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第36話 お家に帰るのも一大事

 息が苦しい。身体が思うように動かない。それどころか、全身がどうしようもない震えに襲われる。心臓がバクバクとうるさい。脳みそが沸騰しそうだ。


「コウ!」

「エレナ、俺は一体」

「これは……コウさん、魔力が切れているのに無理に魔法を使いましたね」


 少し怒ったような表情を浮かべるエレナ。


「これを飲んでください」


 エレナに差し出された瓶に入った飲み薬を喉に通す。先ほどまでの症状はそれだけで随分と和らいだ。


「もう少し、自分を大事にしてください……」

「そうだな、俺が死んだら困るもんな」

「困ります……けどそれはコウが勇者だからじゃなくて、その、仲間だからです」

「仲間……」


 エレナは俺に身を寄せながら微笑む。


「魔力切れは本当に危ないんです。人にとって本来魔法は諸刃の剣なんですよ。魔力無しに魔法を使うには代わりに命を削ることになってしまう……よくて寿命を縮める、最悪死んでしまうんです」

「そうだったのか……」

「コウ……コウの剣技は魔力を乗せた戦技と呼ばれるものです。それを無際限に使ってしまえば」

「もう分かったよ」


 俺は身を起こし、エレナを離す。


「でも必要だった。やけに固い敵でな。限界を超えなきゃ倒せなかった。まあ限界を超えた気がしたのは気のせいだったみたいだったが」

「コウ!」


 思わず笑う俺を窘めるようにエレナが怒る。


「心配しなくても死なないさ。こんなところで死ねるか。敵が強くなってきている。魔王が、本当に蘇ったんだ。だから、死なない。魔王を倒すまで、俺は絶対に……」



――――――



――――



――


「……と」


 ん……? 声……


「……きなさい」


 ……きなさい? 何処に……


「起きなさい!」

「うわっ!?」


 その声に頭が覚醒する。思わず頭を上げると既に夕焼けに染まる教室が視界に入った。生徒はもういない。

 俺の机の脇に立つ彼女以外は。


「やっと起きたわね……」

「桐生……?」


 そこにいたのは桐生だった。彼女は心配そうに俺の顔を覗き込んでくる。

 どうやら俺はいつからか眠っていたようだ。先ほどのは夢か……既にどんな夢を見たか忘れてきているが。


「随分とうなされていたから起こしたけれど……椚木君、あなた本当に大丈夫?」

「ああ、問題無い……っと」


 机に手を付き、無理やり立ち上がろうとするが、がくっと膝から力が抜けて床に倒れそうになった。何とか空いた手を床に付いて転倒は免れたが、もう立つのにも気を抜けないみたいだ。

 どうやら体調は維持されているわけでなく、どんどん悪化しているらしい。


「椚木君!?」


 当然、そんな姿を見せれば桐生だって驚くだろう。が、心配させまいと先ほどから浮かんでいた疑問を投げつけた。


「桐生、お前、どうして残ってたんだ?」

「あなたが起きないからよ……古藤さんも綾瀬君も残ってくれていたけれど、流石にいつまでも待たせるのは悪いし、先に帰ってもらったわ」


 桐生の視線が隣の机に向く。追うと、そこには教科書やノートが広がっていた。


「勉強がてら待ってくれていたってわけか。悪かったな」

「いいわよ。別に好きでしたことだし……でも、今日ずっと体調悪そうとは思っていたけれど、立つのも大変なんて……保健室に行く?」

「いや、ちょっと気を抜いただけだ。一度寝たら起きれなそうだし、今日は帰るよ……」

「そう。良かったわ。ちょっと待ってて」


 桐生はそう言うとすぐに鞄に机の上のものをしまうと俺を肩で支えてきた。


「お、おい」

「立つわよ」


 そのまま、俺は桐生に支えられる形で立ち上がった。ありがたいが、困惑も大きい。


「先生にタクシーを呼んでもらっているの。テスト前で先生方も手を離せないみたいだから私が送るわ」

「いやっ、そこまで世話になるわけには」

「そんな顔色して言われても説得力無いわよ。ああ、安心して。これは貸しだから」


 何に安心しろというのか……ただ、楽なのは間違いない。桐生は実際夕暮れ時まで残ってくれていたわけで、それを無下にするのも気が引ける。


「……悪い」

「言ったでしょ、貸しだって。必ず返してもらうから今の内に甘えておきなさい?」

「それは返済しきれるか不安だから遠慮したいなぁ……」


 桐生が微笑んでいるのは余裕ぶっている俺がおかしいからだろうか。実際、先ほどから汗も溢れ出てくるし、呼吸も荒い。傍目から見たら興奮しているみたいかもしれないくらいだ。

 正直、美少女と密着しているとかそんなことを感じる余裕なんて無いが。


 殆ど桐生に連れて行ってもらう形で何とか校門へ出る。既に外にはタクシーが着いていた。


「それじゃあ、桐生」

「まだ終わってないわよ」


 桐生は俺をタクシーの後部座席に押し込み、次いで自らも乗り込んできた。


「え」

「住所」

「え、あ、はい」


 桐生に促されるがまま、運転手さんに自宅の住所を伝えると、ナビに入力することもなく車が走り出す。流石地元タクシー。俺みたいなのが住んでいる普通のアパートの住所も空で行けるようだ。


 ただ、そんなことよりも桐生だ。こいつ、俺の家まで来るつもりなのか?

 そんな俺の心中を察したように、桐生は俺に対して気遣うように微笑んだ。


「流石に放ってはいけないでしょう? お金も払わないといけないし」

「それも貸しか」

「そうよ。ちゃんと耳そろえて返してもらうから」

「本当に、迷惑かけてごめん。ありがとう」

「あら、現金ね」


 金の問題が発生したからお礼を言ったなんていう、みみっちいやつだと思われただろうか。謝罪もお礼も彼女の時間をここまで拘束し、気を遣わせたことに対してという意味合いが強いのだが……当然お金についても助かっているけれども。


「お金は大門先生のポケットマネーから出ているから気にしないで」

「え、ババアが?」

「口悪いわね……先生も仕事が手を離せないみたいだったけれど、心配していたわよ?」


 そうか……大門先生も先生らしいところがあるんだなぁ。……ってよくよく考えなくてもあの人はちゃんと先生だわ。俺みたいなサボり魔(ここ最近)にも気を遣ってくれているし。


「ちゃんと部屋は綺麗にしてる?」

「かーちゃんか、お前は」

「気持ち悪いものとか置いていないでしょうね?」

「置いてねぇよ」


 これは自信をもって言える。だが、思えば人を家に入れるのは初めてかもしれない。公輝さんとだって会うのは外でだった。

 桐生の家に初めて行ったのも俺だったし、俺の家に始めて来るのも桐生……初めて同士だねっ! なーんて。


「ここで大丈夫ですか?」

「椚木くん」

「あ、大丈夫です」


 くだらないことを考えている内に自宅のあるアパートに着いていた。そりゃあ、普段は歩いている距離だからすぐか。

 料金を払った桐生に続きタクシーを降りる。再び肩を借りなければいけないのが情けない。


「俺んち、2階だから」

「分かった」


 こんなんなら1階に住んでおけば良かった。

 桐生に手間を掛けさせ2階に上がる。もう俺の指示を待たずに俺の鞄から鍵を漁った桐生は流れるように鍵を開けた。


「……手慣れてるな」

「私、鍵っ子だから」


 それ関係なくない?


「お邪魔します」


 申し訳程度の挨拶を吐き、部屋に上がる桐生。中に家主はいませんよ……


「立てる?」

「……はい」


 ドアを足で開いたまま止めて、桐生が聞いてきた。通路に座り込んでいた俺は彼女の差し出した手を掴んで立ち上がる。


「なんかもう当然みたいだけど、上がるんだな」

「ええ。最初は送って終わりだと思っていたけれど、思ったよりも具合悪そうだから、看病くらいはね」

「悪いが持て成す準備なんて無いぞ」

「病人に持て成してもらうつもりなんて無いけれど……そうみたいね」


 桐生もさぞ驚いたことだろう。この殺風景な部屋を見れば。必要最低限の家具が置いてあるだけだから。


「趣味とか無いの?」

「無い」


 桐生の質問に短く答え、ベッドにダイブする。ああ、汗で気持ちが悪いが今ならすぐにでも意識を飛ばせそうだ。


「服、脱ぎなさい」

「えっ」

「汗かいたまま寝たら悪化するでしょう? それに制服もシワになるわ」

「え、いや、その」

「ホラ、脱がしてあげるから」


 病気がちの弟を看病していた頃の記憶が蘇ったのか、何処か火のついたような桐生はまるで聞き分けの悪い弟を諭すように俺の制服(上着)を脱がそうと手を掛けた。


「ちょ、自分で脱げるから!」

「今寝ようとしたでしょう? いいから任せなさい」


 任せるって何をですか桐生さん!? 誰かー! 助けてー!

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