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第32話 恋の終わりは突然に

「佳奈子……どうして、光ちゃんを虐めなんて……」

「違うわよ! 虐めてなんて……」

「聞いたよ、佳奈子が僕のことを……好きだって」


 放課後の教室でそんな青春の一ページみたいな光景を繰り広げる美男美女。片や柔和な優男、片やイケてる系のギャル。ある意味テンプレな組み合わせだろう。

 それも二人は幼馴染だという。ギャル……三倉の方は優男の方、村田に好意を寄せているようだ。ベタだ。


「でも、ごめん。僕は、光ちゃんが好きなんだ」

「っ……」

「それに多分、彼女も俺を……だから、佳奈子とは付き合えない」


 三倉の顔が歪む。可哀想に。

 三倉も十分美人だ。嫉妬から虐めなんて行動に走ったが、それも村田君が好きゆえだろうに。村田君は一切の容赦もなく三倉を切り捨てた。


「そんな、誠司……」

「だから、もう光ちゃんに嫌がらせをするのはやめてくれ。このまま続けるようだったら……僕は、君を許さない」


 村田君はそう吐き捨て、教室を去っていた。言葉にならない叫びを上げて泣き出す三倉。


 ああ、これで一つの恋が終わったのか。好きな人に好かれる綾瀬に嫉妬して無視という手段で鬱憤を晴らそうとした三倉はその想い人である村田君に失恋した。なんてことない、こういうのもよくある光景なのだろう。

 可哀想だとは思わない。別に死んだわけじゃないし、他の恋が許されないわけじゃない。結婚しても離婚が許される世界なのだ、今はどうであれこの程度の失恋なんて日常茶飯事なのだろう。人生という冒険は続く。三倉先生の次回作に期待である。


 まぁ、これで学校での問題は収束するよな。

 リーダーが大人しくなれば周囲だって、あの綾瀬相手に攻撃しようなどとは思わない。この辺りあの生徒会長に抜け目があるとは思えない。

 お言葉通り、しっかりと村田君を焚き付けてくれた生徒会長殿に心の中で謝辞を伝えつつ、俺もこっそり覗いていた教室に背を向ける。


「帰るか」


 三倉を慰める、なんて真似はしない。俺は主人公じゃないし。

 非情でしょうか、いいえ、誰でも。


 誰だって自分に利益の無いことはしたくない。主人公だってブスは囲わない。まぁ三倉は美人の部類だろうけど、俺にとっては三倉は正直どうでもいい存在だ。次顔を見ても名前さえ忘れているだろう。仮に彼女がなお綾瀬への虐めを続行、かつエスカレートさせたら村田君も黙っていないだろうし。


 ただ、去る前に……今回誰から見ても敵意や悪意しか向けられないであろう彼女に、俺だけは感謝の気持ちを向けておこう。


 彼女のおかげで、俺は動きやすくなったというのは確かなのだから。






 校舎を出ると、丁度グラウンドでも部活動が終わったくらいの時間だった。


「おや、友人A先輩ではないですか」


 ぼーっと、横目に見てそのまま校舎から出ようとした俺に目ざとく声を掛けてきたのは、


「ちょ、無視しないでくださいよ」


 陸上部一年エース、香月怜南だった。両手にハードルを抱えている。たとえエースでも機材片づけは一年生の仕事のようだ。


「お疲れ様で~す」

「いやいや、自分重い物持ってますよね。女の子に重い物を持たせたまま帰るとか駄目じゃないですか?」

「あのね、世の中はジェンダーフリーにシフトしてるの。男とか女とか無いの。すぐセクハラって訴えられちゃうの」

「でも、後輩ですよ。年下ですよ」

「そういうのは同じ部活の先輩に言いなさい」


 と、至極真っ当な返事を返しながらも、ハードルを持ってやった。

 香月は華奢だ。そんな子に大きなハードルを腕いっぱいに持たせているのは背徳けふんけふん、罪悪感がある。

 本人が全部は悪いと言うので2個だけ、それで香月も2個持っているが最初4個持ってたということになる。通信交換して腕が四本に生え変わっていたならともかく、無理では無くても大変なのは変わりない。


「しっかし、こういうのは快人に頼んでくれればいいのにな」

「通りがかったのが友人A先輩でしたし、それに」


 香月は爽やかな笑顔を浮かべた。


「綾瀬先輩は諦めました」

「ブッ!?」


 ヒロイン、まさかの敗北宣言に俺は思わず吹き出してしまった。マジ恋選手権終了……

 香月は綾瀬のことが好きだった。これは多分、間違いない。

 かつて快人は香月に痴漢する男を捕まえたことがあるヒーローだった。香月は華奢な美少女だし、普通に小動物系の少女という感じなのに健康的に日焼けしてエロい。おじさんだってムラムラしちゃうよねぇ! 捕まえましたけどもさ。

 当時は綾瀬が痴漢発見からタイーホ、そして香月のケアを行い、俺はそれをボーっと見ながらも逃げようとしたおじさんに蹴りをかまして動きを封じた程度。その時名乗った友人Aというのが香月の中での俺の認知になっている。


「告白、したのか?」

「いいえ」

「諦めんなよ、諦めんなよお前! どうしてそこでやめるんだそこで!?」

「そうですねー、自分も子供だったというか。そもそも恋していたのかというと微妙ですし」

「ええ……」

「やっぱり誰かと付き合うとかよりも走っている方がいいっていうか。綾瀬先輩はそりゃあカッコいいですけど、古藤先輩とお似合いですからね」

「古藤!? どうしてそこで古藤が!? まさか脅されたのか!?」

「先輩にとって古藤さん、どういう人なんですか……」


 呆れるように半目で見てくる香月。


「古藤さんを見ていると、ああまで綾瀬先輩のこと思えないなぁって。ほら、たまに先輩と話していると人殺しみたいな視線感じますし、あれ古藤先輩ですよ絶対」


 古藤紬……やはりヤンデレラとして覚醒していたか……

 ていうか、殆ど間違ってないじゃん!


「そんなわけで、一旦恋は終了です。なぁに、私は走るのが好きですし、生きがいですからね。それもまた青春! ですよ」


 そう清々しい笑顔で言う香月。そこに嘘は無さそうだが……


 でも、それでいいのか香月。確かに最近色々あったけど、大した出番も無く、掘り下げさえ出来ず勝手にフェードアウトって香月、おい、香月……


「走るのはいいですよ。友人A先輩もどうですか?」

「高2の夏前に勧誘されてもなぁ」


 それ以前に誘われたところで乗らなかったと思うけれど。


 丁度体育倉庫に着き、ハードルをしまう。校庭から離れた体育館脇に設置されているのは欠陥だよなぁ、と初めて感じた。彼女ら陸上部はこの不便さを常々感じているのか、それとも慣れてしまったのか、俺にとっては知らない世界だ。


「ありがとうございました、友人A先輩」

「おお」

「このまま一緒に帰ります? シャワー浴びて、着替えて、ミーティング終わるまで待ってもらいますけれど」

「それは遠慮しとくわ」


 別に俺たちは仲がいいわけじゃない。いや、本当に。

 ハードルを運ぶ間にも香月が快人を諦めるというニュースが無くては会話が成立しない、その程度の間柄だ。失恋の話をする程度に香月は信頼してくれていると取れるかもしれないが、なんてことはない、多分香月はそういうパーソナリティなのだろう。


 俺としては、脇役の恋愛模様を眺めている間……ではないが、ヒロインが知らぬ間に失恋していたという事実がショックで仕方がない。

 桐生は俺の勘違い、蓮華は俺に対する嫌がらせで快人のヒロインでは無かったし、香月は快人のことが好きだったにせよ、あっさりと諦めてしまった。攻略がどうとかルート選択がどうとかではなく、気が付けば古藤の単独レースとなっていた。

 いや、古藤はいいやつだし、俺もお似合いだと思うけど、これじゃあハーレムラブコメにはならないし、親友役の俺も邪魔になるかもしれない。


 別に、俺は快人が幸せになってさえいてくれればいいんだ。相手が古藤でも、なんでも。蓮華に見せられたアニメの中では、主人公の男が複数の女性に想いを寄せられるというものが多かったから、それこそが幸せなのだと思っていた。ただ、俺の個人的な感性では、やはり一人と想いを育むのがいいと思うし、快人もいつか誰かを選ぶという意味では、それ以外の人は不幸になるというのは避けられないことだった。


 快人と古藤は大丈夫かもしれない。俺はもう、というよりもとより要らなかったのかもしれない。

 その考えがずっしりと俺に重くのしかかった。喜ばしいことである。悲しいことでもある。


 ただ、そのことに俺は、何とも言えぬやるせなさを感じていた。

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