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第37話 対峙する優等生

「脱ぎなさい!」

「やーめーれー!」


 しわが出来るからという理由の下、俺の服を剥ごうとする桐生に必死の抵抗をする。

 が、今の俺のコンディションではこの抵抗も虚しいものにしかならない。もう、ここまでか……!?


「そこまでですわ!」

「ッ!?」

「この声は……!?」


 俺と桐生の動きが同時に固まる。その凛と響いた声のした方向に顔を向ける俺たち。

 そこには……


「「な……」」

「これ以上は見過ごせませんわ……そう、嚶鳴高校生徒会長、命蓮寺蓮華として!」

「「生首ィィィィ!?」」 


 そこには命蓮寺蓮華がいた。いや、いたと言っていいのか!?

 そう、俺たちの咄嗟の叫びが示す通り、そこには床から生徒会長の首から上だけが生えていたのだ。生首みたいに。


「あんまりですわね。人を妖怪変化のように言うなんて」

「ちょ、ちょっと鋼君!? なんであなたの家に生徒会長の生霊がいるのよ!?」

「く、苦しい、締まっ、てる……」


 ああいう化け物の類は駄目なのか、明らかに動揺した様子で俺の身体に隠れる桐生。その隠れ方が問題で、ベッドに転がっていた俺に奴は飛びつくように背後に回り、その動きで丁度腕にかかる高さに有ったのが俺の首だった。

 まさかこれも生霊の仕業……? 生徒会長の生霊がとうとう俺に対して明確な殺意を持ち、桐生の体を操作して絞殺させようと……


「桐生鏡花さん、一応彼は病人だと思うのですが」


 まさか生霊に心配されている!?


「いや、無理、私、ああいうの、本当に駄目なのっ!」


 だが、喋ることで桐生も余計怖がってしまう。当然腕の力も強まる。控え目に言ってそろそろ意識が……


「まったく、仕方ないですわね。よいしょっと」


 何とも気の抜けた声で生徒会長の生首がそう言った直後、首の周りの床がガチャッと音を立てて浮かび上がった。いや、持ち上がっている……!?

 な、なんということでしょう。床を持ち上げていたのは生徒会長の両腕。

 彼女はさも当然のように床板を脇に投げ捨て、流れるような動きで床下から這い上がってきた。ちゃんと腕があり、足もある。わがままボディも健在だ。

 つまり、パーフェクト状態の生徒会長・命蓮寺蓮華がそこにいた。


「え……化け物、じゃない……?」

「ああ、挨拶がまだでしたわね。ごきげんよう、桐生鏡花さん。お邪魔しますわ、椚木鋼君」


 ニッコリと芸術品のように完成された笑顔を浮かべる彼女に、桐生も正気に戻ったのか腕から力を抜く。助かった。まさか彼女に助けられるとは……じゃなくて!


「おま、なんでここに!? っていうか床!」


 慌てて床に出来た穴を覗き込むと、まるでこうやって床を突き破ることを想定したように下階から階段が伸びていた。


「どういうことだ、これ……」

「あら、先輩に向かってその口の利き方……つまりそういうことですの? そういうことでいいんですよね?」

「いや、蓮華、お前まさか……」

「もう仕方ないですね、鋼は。桐生さんの前だというのにそんな親し気に話して。つまりここにいるのはただの蓮華と鋼ということですよね。見せつけちゃっていいってことですよね」


 親しいなんて空気は俺たちの間には存在していなかった筈だし、言ってることも無茶苦茶……ああっ! でも今の俺にとってはそれよりもこの床下の方が問題だ!


「お前、俺のこと見張ってたな!? 丁寧に下の階まで使って!」

「当然です。鋼は私のはとこ……大事な家族ですから」


 まるで誰かに聞かせるように少し張った声を出す蓮華。誰かに……? あっ。


「はとこ? 椚木君と生徒会長が……?」

「き、桐生……そりゃ、聞いてるに決まってるよな……」

「そうなんです。私と鋼は親戚同士……つまり切っても切れない堅い絆で結ばれた関係なのです!」

「お、おい蓮華。お前一体どういうつもりで……」

「分かりやすく言えば、ブラコン、シスコンと呼ぶような関係です」

「そういう関係じゃねえ! そもそも姉弟でもねえ!」


 思いきり捏造しやがった! こいつ、桐生とは関わるな宣言の通り、俺を桐生から切り離そうとしてやがる……俺を変態扱いして!


「ブラコン、シスコン……そうは見えませんが……」

「それは貴方の目が節穴だからです」

「節穴……?」

「ちょ、喧嘩すんな! 人の家だぞ!?」


 何故かバチバチと火花をぶつけあう二人に戦々恐々とする。この家大暴れできるような広さじゃないからね!?


「そもそも、いくら親戚同士でも無断で家に上がり込むのはおかしいと思いますが……」

「いいえ、おかしいことではありません」

「それにこの階段……もしかして、生徒会長ってスト」

「それ以上先を言うということは覚悟が出来ている……でいいですね?」


 すっと、目を細め冷たく睨む蓮華。桐生も一筋の汗を垂らし僅かに後ずさる。何この感じ!?


「とにかく、鋼のことは私が面倒を見ます。桐生さん、そろそろ帰らないと親御さんが心配するのでは? ああ、私のことは心配なく。なんたって私と鋼は家族ですから。ここも家みたいなものです」

「まだ4時ですし親も仕事から帰ってきていません。それにちゃんと最後まで面倒見るつもりですから」


 そもそもなんで桐生さん張り合ってるの? 譲っちゃえよ! 桐生も十分凄いやつだとは思うけど、相手は神童と神童でオーバーレイして更に3回ほどランクアップしたくらいの化け物なんだぞ!? 今の感じだとただの残念な奴っぽいけど!


「な……最後まで……? それほどの覚悟が……!? ふ、ふふ、舐めていたみたいですね、貴方のことを」


 だが、何故か蓮華が押されていた。蓮華は頬を伝う汗を指で拭った。なんだか男らしい。


「流石は噂の桐生鏡花さんですね」

「生徒会長ほどではありません」

「ただ、負けるつもりはないですよ」

「こちらだって」


 互いに睨み合い、そしてどちらからともなく笑みを浮かべる二人。いやごめん。本当に付いていけてない。


 もはや俺は空気になりつつあった。いや、空気でいい。巻き込まれたらたまらない。

 俺はこの場にいるのは危険と考え、室外に逃げ出すために、動くのもしんどい体に鞭を打って這いつくばって入口のドアに向かう。

 そんな時、


――ピンポーン


 と、何とも呑気な音が鳴った。インターフォンだ。

 これは……ま、まさか!? 真剣な空気に水を差す来客っ!? こんなベタな展開が現実に起きるなんて!


「「……」」


 ほら、おかげさまで桐生も蓮華もなんだか居心地の悪い感じになってる。桐生はハイになりかけていたところから冷静に戻って気恥ずかしくなった感じ、蓮華は水を差されて少しイラついた感じと違いは見られるけれど。

 だが、助け舟であることに変わりは無い!


「だ、ダレダロー」


 ドアに近づいていた俺は当然この好機を逃すつもりは無く、自らドアを開いた。

 願わくば、これ以上の火種にならないいい感じの来客であることを……宅配便でも可!


「はーい……って、え?」


 間抜けな声が俺の口から出た。

 呆然と、そこに立っていた来客者を見て固まる。



 ありえない。

 どうして……どうしてこの男がここに。こいつは……こいつはもう……死んだはずだ!


「久しぶりだね、クヌギコウくん」

「な……どうして、俺の、名前を」


 俺は、こいつに名乗った覚えは無い。まさか元々知り合いだった? いや、記憶が無い分否定は出来ないが、あり得ないと思いたい。


 だって、こいつは……!


 恐怖からか、それとも動揺からか、膝が震え、そのまま崩れそうになる……が、男はそんな俺の腰に手を添えることで、倒れないように支えた。男との距離が縮まり、俺はそこでこの男があの時とはある点で異なることに気が付いた。


「お前、その恰好……」


 背中に汗が伝う。それは俺にとって良い事である筈なのに、どうしてか体が震える。

 体調不良から? いや、そんなものじゃない。なんなんだ、このプレッシャーは!?


 不穏な空気を察したらしい桐生と蓮華からの警戒するような視線を背中に感じたが、とても振り返る余裕は無かった。


 思えば、こうして真っ正面からこの男に対峙したことが俺には無かった。


 だから対峙して分かった。分かってしまった。

 こいつは普通じゃない。



 気を抜けば……殺られる。

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