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第39話 変態おじさんを追って

 さっきから変態おじさんの動きがおかしい。魔力で追っているため視認したわけではないが、どうにも先ほどからぐるぐると町内をランダムに回っている。目的地がはっきりしない。


 それにしたって光と出会った時に比べて凄まじい速さだ。俺と同じく向こうも限られた魔力をやりくりしなければいけない関係でおそらく身体強化の類は使っていないと思うが、それでもこうして全速で追って追い付かないなんて。やはりあの時は別の目的が? それとも別人だったとか?


 ああくそ、いっそのこと身体強化を使って距離を詰めるべきだろうか? いや、向こうがまだ魔力回復薬を所持している可能性だってある。ここで魔力を失えば俺に為す術はない。俺を回復させたということは何か目的がある筈……それを確かめるまでは泳がせるのが得策か。出来れば素の体力だって出来るだけ消費したくない。

 結局、向こうとは距離を詰め切れず、泳がす形になっている。


「しかし、誰にも出くわさないな」


 随分と市街地を走っている筈だが人っ子一人出くわさない。人払いの魔法……いや、漫画では見たことがあるがあの世界にはそんなもの存在しなかった筈だ。流石に元々人通りの多い駅前みたいな場所は避けているようだから、あの変態おじさんが人通りを考慮して走っているのかもしれない。


「おや」

「しかし、目的は何処だ……?」

「おーい、先輩、おーい!」


 やはり目的は時間稼ぎか? このまま泳がせておくことは正しいのだろうか。手遅れになってしまう可能性だって……


「友人Aせんぱーい!」

「……ん? うわっ!?」

「こんばんは、先輩!」


 気が付くと、ジャージ姿の女子が俺に並走していた。ついさっきまで誰にも出くわさないって思考したばかりなんだけど。


 そしてそいつは俺がよく知る……わけではない、数度しか顔を合わせたことの無い相手、陸上部1年エースの香月怜南だった。


「おまっ!? どうしてこんなところに!」

「ロードワーク中です! 先輩もロードワークですか? 奇遇ですね、一緒しますね!」

「即決!? そこは一緒にどうですかとワンクッション挟むところだろっ」

「そうですか? まぁいいじゃないですか! しかし結構なペースですね~」


 汗は流しているものの涼しい顔をして並走してくる香月。何こいつ本当に化け物なの?

 今の速度は……正確には分からないけれど自転車くらいは出てるんじゃないか。もちろんもっと速く走れはするが……


「先輩速いですね。これは自分も高校に入って初めての敗北あるかもしれません」


 こいつ何なの? めっちゃ表情清々しいんだけど……


「こうなったら友人A先輩なんて呼ぶのは失礼かもしれませんね。どうです、先輩。陸上部入りませんか? なぁに先輩の足があれば大活躍間違いなしです!」

「お前めっちゃ喋るな!? 疲れないのかよ!」


 俺のツッコミに香月はドヤ顔を返してくる。


「これは加圧トレーニングです!」

「意味違うから! 多分!」


 実際の加圧トレーニングが何か分からないけれど……たぶん、地球の重力うん倍のところで修行するアレとかだと思う。軽い軽い、強い強いの。


「プラス、ハイキングとかで遠くの景色を見ていると足の疲れが気にならないという話を聞いたことはありませんか?」

「ああ、あるけれど」

「今も多分それと同じです」

「つらいなら無理して付いてくるなよ……」

「いえ、念願の敗北がそこにあると思うと、もっと自分を試してみたい気分なんです! それに限界に近づいていくと何だか体が死んでいく感じがするというか、それってなんだか生きているって感じがしません!?」


 何この変態!? よく一瞬でもラブコメヒロインなろうと思ったね!? そりゃあアスリートってMじゃないとやってらんないみたいな話聞くけどさぁ……


「ああ、ご心配なく。そろそろペースにも慣れてきましたので。もっと上げても大丈夫ですよ~」

「慣れるって何!? お前本当に化け物なんじゃねーの!?」

「殆ど息を乱していない先輩に言われたくないですね……ああ、自分もですが」

「そうだね! 君もだね!」


 俺には異世界での非日常的な経験で得たアドバンテージがある。体の動かし方も、戦いの中で最適解を探し、それなりに掴んでいる自負もある。そして、今では魔力の補充も出来、身体能力も上がっている。それなのに、


「お、ペース上げましたね。よーしっ! 燃えてきましたー!」


 こいつ本当に何なの!? 徐々にペース上げてもビクともしねぇよ! 後々のことを考慮している分全力じゃないにしろ、考慮したうえで全開フルスロットルの筈なんですけどね!?

 こと、走るという分野において言えば、今の俺とも互角なのか? 香月ちゃん、本当に人間?


「風が気持ちいい~」

「しかも余裕あるよコイツ。風を感じる余裕があるよ」

「ところで友人A先輩」

「……んだよ」

「そろそろ名前をお伺いしてもいいですか?」


 随分今更の話だった。


「友人A先輩でもいいんですけどね……ちょっと長くないですか?」

「そうだね、長いね。でもあれだぜ。名前教えても呼ぶ機会なんて来ないと思うぜ」

「そんな他人行儀な。これから陸上部で一緒に汗を流す仲じゃないですか~」

「入るって言ってねぇから! 言ったか俺!?」

「この走りはもう言っているようなものですよ」


 走っただけで部活を決められたらたまらない。

「お前身長高いからバレー部入れよ。入部届は書いといたから」とバレー部顧問に突然言われるくらいの理不尽だと思う……ってこれ前にもどこかで言った気がするわ。

 何、俺。理不尽多くない?


「しかし本当に惚れ惚れする走りですね。私もまだまだです」

「いや十分だよ。世界狙えるよ」


 おそらく蓮華よりも速いし、あいつに同世代で何かしら勝っている人見るの初めてかも……


「そういえばもうすぐテストじゃないですか」

「突然だなオイ」

「いやいや、テストは突然でも無いですよ。一か月くらい前から明らかになってますし」

「そういう意味じゃねぇよ! 話題が突然って意味だよ! それに期末テストはなんだったら年度始まった時から明らかだよ!」


 年間スケジュールとか見てないの? 俺は見てない。


「ほら、私勉強苦手じゃないですか」

「知らねぇよ!」


 嘘です、知ってます。香月はヒロイン候補だったから得手不得手くらいはそれなりに調べ上げたものだ。


「A先輩って勉強は得意ですか?」

「A先輩?」

「友人A先輩って綾瀬先輩の友人って意味ですよね」

「うん、そうだね」


 そうだよ、もう無理しか無いけれど俺は快人の物語の親友モブでして……いやいや、たとえ古藤ルートに決まったとしても親友の出番はある筈だ!


「でも先輩は先輩ですから。友人という肩書は取ってあげます」

「……偉そうだな」

「先輩照れてます? 照れてますよね!」

「照れてねーよ!」


 照れる要素無かったろ!


「なーんだ。照れてたら陸上部への入部間違い無しだったんですけどね~」

「いや、どこをどうすればそうなるのかさっぱり分からない」

「で、話は戻りますが、A先輩って勉強は出来るんですか?」

「普通じゃねえの」

「凄いですね!」

「お前絶対馬鹿にしてるよね!?」

「いやぁ、私なんていつもギリギリで。入学だってスポーツ推薦じゃないですか~」

「ほらって知らねぇよ!(本当は知ってます)」


 なんかもうこいつの会話ペースにも慣れて来た。

 足はものすごい速さで回しながら照れたように頭を掻く仕草をやってのける香月。


「じゃあ勉強会は土日でいいですか?」

「ちょっと待って飛躍し過ぎ!」


 慣れたと思ったらこれだよ!


「え、先輩に勉強教えてもらおうと思ったんですけど、いいですよね?」

「そこは普通先に予定を聞くの! それと、いいですよね? じゃなくて、いいですか? なの!」

「あ、そうですよね。つい気がはやり。走っているからでしょうか? いいえ、誰でも」

「お前だけだよ!」


 何度も思うことだが、香月と会ったのは数度。これ程長い時間話したのはこれが初めてだ。

 それでも俺の知っている香月怜南はもっと理性的というか、礼儀も正しいし素直というか健気な雰囲気を感じさせたものだ。今は口調が敬語なだけで他は一切見られない。


 だが、この際そんな些細なこと、今は忘れよう。しかし、この次香月がどう発言するか、これがわから……


「ん?」


 変態おじさんの動きが緩くなった? ようやく目的地に近づいたのか?

 すぐに追いついてとっちめたい気持ちもあったが、このまま香月に付いてこさせるのは……よし、ここはまだ市街地だし迷うことも無いだろう。いい感じに帰らせるか。

 そうと決めればどう帰らせるかだ。


「香月、勉強会なら快人が土曜日に行うらしいぞ。学校どころか全国的にもトップクラスの天才である生徒会長も付いてくる」

「おお、それは魅力的ですね! 勉強会にはA先輩もいらっしゃるので?」

「俺は行かない」

「だったら意味無いじゃないですか!」


 学力的には生徒会長一人で問題無いだろ!


「第一目的はA先輩の陸上部勧誘ですから」

「お前の中で俺は陸上部に入っているのか入っていないのかはっきりしてほしい」

「問題ありません。今はどうであれ必ず陸上部に入ることになりますから」

「そういう不穏な決意表明いらないから……」

「具体的には地獄の夏合宿までには!」


 それ聞いて、よしじゃあ入ろうってなる人いる?


「地獄って、お前まだ参加したこと無いだろ」

「ライバルがいない合宿程つまらないものもありませんよ。いくらカリキュラムが厳しそうに見えても、多分今の方がきついですし」


 きつい、その言葉が聞けて安心した。香月も人間だったんだなぁって。


「きついなら、もう夕暮れだし、そろそろ帰った方がいいんじゃないか」

「そう、ですね。たしかに結構しんどいですけど、でもまだ大丈夫ですよ!」

「いや陽ももうすぐ落ちそうだし危ないだろ」

「大丈夫です!」


 おいこいつマジで話聞かねえよ。帰れって言って帰るどころか、梃子でも動かない(走っているものの)決意みたいなものも見せ始めた。


「しかも、反応止まってるし……」


 どうやらそんな悠長な会話をしている内に先方は目的地に着いてしまったようだ。ここから1キロほど、確かマンションが建つ予定の工事現場がある方か。おあつらえ向きだが……脇に目を向けると香月が笑顔でこちらを見てきた。


「先輩、もう限界ですか?」


 止まるどころか挑発までしてくる。この陸上馬鹿……


「悪いけど、ロードワークはここまでだ」


 仕方がないので無理やり千切ることにした。置いて行かれれば勝手に帰るだろう。

 加速……ケイデンス30回転上げるんだよぉ!


「わ、ちょ、先輩!」


 後方から香月の声が聞こえ、遠のいていく。悪いがここから先はシリアスタイムだ。

 だが、香月と話すことで少し冷静になれたぜ。その点、嬉しい誤算だったかもな。ありがとう、香月、お前のことは忘れない。だから安らかに眠れ。










 予想通り、工事現場に変態おじさんはいた。こちらに背中を向けているが、俺の接近を向こうも感じていたのだろう。ゆっくりとこちらを振り向く。


「よく来たな、クヌギコウ……ん?」

「もう、先輩、いきなり飛ばし過ぎです……はぁ、はぁ……ちょっと限界……ああでも生きてるって感じ……私、今生きてる……生きてますよね、先輩……」

「なんか、すみません」


 振り切れなかった。香月は俺の肩に手を付いてもたれながら、それでもしっかり付いてきてしまっていた。


 変態おじさんは殺意の対象ではあるが、なんだか申し訳ない気分になる。

 本当にごめんなさい。

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