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第29話 三大奥義の内二つは割とあっさり出てくる

 学校に着いて、そのまま四人で適当に話しながら始業を待ち、授業が始まればそれぞれ自席で教師のスピーチを静聴する。


 一クラス30名ちょこっとの生徒が一堂に会していても基本的に勉強はソロ競技。自分のことは自分で何とかしなければならないという孤独な戦いだ。単語の暗記や複雑な計算の作業分担は出来ない。授業を聞かずに誰かからノートを見せてもらうことは出来るが、その効率の悪さたるや否や……。

 自習と授業は違うのだ。いくらプリントやドリルで問題をこなしても授業への対策になるかと言えば違う。授業、そしてテストは教師との対話みたいなもので、ただ知識を詰め込むのとは違う煩わしさがある。


 つまり何が言いたいかというと、俺にとって授業は退屈なものだということだ。授業中にもかかわらず、先のような頭の悪い言い訳を頭の中で組み立ててしまう程度には。

 いくらプリントを山ほど解き、内容が理解できても教室に出来た空気には居心地の悪い何かが付きまとう。たった一度や二度空白が空いた程度なのにだ。


 きっと、これから綾瀬も感じるであろう感覚だ。数日、飛ばし飛ばしでサボっている俺に対して、彼女は1週間ほど。本人が抱えるものは周囲が思うより大きいだろう。

 ましてや、その欠席の原因がクラスにあるというのならば余計にだろう。


「はぁ……」

「随分と大きいため息だな、椚木」


 頬杖を付いて思いっくそため息をついた瞬間、傍らに担任がいた。……そういえば今は古文の時間だったなぁ。考え事に没頭し過ぎてそんな事にも今気が付いたよ。

 クラス中の視線が集中し、どうにも居心地が悪い。

 ここは奥の手だ!(最初の手でもある)


「ア、イタタ、オナカガァー」

「……」


 痛い! 先生の刺すような視線が痛い!

 ええい! ここまで来たらなりふり構ってはいられない!


――グギュルルルルルル!


 クラス中に鳴り響く異音。俺のお腹という楽器から奏でられたメロディ。それは余韻も伴って教室内に響き渡った。木霊でしょうか? いいえ、誰でも。

 これぞ、椚木鋼の持つ三つの奥義の内の一つ、「腹鳴」。これが勝利の鍵だ!


「だ、大丈夫か?」


 そのあまりに盛大な音に、クールながらに生徒思いの担任は焦ったように顔色を伺ってきた。チャンスだ!


「その、トイレに行ってきても……」

「ああ、分かった」


 勝利! 先生からの許可を受け、教室から逃げ出す口実を手に入れた。

 しかし失ったものも大きかったらしい。異常すぎる音のせいでクラスの半分以上は俺が実際に漏らしたと勘違いしたようで、特に女子は鼻を抑えたり、侮蔑を込めた表情を向けてきていた。えんがちょ……


 いいもん。別にいいもん。実際漏らしてねぇし!

 今は3限、時間で言えば11時。昼休みまで1時間と少しある。


「トイレの後、腹痛が治らなかったから保健室に行ったってことにしてっと」


 その足で向かった先はトイレではなく、一年の教室だ。後方扉の窓からこそっと中を覗く。多くの生徒が座っている中、一席だけ空席があった。おそらくあれが綾瀬の席だ。

 綾瀬がいなくても授業は滞りなく続く。クラスの輪なんてものを強調しても実態はこんなもの。付いてこなければ切り捨てるという非常な現実だ。正しいと思うけどね。


「さてさて、たけし君はっと……」


 一人、それっぽいのがいる。髪を染めた女生徒だ。後ろ姿だし全貌が見えるわけでは無いが、制服も改造しているようだ。いかにもなイケてる感を出しているギャル。この真面目な嚶鳴では珍しいタイプだ。流石リーダー的存在。あっし、読モやってんすよ~とか言いだしそう。

 ああいうのは攻撃的だという偏見に基づくと、生徒会役員として存在感を持つ綾瀬に攻撃的な態度を取れるのも見たところ彼女くらいだろう。


 念のため確認でゆうたにメールを打ってみたが、彼女に反応は無い。真面目に黒板をノートに書き写している。この優等生め。聞くところによるとゆうたも綾瀬に次ぐ成績上位者らしいが、俺はこれは流石に嘘だと信じているけど。あの馬鹿っぽい馬鹿よりも馬鹿が溢れ返っているとなればこの国は終わりだ。


 ただおそらくにはなってしまっても、十中八九、ターゲットはあのギャルだろうし、今は顔さえ判別出来ればそれでいい。


 こんなところでいつまでも教室の中を伺っていても意味は無いし、さっさと次の目的地に行くことにしよう。今の気分はおつかいクエストに勤しむ動物村唯一の人間って感じだぜ。


 そして、このタイミング! 俺は椚木鋼の持つ三つの奥義の二つ目、「抜き足差し足」を発動!

 地味? それはどうかな? 俺の抜き足差し足は人間国宝級だぜ! その速さと無音の絶妙なバランスが奏でるハーモニーは天にも昇るレベルと美食家も舌を唸らすレベルだ(意味不明)。


 行け、風の如く。闇に紛れて(昼)。



 数分駆け抜けた先、教室とは別サイドの部室が集まる箇所、そこに目的の部屋はあった。

 ドアを手の甲で数度叩くと「どうぞ」と、女性の声が中から聞こえ、そのまま入室する。


 室内は明らかに他の部屋とは様子が違った。向かい合うように並べられた長テーブルは一般的だが、上座に置かれた、まるで社長席のような大きく高級感のあるデスクと、そこに置かれた最新のデスクトップパソコンは明らかに学生用のものとは思えない。


「どうしましたの? 突っ立ってないで早く入りなさいな」


 授業中にも関わらず、社長席に座っていた金髪美女がつまらなそうに声を掛けてきた。俺は反射的に顔を歪めつつ、最も近くにあったイスに座る。


「授業出なくていいんすか。生徒の模範となる身でしょうに」

「許可は貰っていますわ」


 誰の、なんて聞く必要は無いだろう。こいつに逆らえる奴がこの高校にいないことなんて、この特別感溢れる部屋を見ても明らかだ。それを改めて彼女の口を通して聞いたところで余計げんなりするだけに決まっている。


「昨日送ったメールについてですけど」

「その前にその気持ちの悪い敬語を取りませんこと?」

「……だったら、アンタもその気色の悪い、いかにもなお嬢様口調をやめてくださいよ」

「アラ、結構評判いいんですわよ」


 愉快そうに笑う彼女。

 その笑顔も作り物でやはり気持ちが悪い。


「では、互いの希望通りにするということでどうでしょうか」


 そう言ったのは彼女の方だった。先の作ったような笑顔とは違う、まるで別人にすり替わったかのような様子に、俺も全身の血が冷えていくような感覚を覚えた。


「そう……私たちが出会った時のように。それでいいですね、鋼?」

「……ああ、分かった。蓮華」


 脱力するように両足を伸ばし、感情も碌に込めずに返事をする。


 そんな俺を見て、彼女、命蓮寺蓮華は楽しそうに微笑んだ。

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