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第30話 命蓮寺蓮華と椚木鋼

 命蓮寺蓮華、彼女は俺がこの世界で初めて会話をした相手だった。

 この世界に落ち延び、保護された後、身元引受人として現れたのが彼女の父。そしてその付き添いで来たのが彼女だった。


 彼女たちに会う前に警察との受け答えはあったものの、それは会話と呼べるような代物じゃない。質問を受けて身元を明らかにするためのシートを埋めていくだけの作業だ。だから、初めてちゃんと会話を交わした相手となるとやはり彼女なのだろう。


 彼女の父が警察の人間と書類のやり取りをしている間、待合室で彼女は俺を気遣うように優しく語り掛けてきた。


「私のこと、覚えていますか? 命蓮寺蓮華です」

「……ごめん」

「そう、ですよね。もう最後に会ったのは10年くらい前のことですから。私も一目見た時には鋼君だって分かりませんでしたし」


 少し寂しそうに微笑む彼女を俺はただボーっと眺めていることしか出来なかった。


「いいですか、鋼くん。今日から私たちは家族になるんですよ」

「家族……? 他人は家族にはなれない」

「他人なんかじゃないですよ」


 蓮華は俺を優しく抱きしめながら言った。


「ほんの少しですが、同じ血が流れています。なんたって私たちははとこですから」

「はとこ?」

「イクラと鱈の関係です」

「え?」


 彼女の言い分がよく理解できず、首を傾げる俺。彼女の言っていることが理解できたのはそれから暫く月日が流れてからのことになるのだが。

 

「蓮華」

「お父様。もういいのですか?」

「ああ。覚えていないかもしれないが、久しぶりだな、鋼君。命蓮寺公輝(みょうれんじごうき)だ。君にとっては従叔父(いとこおじ)となる」


 蓮華の父、公輝は随分と強面の、威圧感のある男だった。


「君の父、和弘(かずひろ)にはとても世話になってな。君たち家族が行方不明になってから、今日までずっと探していたんだ」


 だが、威圧感の奥底に優しさが見える。ああ、こういう人は向こうにもいた。きっと、圧を出さざるを得ない立場にいるのだろう。

 そう思うと、信頼のできる相手に思える。


「和弘は、伊織いおりさんはどうした?」


 その追及に、俺を背中から抱きしめていた蓮華の腕に力が籠る。おそらく父の圧から守ろうとしているのだろうけど、俺にとって公輝は恐怖の対象にはならない。真っ直ぐ見返すと、彼はその様子に僅かに驚くように目を細めた。


「和弘と、伊織というのが、俺の両親の名前ですか」

「……何?」

「両親なら死にました、二人とも」


 淡々と、そう告げる。


「一体、何があった……君たち、家族に」


 その質問に、俺はこれまで……とはいえ、俺が生まれてからはたった数年しか経っていないから、それ以前はあくまで記録だよりになりつつも、伝えていく。

 俺たち家族が異世界に行っていたこと、両親を人質に取られ戦いに身を投じていたこと、その中で記憶を失ったこと、全てが終わり役目から解放される時、とっくの昔に両親が死んでいたと知らされたこと。


 俺はそれらを断片的に話した。それを話すことで自分の中で整理を付けようとしていたのかもしれない。


「作り話……では無いのだな?」

「この世界では、異世界に行くというのは常識的なことではないんですね」

「創作物の中ではよくありますけど……」


 なるほど、だから警察相手に軽く話した時も頭がおかしいといった反応をされたのだろう。しかし、公輝と蓮華にそんな反応は見られない。


「信じるんですか」

「君が嘘を付いているようには見えないからな」

「鋼君……そんなにつらい思いを……」


 思いの外優しい言葉と、蓮華の涙に困惑していた俺の頭に、公輝の大きな手が置かれる。


「鋼、もう大丈夫だ。君は私が守る。和弘と伊織さんの分まで」

「あ……」

「勿論私も守ります!」


 暖かい。そう知覚しても、それを受け入れていいのか俺には分からなかった。俺は、俺の罪を彼らに話せずにいる。

 友をこの手で殺し、信じてくれた仲間まで犠牲にしてここにいるなどということを。


――俺にはそんな価値は無い。


 そんなことを言えばこの親子は心配するだろう。だから、俺は受け入れたと見せるように頬の端を吊り上げて応えた。


==========


「昨日送ったメール、もう調べは付いているんだよな」

「ええ」


 蓮華はそう言って微笑む。

 昔通り、などと言っても俺と蓮華も随分と変わった。

 俺は蓮華と出会った頃とは違う。彼女や、快人や、古藤や桐生、綾瀬妹……この世界の人間と関わる中で、俺は俺として変わってきた。

 そして蓮華も、変わった。きっとそれは俺がそう歪めてしまったのだろうけど。


 だから昔通りなんてあり得ない。あり得ない……筈なのに、こうも簡単に感情が脳髄の奥底に沈んで行ってしまうのは、本当は俺があの頃から変われていないということなのかもしれない。


「光さんが学校に来れなくなった原因は、生徒会の中にありました」


 昨日送ったメール、綾瀬光を取り巻くしがらみについて調べてほしいという依頼を載せたものだったが、流石というべきか、蓮華はたった一日で全て把握しているようだ。


「生徒会に?」

「光さんは優秀で、この生徒会の中でも存在感がありましたから……村田誠司むらたせいじ君のことは知っていますか?」

「生徒会の二年生だろ。クラスは違うけど、才色兼備と人気が高い」


 とはいえ、昨年の入試一位は桐生だったため、生徒会に入ったのは今年からだ。生徒会は全校生徒の前で紹介をされるから、それくらいは覚えている。


「彼が光さんに好意を寄せていて、それを知った同じクラスの三倉佳奈子みくらかなこさんが嫉妬して、嫌がらせを始めたと」

「どうしてそうなる」

「三倉さんは村田君の幼馴染ですから」

「へぇ」


 ここにスイッチがあればポンポン叩いていただろう。文字通り、無駄知識って感じだった。


「つまり三倉佳奈子は村田誠司が好きだと」

「そうです」


 これが戯曲の中だったら、そうは問屋は降ろさないと新しい展開が用意されるのだろうが、そんな超展開は待っておらず、額面通り、たかが嫉妬で三倉佳奈子は綾瀬光に嫌がらせをしたらしい。


「だったら簡単だな。三倉を糾弾して吊し上げればいい。相手は……そうだな、村田本人が適任か」

「そうなったら、今度は三倉さんがいじめに遭うかもしれませんね」

「それの何が悪い? というか、どうでもいいよ。三倉ってやつがいじめられようが、どうだろうが」


 綾瀬光と、まぁおまけで好木幽、その二人以外なら別にどうなっても構わない。


「そうですか。生徒会長としては何とも言い難い話ですが」

「生徒会長だって神じゃない。実際綾瀬のことだって分かってて放置してたんだろ?」

「光さんの性格を考えると、無視程度で学校に来なくなるなんていうことは考えられませんでしたから。他に何かあったのかと思って」


 何か知っています? と促してくる蓮華。俺が何か掴んでいると思っていつつも詳細は知らないらしい。これは俺と綾瀬が口外しなければ広がりようのない話だからな。


「そちらも問題無い」

「そうですか」


 具体的なことには踏み込んでこない。

 蓮華はある程度俺の事情を知っている相手だ。俺が快人と光に執着している直接の理由は伝えていないが、そこに辿り着くための判断材料は十分有しているし、間違いなく分かっている筈だ。


「それでは村田君には私から話しておきましょう」

「悪いな」


 俺はこういった交渉事には向かない。蓮華であれば、生徒会長という立場を存分に利用して村田を理想的に煽ってくれるだろう。


「構いません。綾瀬兄妹は私にとって希望ですから」

「希望?」

「近親愛って素敵じゃありませんか? 自分と同じ血を分け合うものに惹かれるというのは種の多様性を求めるという生物の原理さえ超越した愛の形だと」


 こわ……


「そ、そうだな」

「アニメでもよく描かれていますから」

「オタクめ……」


 そういうところは本当に変わっていない。普段の生徒会長命蓮寺蓮華が見せることは無いだろうけど。


「じゃあ俺はこれで」

「待ってください」


 チャイムが鳴る。3限の終わりを告げるものだが、昼休みでもない限り生徒会役員も生徒会室には近づいては来ないだろう。


「もう少し……そうですね、一時間ほど話しませんか?」

「このまま昼休みまでお前に付き合えって? 知ってるだろ、俺は生徒会長様が嫌いなんだ」

「ええ、そして私も椚木君が嫌いです」


 ニッコリと笑顔でそう言う蓮華。


「ですが、ここにいるのはかつての鋼と蓮華、そうでしょう?」

「この部屋から出るまではそれに付き合えって?」

「ええ」

「分かったよ……お前には今回迷惑を掛けるし」


 浮いた尻を再度イスに押し付け、俺は脱力するようにため息を吐いた。

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