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第35話 これにて一件落着というセリフは大体一件落着していないフラグ

 翌朝、目を覚まして最初に感じたのはやけに酸っぱい臭いだった。


 嘔吐によるものではなく、単純に寝汗によるもののようで、布団と着たままだった服がぐしゃぐしゃになっている。その着心地の悪さが気にならなかった……いや、気になるんだけど、気にする優先度が落ちているのは、昨日から悪寒や頭痛といった魔力切れの影響が引いていなかったからだ。


 やはりというべきか、俺の体は昨日の寝る前のままの不調を訴えてきている。


「はぁ……」


 思わずため息が漏れた。当然予想は付いていたし、備えもある。胃の中を全てぶちまけた今となっては吐き出すものも無く、症状だけなら後は慣れるだけ。

 体は重いが、平静を装うことは出来る筈だ。


「取りあえずシャワー浴びよ……」


 昨日眠った時間が早かったからか時間は随分と余裕がある。俺はゆっくりシャワーで汗を流し、のんびりと支度し、10秒飯を3分ほどかけて何とか流し込んでから家を出た。時間的にはもう登校時間だった。


 日光が痛い。吸血鬼かな?


 生憎、知り合いに会うことは無かったが、歩くのもゆっくりだったために教室に着く頃にはホームルーム間近となっていた。

 教室には既に殆どの生徒が、快人や桐生、古藤がいる。古藤は別のクラスですけどね……


「おはよ……って、大丈夫か?」

「へ、何が」

「いや、顔真っ白だぞ?」


 あっさりと見破られ困惑する俺に快人だけでなく桐生や古藤も心配そうな視線を向けてきた。


「別に、今日ちょっとファンデ濃く塗りすぎただけだし……」

「いや、塗ってないだろ」

「塗っとるわい! 化粧も男の嗜みでい!」


 あー、叫ぶと頭痛が痛む。


「……」

「な、なんすか桐生さん。じっとこちらを見て」


 無言のまま迫ってきて、顔を近づけてくる桐生。おまけに剣呑な雰囲気に不機嫌そうな視線をぶつけられたとなれば俺も身が竦ませるしかない。


「毛穴、隠せてないわよ」

「毛穴?」


 何言ってんだこいつ。と思って視線を返すと呆れるようにため息を吐かれた。ええっ?


「詰めが甘いね、椚木っち。でも、本当に大丈夫? 折角光ちゃんも登校出来たっていうのに」

「そうなのか?」

「うん。昨日までが嘘みたいにケロっとしてたよ」

「へぇ」


 光は登校出来たらしい。不登校を脱却……取りあえず一安心か。後は周囲が上手いことフォローしてくれることに期待しよう。

 となれば、次は……


「……何?」

「いや」


 桐生から怪訝な視線を返され、思わず逸らした。



 昼休み、不調を訴える体で訪れたのは1年、光のいる教室だった。


「やっぱり、ちゃんと登校しているな……」


 後方のドアから教室を覗き込むと光が好木と談笑しながら弁当をつついていた。その表情に曇りは無い。


 古藤を疑っていたわけでは無いが、実際に教室にいる姿を見ると何だか新鮮な気分だ。

 ……そういえば、光が制服を着ている姿を見るのは初対面の、アヤセンひかりwithO事件以来かもしれない。そういう意味でも新鮮だ。


 だが、これでようやく元通りというもの。この1,2週間がおかしかっただけだ。一件落着だ。


 ふと、視界に三倉ちゃんが映った。浮いているということはなく、友達と弁当を食べていたが、その表情は少し暗い。光に対する罪悪感……ではなく、村田君に拒絶されたことを引き摺っているのだろうか。まぁ、どうでもいいですね。


 見たいものは見れた。教室を覗き込む上級生なんて目立ってしまうし、目的を達成した今、さっさと去るのが吉ってもんだ。


「椚木さん!」


 廊下を歩いていると後方から声を掛けられた。つっと背中を冷たい汗が伝う。


「どうしたですか、教室まで来て」

「よ、好木……」

「あれ? 顔色悪いですね?」


 追いかけてきたのは好木でした。どうやら教室を覗いていたのがバレていたらしい。目ざといやつ……


「お前、一人か?」

「失敬な。今日は光ちゃんが来てくれたので一人でないです!」

「そういう意味じゃないんだけど……」

「ああ、光ちゃんは教室です。ゆうはゲリを訴え離席した次第です」

「お前女としてプライドは無いの?」


 しかも食事中だったろ。


「光ちゃんが休みの間にこっそり友達を作っていたとなれば寂しがらせてしまうかもしれないですしね!」

「あ、そう……」


 が、こいつが馬鹿なおかげで光と対面せずに済んだ。俺に勘づいたのは……やはり馬鹿ゆえの直感だろう。流石馬鹿属性。


「ただ、残念でしたね椚木さん」

「何が」

「ぼっちの椚木さんは一緒にご飯を食べる相手を求めてゆうを訪ねたのでしょうが、残念ながらゆうは一緒に食べる親友がいるです。椚木さんは用済みです!」

「あ、そう」


 あーざんねんだわー。


「まぁでも? 椚木さんがどうしてもと言うのなら、友達でいてあげてもいいですけど?」

「あ、別にいいです」

「ええっ!?」

「頼み込んで友達にしてもらうなんて、そんなの友達とは言えないと思うし……」

「じょ、冗談です! 嫌ですねぇ、椚木さん。友達なんですから冗談くらい通じてくれないと!」

「そうか、冗談だったのか……気付かなかったってことは、俺は友達の資格無いのかもな……」

「何かネガティブじゃないですか!? 友達、友達ですよ!? ゆうと椚木さんは絶対何があっても親友です!」

「気とか使わなくていいから、マジで……」

「く、椚木さん……ふえ……」


 あわあわと顔を青くする……どころか涙目になるゆうた。

 うん、これくらいにしておくか。


「冗談だ」

「じょ……そうですよね! ゆうみたいな可愛い友達を椚木さんみたいなぼっちがそう簡単に手放す筈ないですもんね! ですです!」


 先ほどから一転してドヤ顔になるゆうた。情緒不安定だな。


「で、お前、そろそろ戻んなくていいの? あんまり席外していると心配するんじゃねーか」

「あ、かもです。でも椚木さん、大丈夫です? 先ほどから本当に体調悪そうです……」

「問題無い。生まれてこの方これが平均値だ」

「そうだったですか!」


 驚愕に目を見開くゆうた。いや、こんなしょうもないボケを真に受けられるとそれはそれで困……らないな、うん。


「ああ。だから気にするな」

「分かったです! 何かあったら言ってくださいですよ? 出来ることなら何でもするですから!」

「言葉だけ、有り難く受け取っておくよ」


 それでは、と駆け足で教室に戻っていく馬鹿を見送り、俺も教室に戻った。

 快人たちは昼食を済ませていたので、俺は孤独に60秒飯をチューチュー啜るのであった。

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