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第34話 疲れている時は下ネタばかり浮かぶ

『もしもし?』


 きわめて平静……というか気の抜けた声にこっそり胸を撫でおろした。


「今大丈夫か?」

『うん。丁度風呂から上がったところだから』

「なるほど」

『あ、少し待って。おーい、光! 風呂出たぞー!』


 電話の向こうで、快人がそう声を張り上げる。


『あれ、返事ないな』

「寝てるんじゃないの」

『そうかも……まぁいっか』

「放任主義か?」

『光も高校生だし自主性は尊重しないとね』


 落ち着いた様子の快人。どうやらこういったやりとりは今に始まったことでは無いらしい。

 ん? でも光、パジャマ姿だよな? これから風呂に入るのか?


「快人、お前妹より先に風呂入ってるのか?」


 とはいえ、光が既にパジャマ姿だということを俺が知っているのは変なので、そう遠回しに聞いてみた。


『いや、光は先に入ったよ。ただ、洗濯機回すからその関係で』

「ああ、なるほど」


 綾瀬家は風呂の水を洗濯機で利用しているようだ。エコだわ。

 通常ならここで「ちょっとお兄ちゃん、下着一緒に回さないでよねっ(ツンデレ)」などという微笑ましい場面が繰り広げられるのだろうなあ……などと考えていたところで、ひゅう、と一瞬強い風が頬を撫でた。


『ん? もしかして今外?』

「ああ、今中に入ったとこだ」


 そう言って室内に侵入後、窓を閉める。


「ん……」


 その時に少し揺らしたせいで背負っていた光が一瞬身じろいだ。が、ひとまず起きる気配は無さそうだ。

 俺は侵入した綾瀬光の私室を見ながら話を進めることにした。


「そうそう、快人に電話をしたのは他でもない」


 俺はそう言って息を溜め、ちょっとだけ吐き出す。


「テスト範囲を教えてください」

『なんで小声?』

「恥ずかしくて……」


 なーんて、テレビの向こうのみんなはもう分かってるよな!

 当然この電話は快人の気を逸らすためだ。小声なのは今現在いる光の部屋から声を漏らさないため。


 光の雰囲気から、俺と電話で話していることを快人に知られたくないと思っていることは感じとっていたし、外出も当然快人に勘づかれないようにしていたことは想像できていた。

 これ程上手くいくとは思ってもいなかったけど、ラッキーだったと思おう。


『テスト、再来週だぞ? 範囲把握してないの?』

「ほら、快人だって知ってんだろ。俺が行き遅れの扱きに遭ってるアンラッキーボーイだって」

『クラスの男子連中は羨ましがってるけどな。美人な先生を独占しやがってって』

「いや独占じゃないからね。しかも羨ましくないから。代われるなら代わってやりたいぜ」


 見る人が見れば羨ましい状況になるのかもしれないが、やられてる俺からしたら「お前身長高いからバレー部入れよ。入部届は書いといたから」とバレー部顧問に突然言われるくらいの理不尽だと思うゾ!


「とにかく、あれのおかげでテスト範囲全部把握してないんだよ。教えてくれ」

『そもそも鋼がサボるのがいけないんじゃ……はぁ、仕方ないな』


 快人がそう言って後、電話の向こうで少し歩く音がし、次いでガサゴソと何かを漁る音が続く。

 フフフ、快人がリビングに鞄を置いていることは把握済みよ……!

 俺は電話をしながらも綾瀬をベッドに寝かせる。これで一安心だ。


『そういえば』

「ん」

『今度の土曜日、蓮華さんが家来て勉強教えてくれるんだけど、鋼も来る?』

「いや、ちょっと予定あるから」

『そっか』


 あいつ何か企んでるのかなぁ、と思いながらも、僕は命蓮寺蓮華生徒会長様が嫌いなので辞退した。予定はない。

 第一テスト勉強とかやってられるかってんだ! 男は黙って一夜漬け!

 だがしかし、こう断っておきながら休み明けは快人が生徒会長と勉強会したことに嫉妬するんだぜ? 親友キャラってマジ理不尽だよねー


『じゃあ読み上げるぞ』

「おお」


 そう返事しながら、既に光をベッドに寝かせた俺は再び窓から失敬するフェイズに移っていた。快人の教えるテスト範囲は右から左に流れていくが、俺は既に補習が決まった身。気楽に行きましょうや。赤点さえ取らなきゃええのよ。


「よし、これで完璧だ。ありがとうな快人」

『……ちゃんと勉強しろよ』

「分かってるよお母さん」

『いやお母さんじゃないから』

「ごめん、おやすみママ」

『……おやすみ』

「おいっ、ちゃんとツッコめ! ……って、切れてる」


 快人の常識人系ツッコミ役主人公への道は遠いとしみじみ思いつつ、二階の屋根から飛び降りて帰路につく。


 ああ、もう夜風が気持ちいい、などと言える季節ももう過ぎてしまったなぁ。夏休みが目前に迫ったこの時期にはもう夜風さえ生ぬるい……はずなのだが。


 さっきからどうにも肌寒い。そのくせ汗は噴出してきやがる。光の記憶を消した時に込み上げてきた吐き気がこれでもか、これでもかと込み上げてきて、


「ゲボシャアアアアアアアア!」


 ゲロがドビュッシーした。辺りに広がるシンフォニー……お茶の間の皆さんごめんなさい。

 電柱の陰に勢いよく嘔吐する俺……完全に酔っ払いのそれである。日中だったらご近所さんから未成年飲酒の疑いを掛けられていたかもしれない。


 嘔吐後特有(かは不明)の虚脱感に襲われ、壁に手を付いた。


 まぁ俺レベルのゲロハキストになればこの程度慣れたものだ。一人暮らしの固有スキルである「傷んだ食材で大当たり」がこれでもかというくらい発動してますからね。特にこの時期多いんだよ。すぐカビる。


 度々食あたりを起こしてはセバスさん(瀬場さん、命蓮寺家の女執事、「執事といったらセバスチャンだろ!」という蓮華の暴論により半強制的に日本中から集められた瀬場さんの中から執事として選ばれた不幸な人、男装の萌えキャラ、めちゃんこやさしい)を慌てさせていたりする。あの人、頼んでも無いのに定期的に俺の様子を見に来てくれるんだよなぁ。炊事洗濯掃除もやってくれて、ほんとやさしい。結婚して(既婚)。


 そんなわけで、「ちと1,2分貰えますかね、すぐ回復するんで……」と思っていた俺であるが、どうやらその考え方はとんだロマンチストのそれだったようだ。虚脱感が引く気配が無ぇ。


「はぁ……はぁ……」


 興奮からではなく、ただただ呼吸が苦しい。肺がいつものように機能していない感じだ。


 この感覚は覚えがある。魔力切れのさらに先、言うなれば魔力切れオーバーリミットってやつだ。分かりやすく言えば、MP0の状態でそれでもなお魔法を使った状態である。

 通常なら魔力切れで魔法を使おうとしても「MPがたりない!」とアナウンスされて終了だが、秘密の奥義を使えば無理やり使える。分かりやすく言えば、出し切ったと思ったところからのもうひと踏ん張りである。


 代償もそれと似たようなもので、出し切った筈のところから無理やり更にひり出すんだから身体には相応の負担がかかる。分かりやすく言えば、インフルエンザくらい。人にはうつらないから登校出来るよなオラァ!(何故か担任ヴォイスで再生)


 などと、頭ばかりが回ってしまう。身体が碌に動かないから空回ってるんだ。なんか下ネタ多めだし……


 魔力切れに陥った原因は当然、光の記憶を消すための忘却魔法を使ったからだ。こうなることはある種織り込み済みである。想定していたものより遥かにキツいけど。


 前提として、魔法の発動のためには空気中の魔力を体が吸い込んで、自分の魔力と組み合わせて魔法にするというプロセスを踏む必要がある。分かりやすく言えば、空気中の魔力が油で、自分の魔力は火みたいな関係で油に火を着火させるイメージだ。

 しかし、そもそもこの世界には空気中の魔力というのが存在しない。そして俺の魔力を燃やそうにもこの世界に戻ってくる際にすっからかんになっておりリソースはゼロ。そんな状態で魔法を無理くり使ったもんだから魔力に代わる生命力的な何かを失ったわけだ。分かりやすく言えば、寿命。


 流石の俺も、光の前では何とか抑えた吐き気も一人の今はとても堪えられず、分かりやすく言えば、アドレナリンが……って説明長すぎィ!


 つまり要約すると……光に魔法使ったら、魔力が残ってない俺、ゲロ吐いた。うん、これですっきり!


 というわけで一旦脳内はすっきりしたものの、当然体調の方はどこ吹く風で、俺は中身ボロボロの体を引き摺るように無理やり進んでなんとか自宅へ帰った。こればかりは寝て治ることを祈るしかない。

 今日は水曜日、今週は後二日耐えねば……安易に休んでセバスさんを心配させたら目も当てられない。


 そんなわけで今日は効くか分からないが風邪薬でも飲んで寝よう……と家に入った瞬間、もう駄目だった。意識が吹っ飛びそうになるのを堪えながら、ほぼ千鳥足で何とか万年床に向かい、そのまま倒れこむ。

 悪いのは体調だけじゃない。やはり光の記憶を奪ったことが精神的にも……などと勝手に回る頭で分析をしながら、俺は眠り……いや、意識を失った。

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