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第28話 女心と秋の空

 随分と寝覚めの悪い朝だった。布団がぐしゃぐしゃになるくらいの寝汗をかいていて、頭もまだぼやけている。

 夏の暑さもさることながら、大きな原因はおそらく見た夢によるものだろう。


「よっぽどいい夢を見たみたいだな」


 自分を皮肉るように呟く。

 人間悪いことの方が良く覚えていると言うが、俺はまさにその典型だ。特に夢に関しては悪い夢ばかり頭に残って、いい夢なんて目が覚めれば忘れてしまう。まるで脳みそが覚えていても仕方がないという様に、綺麗さっぱりと。


 だから今朝みたいな、寝汗をかいて、疲労感があり、寝覚めが悪いけれど夢を覚えていないなんて時は大体過去の、いい思い出を見返していて、その夢から覚めたくないと思っているという風に認識している。記憶が残る悪夢だって全て過去の記憶の想起によるもので、俺の見る夢が過去の追体験でしかないという仮定に基づくものだが。


「はぁ……」


 溜息が漏れたのは女々しい自分に失望してだ。俺にとっていい思い出なんて呼べるものは片手で数える程度しかない。何も、こんなタイミングで見なくてもいいのに……などと言っても仕方のない文句が出そうになる。

 すっかり着心地の悪くなった寝巻を脱いでいると不意にスマホが鳴動した。掛けていたアラームが本来の起床時間になったことを告げている。

 おかげかどうか知らないが、どうやら寝坊は免れたようだ。






 普段よりも数十分早い時間に家を出て、学校とは違うある場所に向かう。ある場所なんて勿体ぶっても仕方がないけれど。

 目的地に着き、壁に背中を預けて待つこと数分。


「あれ、鋼?」


 正面の一軒家から出てきた男が俺を見て目を丸くする。


「おはよう、快人」

「おはよう……って、どうしたんだよ、こんなところで」

「待ってたんだよ、お前と……妹さんを」


 そう、わざわざ早起きをして立ち寄ったのは快人の家だ。目的は彼に告げたものと変わらない。ただ、目的の人物は快人しかおらず、綾瀬光の姿はない。


「昨日の話も気になったしな。今日もか?」

「ああ、気を遣わせてごめんな。行こうと準備はしていたんだけど、やっぱりって……」

「そっか」

「呼ぶ?」

「いや、いい。久しぶりに親友と登校時間に親交を深めるのも悪くない」


 そう言って快人に肩を組み、引っ張るように歩き出す。快人は強引な俺に慌てたようだったが、特に抵抗はしなかった。

 綾瀬光が出てこないというのは、ある種想定済みだ。俺の目的は彼女が学校に来るかどうかを確認することで、別に彼女が今日学校に来なければいけないなんて少しも思っちゃいなかった。

 むしろ、来ない方が好都合だというものだ。



 暫く快人と適当に話しながら歩いていると、進行方向に古藤がいた。誰かを待つように電柱に背中を預けながらスマホをいじっている。


「あ、快人! って、くぬぎっちも? 珍しいね」

「おはよう紬。鋼のやつ、光のことを心配して待っててくれたんだよ」

「へー、いいとこあるじゃん!」

「俺は基本いい奴だ」


 適当に挨拶を交わした俺たちだったが、古藤に歩き出す気配が無い。そのせいで俺と快人も足を止めざるをえなかった。


「紬、誰か待ってるのか?」


 事も無げにそう聞く快人。仮に男待ってたらどうすんだろ……古藤に限ってそれは無いと思うけど。


「えっとね、友達を……って、来た! おーい!」


 俺たちの背後に向かって大きく手を振る古藤。つられて振り向くと、一人の女生徒が此方の方に向かってきていた。丁度古藤の挨拶におずおずと手を挙げて応えようとしていたが、振り向いた俺と目が合うと、怪訝そうな表情を浮かべ、手の動きも止めてしまった。


「え、どういう状況?」


 そう思わず聞いたのは俺だ。快人は苦笑して「そういうことかぁ」などと呑気に言っているし、古藤の方を振り向けば何故かドヤ顔を浮かべ、平均的な胸を張っていた。


「おはよっ、きょうちゃん!」

「おはよう、古藤さん……、どうして貴方もいるの?」


 チョコレート菓子のイメージキャラクターのパクリみたいなあだ名のきょうちゃんこと、桐生鏡花は古藤への挨拶も程々に、すぐさま標的を俺に向けてきた。


「それは俺も聞きたいんだけど。何? 古藤と待ち合わせしてたの?」

「そーだよっ!」


 桐生の代わりに答えたのは古藤だった。確かに昨日の朝、突然和解したみたいだったけれど……昨日は確か鏡花ちゃんと名前呼びだったが、今日はそれをさらに縮めて親し気に呼んでいる。あのグーの古藤とパーの桐生がまるで友人の様に振舞うなんて……おじちゃん涙が出て来たよ。


 だが、この調子で親交が深まっていったら古藤から桐生の呼び方がどんどん省略されて「おい」とか「ねぇ」みたいにむしろ名前を呼ばなくなるまで省略化されるんじゃないだろうか。

 でも夫婦とか多分そういう距離感だよね。そして夫婦になるの、お二人さん?


「快人は知ってたのか?」

「いや……でも、紬が別の人と登校するっていうのは聞いてたから」


 どうやら快人には話が通っていたらしい。幼馴染かつご近所さんであるが故、普段は一緒に登校する二人だが、今日は古藤から別に行こうと提案していたとのことだ。

 桐生と仲良くなったというのもあるだろうけど、綾瀬妹が来やすいように気を遣った結果、逆に顔を出さないという選択をしたのかも。俺とは逆だ。


「やっぱり、来てないんだね」


 実際、ぽつりとそう漏らした古藤は、快人の肩越しに誰もいない場所を見ていた。


「もうちょっと時間が掛かりそうなんだ」

「そっか」


 流石は昨日二人で綾瀬妹をケアしていただけのこともあり、会話は必要最低限で済んでしまう。おかげで、状況を把握していないのはこの場にいるもう一人、


「何の話?」


 桐生だけだった。桐生は僅かに首を傾げつつ、明らかに俺に話を振ってくる。


「色々あんだよ」

「そう」


 さして興味が無いのか、考えても仕方がないと判断したのか、たいして食いつきもせずに会話を切り上げる桐生。そんな反応なら聞いて来るなよ……。

 流石の俺も「親友の妹が引きこもってて大変!」なんて吹聴する趣味は無い。おそらく彼女にそのことを伝えるやつがいるとすれば、一日の友である古藤になるだろう。彼女が伝えていないなら、表向きあまり綾瀬光に関わっていないとされる俺が伝える必要は無い。


「それじゃあ、嚶鳴高校に向かってレッツラゴー!」


 愉快気に音頭を取った古藤に続き、俺たちも学校に向かって歩き出す。当初の予定通り、古藤と桐生が話しながら先を進み、俺と快人が後ろに続くという構図になった。


「なんか新鮮だなぁ……」

「紬と鏡花のこと?」

「ああ。つい最近まで古藤の方が桐生を警戒してた感じだったろ?」

「そうだよなぁ。でも和解したみたいで良かった」

「それは同意見だ」


 胸の差に打ちひしがれる古藤なんて見ていて気持ちのいいもんじゃ無かったしな。


 でも、古藤の心境の変化は何故だろう。彼女が桐生のことを苦手というか、大げさに言えば嫌っていたのは、おそらく快人のせいだ。快人に桐生が想いを寄せていると思っていたから警戒していたというのが俺の見立てだ。そうなると煽っていた俺のせいでもあるけどそこは一旦置いといて。


 古藤は桐生の他にも、陸上部一年の香月だったり、生徒会長にも同様に警戒しているようだった。おそらく大罪を背負っているのだろう。さすサーペントシン。流石にヤァン・ディレでは無いと信じたい。


 ただ、古藤のマークが桐生から外れた理由が今一分からない。昨日の朝の僅かな会話に、それこそ桐生が快人に向ける感情が古藤の懸念していたものではないという確証が得られるものがあっただろうか。

 こうして後ろから眺めていると、古藤の方から積極的に桐生との距離を詰めようとしているようで、逆に桐生が押されている。


「……女の子ってのは分からないねぇ」

「女心と秋の空なんて言うしな」


 しみじみと呟いた俺に、呑気に被せてくる快人。俺たちの気持ちは殆ど一緒だった。快人も古藤と桐生の間が上手くいっていないことを懸念していただろうし。こいつの基本スタンスは「みんな友達」だからな。イエス! マジカル!


 でもなぁ、快人。

 「女心と秋の空」は元々は「男心と秋の空」だったんだぜ。

 前者は感情全般を揶揄した表現として派生したもので、後者が原語、それは男の愛情ってコロコロ変わるよねみたいなニュアンスだという。先生のプリントをアホみたいに解いたおかげで身に付いたマメチである。多分テストには出ない。

 ただ、ラブコメのハーレム主人公にこれほど似合う言葉も無いだろう。


 とはいえ、俺はたとえハーレム主人公であっても、やっぱり最終的には一人を選ぶべきだと思ってる。現状ヒロイン候補は3人、これ以上増えるかもしれないけれど、今は思う存分迷ってくれていい。でも、もし快人が誰か一人を選んだのなら、俺はそれを全力でバックアップするつもりだ。勿論、その相手が快人にとっていい相手かどうかを見極めた上でだが。


「なっ、快人!」

「何だよ、突然肩組んで」


 何故なら俺はそのためにここにいるんだから。

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