第38話 復活の代償
苦手な人は苦手そうな描写がありますが、虫に刺されたと思ってスルーしてください。
どれくらい時間が経っただろう……と錯覚するくらい緊張感に包まれた数秒を経て、奴は口を開いた。
「どうして私がここにいるか不思議かい」
「……ああ、お前は俺が……社会的に殺した筈だ」
その言葉に奴、かつて露出狂として光を襲った変態おじさん(年齢不詳・正式名称も不詳)は親し気な笑みを浮かべた。
断じて親しくされる覚えは無い。
今は裸ではなくサラリーマンのようにスーツを着ているというのが唯一の救いか。
それに発狂している姿しか見ていなかったが喋り方も理知的だ。どこか舞台の上の役者のような白々しさも思わせる。
「鋼、その人は誰?」
俺の警戒を察してか、それとも自分が把握していない交友相手(断じて親しくないが)だからか、警戒するような鋭い声を向けてくる蓮華。
「……」
そんな不穏な空気を察して、言葉を発さずとも身構える桐生の気配を背後に感じる。
そうだ……色々不気味な要素はあるが、そもそもこいつは元々露出狂。しかし服を着て露出狂から露出を取った状態であればただの人の筈だ。それなのになんだこの違和感は。
「命蓮寺蓮華さん、桐生鏡花さん」
「っ!?」
変態おじさんが二人の名前を呟いた。後ろの二人には聞こえていずとも俺だけには聞こえる声で。
何故、二人を知っている……?
「惜しい、実に惜しかった。しかしもう時間切れ、ですねぇ」
「時間切れ……なんのことだ」
「バインド」
は? そう言葉を発する前に、
「えっ!?」
「何、これ……」
蓮華と桐生が驚きの声を上げた。まさか……
首を捩じり、なんとか背後に目を向けると蓮華と桐生が見えない何かに縛られているかのように僅かに宙に浮いている。
「バインド……拘束魔法!? お前、あの世界の!?」
それは紛れもなく、魔法だった。
男はただ微笑み、ポケットから小瓶を取り出す。
かつて、エレナに飲ませて貰った魔力回復薬の入ったものと同じデザインの小瓶だ。
「この世界では自然に魔力の補充が出来ませんからね」
薬を一口喉に通し、まるで説明するかのように言う。
「魔力切れは、苦しいでしょう?」
「……すべて知ってるってか? お前、何者だ。ただの変態ってわけじゃなさそうだが……どうして光を襲った」
「フフフ……」
不穏な笑みを浮かべる男。
何だろう、今は変態ではないのに、露出狂ではないのに、あの時と同等かそれ以上の不気味さがある。
だが、今は実質蓮華と桐生を人質に取られたみたいなものだ。露出狂では無いが警戒しなければならない。
もしもこいつが二人を襲おうものならば、たとえ残りの寿命全てを削ってでも守る……その覚悟を固めながらも俺は男の一挙手一投足を見張っていた。
「そう警戒なさらないでください。お二人には邪魔をされたくないだけですから……コウさん、私が助けてあげましょう。その苦しみから」
男はそう言って、瓶の中身を全て……自らの口に含んだ。
「……え?」
思わず間抜けな声を漏らす俺。
沸き上がる嫌な予感。……いや、嫌な予感ってレベルじゃねぇぞ!?
変態おじさんは異世界の人間だった。魔法も使える。
おそらく魔力回復薬は本物だ。そして俺を助けるといった。その苦しみ、魔力欠乏によるこの体調不良からだろう。
これを解決するには魔力の補充が必須。だがこの世界では魔力を補充させることは出来ない。であるならば、あの魔力回復薬を飲むことが唯一の回復手段の筈だ。
それをこの男が全て飲んだ……いや、口に含んだってことは。
ぐっと、俺を抑える腕に力が込められた。
「ちょ、いや、待って、じゃない、やめて、やめ……やめろおおおおおおおおおおんぶぅっ!?」
有無を言わさず、いや俺は言っていたつもりだったんだ。必死に訴えようとした、それでも。
それでも変態おじさんはやっぱり変態だった。俺を逃がさまいと後頭部を掴み口から口へ無理やりに魔力回復薬を流し込んできた。つまり……そういう……こと……だ……
触覚は多分俺の生存本能が自動的にオフにしたのだろう、何も感じない……なにもかんじないよほんとうだ。
だが、何故か嗅覚は変な感覚を感じ取っていた。
何処か煙っぽい、お香の香り……?
「キャアアアアアアアアア!」
「こ、鋼君!?」
バインドで空中に縛り付けられた蓮華と桐生の悲鳴が聞こえ、正気に戻る。
「はな、れろ!」
変態おじさんの腹を勢い任せに蹴りつけた。ボゴッと音を立てて廊下の縁にめり込むおじさん。
その時のぶじゅっという音だけで吐けそうだった。
しかし、皮肉にも魔力は確かに回復できたらしく、体調は驚くほど改善されていた。むしろ好調とまでいえるほどだ。
「どうやら、戻ったみたいですね」
蹴りをものともせず変態おじさんがニコリと笑った。
だが、そんなことどうでもいい。
「コロす……」
ふつふつと、怒りが沸き上がってくる。助けてもらった? そんなこと頼んでいない。何が悲しくてこんなデブな露出狂おオッサンにマウストゥマウスで薬を飲まされなくちゃいけないんだ。
背後から浴びせられる美少女二人の視線が痛い。振り向けない……振り向きたくない……
ああ、こいつは随分久しぶりの感覚だ。
こうまで、これほどまでに誰かを殺したいと思うなんて。
「フフフ、いい表情ですよ……」
プッチーン……久しぶりに……キレちまったよ……
「ぶっ殺したらあああああああああああああ!!」
俺の怒号と同時に変態おじさんが駆け出す。
「鋼!」
「鋼君!」
蓮華と桐生の声、それを聞いただけで拘束魔法が切れたことが分かった。二人は取りあえず無事だろう、奴の狙いは俺だ。俺は無事じゃないが、俺の狙いも奴であることは間違いない。
だったら追いかけてやるさ。舐めた真似しやがって……生まれてきたことを後悔させてやる。
俺は二人の制止も聞かず「変態おじさん」を追って走り出した。
変態おじさんが言った通り、身体はすっかり軽くなっていた。当然魔力を補充したからだ。それも、かつてこの世界に戻ってきて蓮華に拾われた頃の魔力ゼロ状態よりも確実に魔力が体を満たしている。
勇者だった頃の身体感覚が蘇ってきている。この世界で過ごした1年少々付き合ってきた正常から、異世界の頃の異常に。
魔力を感じる。一つはあの変態おじさんのもの……そしてもう一つ、微弱なものが。いや、気のせいか? 久しぶりに魔力に触れるし、そもそも俺は魔力を感じとってサーチするなんてのは苦手なんだ。
だから、今は余計な情報は無視して、あいつを追うことに専念する。
当然殺意もあるしそれが感情の大半を占めるが、奴の行動の目的も聞き出さねばならない……処分はそれからだ。俺が耐えられればだが。




