった。


「ん……?」


 よく見るとおじさんの生首がおかしい。

 ついさっき本物の生首(実際には生首ではなかったが)を見たからだろうか。なんか中身が何も詰まっていないみたいにぺちゃんこになっている。それこそまるで中身が無いみたいに……


「中身が無い?」

「何処を見ている」


 再び、先ほどとは違う怜悧な声が聞こえた。今度は叫びに重ねるような形ではないのでその発生源も明らかだった。


「お前……」


 そこにいたのは、変態おじさんだったものだった。

 体は変態おじさんだ。でっぷりと、スーツをその体の脂肪で膨らましたおじさんのままだ。しかし顔が先ほどとは違う。

 まるでモデルみたいに小さいイケメンの顔がそこにはあった。


「脱皮した……だと……!?」


 変態おじさん、まさか変身能力を持っていたのか!?


「馬鹿か。これは特殊メイクだ」

「特殊……メイク……?」


 それって大泥棒とか怪盗とかが使うアレか? 現実には絶対無さそうな「ベリベリベリ……ジャンジャジャーン!」みたいなアレ!?


「まるで映画みたいですね~」

「か、香月、お前いつの間に復活を」

「正直顔が落ちた段階で正気でした。そういう意味では死んでもいません。そもそも普通に考えて、いきなり首がもげるわけありませんし」


 ちょっと驚きましたけど、と涼しい顔をして言い放つ。ムカつく。

 しかし、こちらの世界の常識で考えれば香月が正しい。正しいとは分かっているのだけれど、この馬鹿になんか痛いものを見るような目を向けられるのはどうも納得がいかない。


「しかし、あの中年男性が実は美女だとは思いませんでした」

「え、美女? 美男子だろ?」

「いやいや、あれは女性ですよ。間違いありません。私の野生の勘がそう言っています」


 野生の勘ってお前どこ生まれだよ、と普段の俺なら思っていただろう。しかし、あの脚力と無尽蔵の体力を見せつけられた後ではこいつの野生はむしろ信用しか出来ないまである。ということは、


「マジ? お前、てことは俺あの美人とキスを……なんだかドキドキしてきた。何だろこの気持ち、うっそ、やっだ、お前うそマジ本当に?」


 なんか怒りがスーッと引いてきた。なんだよもう。魔力欠乏状態から、美女が口移しで助けてくれるって何その素敵展開!


「一つ言っておくが」


 俺たちの会話を聞いていたのだろう。少しイラついた様子で美女が口を開いた。身体は中年太りおじさんのままだからなんか気持ち悪いけれど。

 それにしても確かに中性的なハスキーボイスのため女性だと思ったらもうそうにしか聞こえてきませんね。


「お前の唇に触れたのはこの分厚いマスクの方だ」

「じゃあやっぱりおじさんの方じゃねーか! 期待させやがって!」

「まぁそういうこともありますよ」

「お前見てもねーくせに!」

「見てないからこういう反応なんですよ。むしろ、あのマスクの中年おじさんと先輩がキスをしているところを想像すると……オエッ」


 香月がとても高校1年生女子がしてはいけないような表情を浮かべる。

 気持ちは分かるけどさぁ……ん? 待てよ? そういえばあの地獄のキスシーンを見ていた奴らがいたよな……?


「ところで先輩。ケータイ震えてますよね。電話じゃないですか?」


 香月君、君はどうして人のポケットのスマホが震えていることに気が付くのかな? 俺が直視したくない現実をわざわざ突き付けてくるのかな?


「あのー、そこの方! 先輩なんか電話かかってきているみたいで、出てもいいでしょうか~」

「……少しだけだ」


 なんだコレ!? なんで容認してるんだよ美女の方! 少しイラついている感じだし……駄目なら駄目って言ってくれよ!


「さっさとしろ……」


 しかもなんでその上促してるんだよ!?


「あの、本当に出なきゃダメ?」

「あちらの人もいいと言っているんですから。ほら」

「わ、分かったよ……」


 ポケットからスマホを取り出し、画面を見る。表示されている名前は、もう見るまでも無かった。二つの内の一つだ。

 香月と、謎の美女から無言の圧力を受けながら、俺は嫌々電話を取った。


「もしもし……」


 背中を嫌な汗が伝っているのがはっきりと分かった。


 夜はまだ始まったばかりである。もうつづくな……

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