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第31話 特別

 四限のチャイムが遠くで鳴った。思えば、生徒会室で美人な生徒会長と二人きりなんて男子高校生なら憧れそうなシチュエーションだ。当の本人である俺の気は重いが。

 実際、もう目的は全て済んでいる。これ以上蓮華といても、過去のことを思い出すばかりだ。


 俺にとって、この世界に来て1年間の記憶はイコール蓮華と過ごした思い出に他ならない。

 蓮華は俺が命蓮寺家に引き取られてから、死人同然だった俺の世話を焼き、俺が作った心の壁を母性と男気を二重螺旋に織り込んだドリルでぶち壊し、無理やり人間にしてくれた。

 よく笑い、よく泣き、すぐ怒り、すぐ拗ねる……外ではしっかり者と呼ばれていたらしいが、その反動か家ではダラダラ……というかべったりくっついてきて、好きなアニメを片っ端から見せて洗脳してきて。

 俺もそんな彼女に心を開き、気が付けば過去のことさえも吐露するほどになった。俺の罪を、苦しみを聞いてもなお蓮華は全て受け止めようとしてくれて。


 もしも俺がこの世界で育った、何も汚れていない普通の人間だったなら、きっとこの学校の男子同様に、彼女に憧れ、好きになっていたかもしれない。


 けれど……俺は後悔している。

 俺の罪を、罰を、彼女に少しでも押し付けようとしたことを。関係の無い彼女を巻き込もうとしたことを。受け入れて欲しいという、分不相応な欲望をぶつけていたことを。


 俺は大切な人ほど壊してしまうと知っていた筈なのに。俺はもう大切な人を壊したくなんて無いのに。


「鋼?」


 不意に声を掛けられ顔を上げると、蓮華が正面、向かい側に移動してきていた。俺は先ほどまでの鬱屈とした思考を頭の隅に追いやった。


 ……どうでもいいけれど、蓮華の胸が長テーブルにお乗りになっている。

 古藤がグー、桐生がパーなら、蓮華はチョキ、天を衝くお胸様だ。いや、天を衝くことは無いだろうけど、もうミサイル的な感じだ。デカい、凄い、エロいの三拍子が揃ったお胸様である。イギリスの血を引くハーフなだけのことはある。


 そう、ハーフなのだ。彼女のナチュラルな金髪と、青い瞳はそれに由来する。最初会った時は、元々俺がカラフルな色の髪や目の人間が多い環境にいたから特に気にはならなかったけれど、黒髪黒目の量産型日本人が蔓延るここら一帯では彼女みたいな存在はとにかく目立つし、特別感がある。

 ちなみに彼女の母親も凄い……というかすんごい。おっぱいすんごい。


「何か変なことを考えていませんか?」

「まさか。至極真っ当なことを考えている」

「どんなことでしょうか」

「そんなことより」


 流石に口に出すと引かれる……ならまだいいが、蓮華の場合は勝手が違ってくるため、話を逸らした。


「この部屋はチャイムが鳴らないんだな」

「ええ、切っていますから」

「切れるもんなのかよ……って、それも会長権限か」

「はい」


 この学校は生徒会長をどれだけ優遇しているんだ……と、思うところだが当然優遇されているのは彼女が命蓮寺蓮華だからだ。世界でも有数の巨大グループである命蓮寺グループの仕事を既にいくつか手伝っているというモンスター高校生。当然高校レベルの学業であれば満点を叩きだすことさえ容易い。俺がこの世界で出会ってきた中で文句なしの一番の天才だ。

 そんな彼女が生徒会長を務めているというだけで学校の評価は上がる。上も変に拗らせて関係を悪化させたくないだろう。大人の世界って汚いね。


「流石……」

「凄いのは父ですよ。私は必死なだけです」

「必死?」


 意外な言葉だった。彼女は俺と一緒にいた時からずっと天才的だった。少なくとも、戦い一辺倒で学も碌になかった俺を、進学校である嚶鳴にたった一年で自力合格できる学力を授ける程度には優秀だったし、必死なんて姿は見たことがない。


「確かに、両親からは多くのものを頂きました。皆さんが言う才能もそうなのでしょう」


 どこか遠い目をして寂しそうにそう言う蓮華。


「才能に胡坐をかいていても、それなりに出来るのかもしれません。でも、それでは駄目なんです。私は支えたいんです。その為には今の私でも全く足りてない……もっと、もっと努力して、力を付けなくては」


 ぎゅっと手を握りしめる蓮華を見て俺はただ意外に感じていた。

 一緒にいた頃は子供っぽい奴だったし、離れてからは……演技ではあるが高飛車で鼻につくお嬢様という感じだった。ここまで悔しさを剥き出しにして能力を渇望するような一面があったなんて。


「鋼は、あの日、言いましたよね。『一緒にいれば俺はお前を壊してしまう』って。『だから、俺はお前が嫌いだ』って」

「……ああ」


 命蓮寺家を離れるその日、引き留めようとした蓮華に放った言葉だ。こうして改めて聞くと随分余裕のない言葉だな。我ながら恥ずかしい台詞だ。


「よく覚えてるな」

「鋼と過ごした時間は全て録音していますから」

「何それ怖い。お前ボディーガードかよ」


 よく見ると彼女が録音と言った時にポケットから出して見せてきたICレコーダーは赤いランプが光っていた。うん、見なかったことにしよう。


「まさか盗聴器を仕掛けているとは言うまいな」

「そんなことはしませんよ。束縛するような重い……いいえ、余裕の無い女だと思われたくありませんから」


 どこか、圧を出しながらそう言ってくる蓮華。なんか怒ってる?


「ええ、怒っていますよ」

「あの、心読まないでくれます?」


 聴心機は仕掛けられているっぽい。医者というよりマッドサイエンティストチックだ。


「最近、光さんだけじゃなく……桐生鏡花さんとも仲がいいですよね?」

「いや最近っていうか、数日程度で」

「一緒に朱染に出掛けていましたよね」

「何で把握しているんですかねっ!?」

「GPSを付けていますから」


 鋼の持つあらゆる物に、とドヤ顔で言う蓮華。十分束縛されているっぽいんですけど!?

 俺の所持品の多くは適当に買った服などを除いて公輝さんから与えられた物だ。だがまさかGPSなんて取り付けられているなんて思ってもいなかった。……まぁ、知ったところでどうこうするものでもないが。


 ん? でも俺の行動が分かっても桐生と一緒だったって分かるわけじゃ……


「鋼」

「……何だよ」


 俺の思考を遮るように、急に真剣な顔を向けてくる蓮華。こんな顔を見るのも、命蓮寺家を出た日以来だ。


「私は鋼の味方です。だから、貴方が望むのならば、苦しいですけど嫌い合っていてもいい、綾瀬君のハーレムメンバーと思われてもいい……鋼が頼ろうとするのは、嫌いと言ってまで遠ざけようとするのは私だけですから」


 そう言う蓮華の表情は穏やかだった。


「ですが、それは鋼の為だからです。たとえ離れていても、貴方がそれを望んでいなくても私は鋼の家族です。だから、鋼が傷つくようなことは看過出来ません」

「何が言いたいんだよ」

「桐生さんと付き合うのはやめてください」


 それは何の混じり気のない真っ直ぐな否定だった。


「……別に俺と桐生はそういう関係じゃない」

「彼女に付き合って、過去を取り戻そうとしないで欲しいんです」

「どう……して」


 どうしてそれを知っている。どうして否定する。


「私は鋼を守りたい。ただそれだけです」


 俺の言葉に出来ない疑問に、蓮華はそう答えた。

 守る。その言葉に込められた思いに、やはり蓮華は嫌いだという思考が生まれてくる。


 桐生のことを、かつての椚木鋼を思い出すということは、それと一緒に忘れたものも思い出すということだ。文面で告げられた地獄と……この世界で育んだ感性を。

 果たして、この世界で人格形成された椚木鋼が、記憶を失った後の俺に耐えられるだろうか。


 おそらく耐えられない。耐えれていいわけがない。


「別に構わない。たとえ壊れても、思い出さなきゃいけない。俺が自分勝手に捨てたことで傷つけた奴がいるんだ」

「そんなの……貴方のせいじゃ……」

「でも、そう決めたから」


 目に涙を溜めた蓮華の顔を見ていられず、顔を反らす。


「……一つ、聞いてもいいですか?」

「何をだよ」

「どうやって、光さんを救うつもりですか?」


 救う。何とも仰々しい言葉だ。そして、俺がやろうとしていることは救いなんかじゃない。


「いじめの元凶を叩いても、問題が解決するとは限りません。少なくとも、彼女が抱える問題はそれだけじゃない……」

「ああ。人ってのは複雑だ。一個オッケーだったら他も……とはならんよな」


 ずっと考えていたことだ。

 いや、迷っていたというべきか。

 俺がこれからやろうとしていることは悪だ。誰がなんと言おうと悪でしかない。

 一人の少女を壊そうとしている。それが正しいと思っているのが俺だけでも。

 それでも、決めていた。


「悪いけど言えない」

「鋼!」

「どうせ、後で分かることだ。大丈夫、使うのは俺の得意技だぜ? 椚木鋼三大奥義の内、最後の一つってね」


 笑って誤魔化した。

 こればかりは、言ってしまえば蓮華は何をしてでも止めようとするに違いない。

 実際、蓮華も何となく勘付いているのだろう、俺がよからぬ事を考えているということを。


 これは単純な話で、所謂使い古されたお約束。テンプレみたいなものだ。


 女の子を救うのは、いつだって魔法のような奇跡だと。

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