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【追想.5】悪夢

 その日、俺はバルログの手伝いで魔霧の谷に来ていた。


「いやぁ、悪いね、コウ。レイと一緒にいたかっただろうに」

「別にいいよ。こっちはこっちで楽しいし」


 バルログの手伝いというのは所謂雑用といったところで、調査に必要な機材を運んだり瓦礫をどかしたりと身体を使うものが殆どだ。頭を使うのはバルログの仕事で俺は何かを考える必要は特にない、随分と気が楽な時間だ。


「しかし、まさかここまで効果があるなんて思わなかったよ」

「研究のことか?」

「まさか。レイのことさ」


 仕事中にもそういった思考は引かないらしい。


「コウとレイは相性がいいと思っていたけれど、今じゃあ見てるだけで胸焼けするくらいだよ」

「楽しそうだな」

「普段から塞ぎ込んでいた最愛の妹がこうまで元気になって、しかも恋には情熱的だったなんて知ればそりゃあ楽しくもなるさ!」


 そう満面の笑みで言うバルログだが、対する俺の気は重い。


「ん、どうしたの?」


 思わず浮かべていた渋面を指差しで指摘され、手で顔を覆うように揉んだ。


「別に」

「いやいや、このタイミングでその表情はおかしいでしょ。何かあったんじゃないの? この大親友に話してみたまえよ」

「レイに告白された」

「ぶっ!?」


 思わず吹き出すバルログ。唾液がもろにかかって、汚い。


「兄であるお前にするのも気が引けるんだけど」

「いや、その通りだよ。意外過ぎるまでに積極的な妹に兄としては複雑まであるよ!」

「そうかもな」

「それで? コウはなんて答えたの? しっかし、それってコウが義弟になるってことだよね。コウ・オルター、いや、オルター・コウ?」

「気が早いな……ずっと一緒にいたいと言われたから、俺もそう返した」

「やるねぇ!」


 喜ぶバルログだが、俺はそんな気分にはなれなかった。


「だけど、俺はレイを苦しめるだけかもしれない」

「そんなことないさ。レイが望んでいるんだし」

「でも、俺は、彼女が俺に抱くような感情が分からないんだ」

「それって、恋とかそういう話?」

「そうなるのかな」


 レイの大好きも恋愛とは違うかもしれないし、はっきりとは言えないけれど。


「どうしたら、バルログとライラみたいになれる?」

「えっ」

「お前ら二人は、俺でさえお似合いだと言われるのが分かるくらいだし」

「ちょ、やめてよコウ! ライラとは……」

「ライラとは?」


 バルログが顔を真っ赤にするが、俺は追求を止めない。


「好きなんだろ。レイもそう言っていた」

「……そうだよ。僕はライラが好きだ」


 諦めたように肩を落とし、ため息交じりにバルログは白状する。


「でも、怖いんだ。今の関係がいいと思えるから、ライラとその……そうなったら、壊れてしまう気がして」

「らしくないな。魔法という、まだまだこれからの技術を開拓しようとするお前の言葉とは思えない」

「でも……」

「でもも何も無いだろ。お前はレイのことを思ってそう考えているんだろうけど、元々お前らだけだった輪に俺が加わって、それで状況が悪化したか?」

「そんなことはない……けど」

「だったら、きっと上手くいくさ。ライラだって、レイだって、きっとそれを望んでる。踏み出すのはお前からだぜ」


 バルログが呆然と俺を見て、笑う。


「コウ、顔が赤いよ」

「うるせぇ。慣れないこと言わせるからだ」

「第一、コウは僕のことを心配している場合じゃないだろ。レイとのこともどうせ……っ!?」


 いつも通り、飄々とした雰囲気に戻ったバルログだったが、言葉の途中でその顔色を変えた。今まで見たことのない、恐怖に怯えるような表情に。


「う、うそだ」

「バルログ?」

「僕の置いた、魔除けの案山子が破壊された……」



 村が、燃えている。


 俺は身体強化を施し、バルログに先行する形で村に戻ってきていた。

 所要時間は数分程度しかない。普通なら、それでも十分間に合う筈だった。


 だが、これはなんだ?

 既に村の建物には火が放たれている。随分と手際が良すぎる。


 バルログの感知によれば魔除けの案山子は全て同時に破壊されたという。これは魔物を避けるだけでなく、悪意のある者の接近を感知し自動で攻撃する効果が施されているものだ。それらを同時に全て破壊となれば……計画的、かつ能力的にもかなりのものがあると思わせる。


 少なくとも、そういった知能や統率とは無縁の魔物の仕業じゃない。

 おそらく、襲撃者は人間……


「レイ、ライラ……!」


 二人が、気がかりだった。俺はすぐさまレイとバルログの家に向かい、


「あ……」


 それを見て、足が止まった。


 見慣れた真っ白な髪、弱々しい華奢な体つき……

 レイが、地面に倒れていた。



 血塗れで。



「レイ……?」


 呼びかけるというより、漏れ出たような声だった。


「レイ!!」


 レイの体を抱き起す。すっかり力が抜けていて、随分と軽く感じた。


「コウ……さん……?」

「レイ……」


 一目見て分かっていた。でも認められなくて、こうして触れて、ようやく現実を思い知らされた。


 レイはもう、助からない。


「そんな、どうして、こんな……」

「よか、た。さいごに、あえ、て」

「レイ……、どうして、ずっと一緒にいるって言ったじゃないか……」


 視界がぼやける。涙が、零れ出てきていた。

 それでも流れ出る血を、消えゆく彼女の命を離すまいと必死で抱きしめた。


「ふふ、あた、かいです」

「レイ、レイ!」

「なか、いで、さい」


 もう途切れ途切れの言葉で、それでも俺を気遣うように手を伸ばし、頬を撫で、微笑む。


「コウ、さ……だいすき、です」

「あ……」

「コウ……さ……もし……兄……」


 レイの手が、俺の頬から滑り落ちた。


「レイ……?」


 抱きしめた身体から、体温が、生気が抜け落ちていく。


「嘘だ……嫌だ……レイ……レイいいいいいいいいい!!」


 レイが、死んだ。

 こんなに突然。今朝まで普通に笑っていたのに。

 ずっと一緒にいると、言ったのに。


「おやおや、コレは思わぬ収穫だぁ。まさか勇者にとってこのおまけがこれほどの存在だったとは」


 ふと、そんな耳障りな声が聞こえた。


 毛皮と骨で出来た服を纏った、いかにも山賊といわんばかりの恰好の男……だが。


「魔族……」

「この程度で崩れる程度なら、魔王様の復活を待つまでも無い。今ここで始末してやろう」


 男の体が歪み、黒い狼に変わる。


「お前が、村を、レイを……」

「ああ、そうさ。全ては魔王様復活の為……まぁ、どれもこれも貴様のおかげだがな」

「俺の……?」

「我々は常に貴様を監視していた。まさか貴様が魔王様の器に導いてくれるとは!」


 俺が、俺がいたから、レイは死んだってのか。俺が来たからこの村は、燃えているってのか。


「人間どもの欲望に火をつけ、村を襲わせ……ククク、どうした? いまこの瞬間にもこの村は滅びていっているぞ? こんなところでボーっとしていていいのかなぁ、勇者よ」

「あ……」

「ククク、フーハッハッハッ! やはり真っ先にその少女を殺したのは正解だったなぁ!」

「真っ先に……」

「貴様がその少女に心を奪われず、他を救いに行っていれば助けられた命もあったかもしれないというのに……ククク」


 俺が、レイと仲を深めていたから、レイは殺された。

 俺が……俺のせいで……


「さぁ、お喋りも終わりだ。兄者の方も済んだようだからなぁ。後は貴様の首だけ取れば終わりよぉ!」


 狼男が迫ってくる。

 俺は……どうすればいいんだ。

 腕の中で冷たくなったレイを見て胸が苦しくなる。俺のせいで、レイを殺してしまった。俺が生きているだけで、大事な人を傷つけるっていうなら、俺が生きている意味なんて……


「グゲェッ!?」


 狼男が吹っ飛んだ。

 無意識に放たれた俺の拳によって。


「ああ、そうか」


 レイを地面に横たわらせ、立ち上がる。

 俺の体には、前の俺が残した呪いがあるんだった。向かってくる敵を無意識に迎撃する、呪いが。


「死ねないなら、いいさ」


 自分に言い聞かせるように呟きながら、狼男に近づく。


「身体が、治らない……これが勇者の……!?」

「黙れよ、もう」

「ギャイッ!?」


 狼男の腹を踏みつけ、強制的に言葉を止める。


「お前が、レイを殺したんだよな」

「そ、そうだ! 貴様の愛した女はこの俺様がぁ」

「だったら、お前には、それ以上の苦しみを与えてやる」


 苦しい。頭が痛い。もう何も考えたくない。それでも。


「全てに後悔して、死ね」


 そこからは殆ど無意識だった。

 肉体的に蹂躙し、その意識さえも魔法で壊し尽くして、最後には狼男の体は塵一つ残っていなかった。


「はぁ……はぁ……」


 それでも、心は全く晴れてはくれない。


「全員、ぶっ殺してやる……」


 それなら、この村を襲った連中を全員殺す。それでも晴れないなら魔族を全て。

 レイを、この村を壊した連中を全員地獄に送ってやる。


 そんな昏い決意と共に俺は歩き出した。レイの遺体を残して……もう、今の俺には彼女に触れる資格さえ無いのだから。




 気が付けば騒ぎは止んでいた。燃え盛る家の、木が弾ける音だけが響いている。


「ぁ……」


 バルログが、いた。

 山賊と、村の人たちの死体が倒れる、その中心に。


「バル、ログ……」

「コウ……」


 振り返ったバルログを見て、言葉を失った。

 バルログは虚ろな目をして、その腕にライラを抱きかかえていた。全身に暴行の跡が見えるライラの、遺体を。


 悪夢はまだ始まったばかりだった。

 決して覚めることの無い、この地獄のような悪夢は。

過去編は後1話続きます。

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