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【追想.6】魔王と勇者

 俺は魔法が苦手だ。

 一応ほんの少しなら使えるが、とても実用的ではない。

 ただほんの少しでも魔法が使えるだけで珍しく、俺もかつて知識を叩きこまれたのだろう、いくつかなら頭に浮かぶ魔法はある。


 そもそも、今の俺が生まれたのも、前の俺が忘却魔法によって自殺したからというのもある。そんな忘却魔法に関しては、どういうわけか、いやそういうわけだからか上手く扱えるようになっていた。だが、それも実用的かと言えば違う。記憶を消す機会なんてそうそうあるものではない。


 でもバルログは違う。

 彼は本物の天才だ。あらゆる分野の魔法を使いこなし、創り出す。


――僕は、魔法を使って皆の暮らしを豊かにするんだ


 そう、あいつはよく言っていた。

 それは目が不自由なレイの為でもあり、愛するライラの為でもあったのだろう。


 俺は、自分の力をそんな風に使えるバルログが羨ましかった。




「バル……ログ……これ……」

「僕がやった」


 感情の籠らない声でそう返すバルログに俺は背筋が凍りついたような錯覚を覚えた。


「こいつらは、村の人を、ライラを……こんなに……」


 目から涙を滲ませ、バルログは顔を歪める。


「ライラ……ライラがどうしてこんな目に……どうして……」

「……バルログ」

「なぁ、コウ。レイは?」

「っ……!」

「そうか、レイも……レイも、人間たちに」


 憎悪を滲ませたその声は、一瞬バルログが発したものだとさえ思えなかった。それほどまでに、昏く、どす黒い感情が彼から漏れ出している。


「バルログ、一体何があった」

「何が? コウも分かってるだろ。この村を人間たちが襲ったんだ。みんな、普通に暮らしていただけなのに……僕はあんな奴らの為に、魔法を研究していたのか……? あんな、畜生共の為に……」

「それは……」

『その通りでございます、バルログ様』


 バルログの傍に黒い影が現れた。間違いない、魔族だ。


「なっ……!?」

『さぁ、バルログ様、参りましょう。我らと共に人間に復讐を』

「……ああ」

「バルログ……何を言っている!?」

「彼は言ったんだ。僕は、魔王になる素質があるって」

「魔王……!?」


 魔王、勇者の、宿敵……バルログが?


「魔王になれば、人の世では叶わない魔法の研究が出来る……そうすれば、ライラを、レイを死から救い出す術が見つかるかもしれない」

「お前、分かってるのか!? 魔王は、魔族たちの王だ……人間の敵になるってことだぞ!?」

「僕は全部失った。レイも、ライラも、じいちゃんとばあちゃん……もう、今の僕にとって人間はみんなを奪った敵でしかない」

「違う、村を襲ったのは……」

『人間だ。人間の欲望が殺したのだよ』


 俺の言葉を遮るように影が声を出す。


「ああ、君の言う通りだ」


 バルログは魔族を信頼しているように、俺の言葉に耳を貸してはくれない。


「お前、バルログに何かしたのか!?」

「フフフ、少しばかり刺激をしてあげただけですよ……」

「ふざけ……!」

「コウ」


 今まで向けられたことの無い、冷たい声をバルログが向けてくる。


「僕は、行くよ。もう、君に会うこともないだろう」

「待て……待ってくれ!」


 バルログの体が消えていく。転移魔法……


「バルログうううううううう!!」


 あっさりと、バルログは消え去っていってしまった。

 俺の叫びは虚しく村の中に木霊して、もう誰も応えてはくれなかった。



「コウ……!?」


 どれくらいそうしていただろう。

 俺はレイの遺体の傍にただ座り込んでいた。

 生存者は、いなかった。


「エレナ……?」

「無事だったんですね!」


 飛びつくように、抱きしめてきた彼女に、俺はまともに反応が出来なかった。条件反射も敵意の無い彼女には発生せず、縺れ合うように倒れる。


「どうしてここに」

「魔族が現れたという報告があって……コウこそ、無事ならどうして連絡をくれなかったんですか!?」

「連絡、そうだな……さっさと連絡しておけばよかった」

「コウ……?」


 すぐに連絡して彼女らに合流していれば、俺は夢を見ることなんて無かったのに。


「コウ!」

「コウ、探したぞ」


 アレクシオン、そしてブラッドもやってくる。


「無事で良かったぜ。近頃魔族連中がこの辺りで暴れまわっていてな。お前を探すのも一苦労だったんだ」

「魔族が……そうか」


 どうやら魔族の狙いは最初から俺とバルログだったらしい。その為にご丁寧にエレナ達の足を止め、俺とバルログが村から離れるタイミングを狙っていたのだろう。

 俺がバルログと出会って、バルログが魔王になりえる存在であると魔族に教えてしまったから……まんまとあいつらの計略に嵌り、バルログに人間に対する憎悪を植え付けさせてしまった。俺は大馬鹿だ。

 勇者なんていったって何も守れない。



 横たわるレイの遺体を見て、また涙が零れだしてきた。


「コウ……その方は……」

「彼女は……彼女は」

「コウ、落ち着け」


 ブラッドが背をさすってくる。それが少し意外だった。

 実際、アレクシオンも目を丸くしている。


「……意外だな」

「なんだ」

「ブラッドがコウを気遣ってる姿なんて初めて見たぜ、なぁ、エレナ」

「ふふ、そうですね」

「……俺だって気を遣うさ」


 そんな少し緊張感のない会話が懐かしい。思えば今まで彼らともまともに会話をしてこなかったように思う。


「愛していたのか?」

「あ、あい……」


 ブラッドの言葉に顔を赤くするエレナ。しかし、レイを見てすぐに顔を引き締めた。


「……分からない」


 気が付けば俺は正直に気持ちを吐露していた。


「俺は好きという気持ちが分からなかった。それでも、彼女と、彼女たちと一緒にいれば分かるようになるんじゃないかって……でも、俺は、俺が彼女を殺してしまった……」

「コウ……」

「お前……」

「コウ、戦えるのか?」


 同情するようなエレナ、アレクシオンと違い、ブラッドは厳しく追及してきた。

 まるで、俺の心を見透かすように厳しい視線を向けてくる。


 分かっている。俺たちは遊びでやっているんじゃない。常に命を賭けて、ギリギリの中を戦っているんだ。

 どんな戦いの中でも楽勝なんてことは無かった。いつもギリギリで、誰か一人でも欠ければ苦しくなる。

 こうして俺たちが全員再び会えたことだって、奇跡みたいなものかもしれない。


「……戦う」


 だけど、もう答えは決まっていた。


「俺は勇者だ。それでもずっと戦う理由が分からなくて、ただ、言われるがまま戦ってきて……」


 今の俺が生まれてから、ずっと、バルログ達に出会うまで、俺は戦い続けてきた。この世界を救うなんていう理由にも実感を持てず……


「でも今日、理由が出来た」


 レイを、ライラを俺が殺した。バルログを俺が魔王にしてしまった。

 それならば。


「俺が、あいつを助ける」


 バルログを絶望の底から救い出し、そして……彼女たちに詫びに行く。

 決して許されることなど無いかもしれない。それでも、俺は。


「その為になら」


 バルログが魔王なら、俺は勇者だ。

 あいつと張り合える唯一の存在。


 あいつを止められるのは俺だけしかいない。

 だから、レイ、全てが終わるまで待っていてくれ。返事はその時しにいくから。

次回から現代に戻ります。

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