第2話 どこかで見たようなヒロイン達
「お前馬鹿だろ」
「うっせぇ……」
こってり絞られた俺は解放後教室の机に項垂れていた。
そんな俺に呆れたように声をかけるのが、くだんの綾瀬快人くんである。イケメン(月並み)でもある。
だが、彼は誰彼構わずモテるほどの、例えばアイドルのような存在ではない。特定の相手、それもみんな目を見張る美少女ばかりからおモテになるラブコメヒーローなのだ。逆面食いというべきか。
そんな彼と俺は、ひょんなことから親友になった。俺は快人にとっては数少ない男友達というやつなのである。
「そんなことより! お前今日も古藤紬と朝っぱらからイチャついてたんだって!?」
「い、イチャ!? ちげーよ! 単に幼馴染だから、一緒に登校したくらいで」
「手でも繋いで来たってか!? あぁん!?」
「だ、抱きついてきて、そのまま腕組まれただけだ! 別にいつも通りだろ?」
「てめぇの血は何色だぁああああ!?」
「赤だよ!」
「あ、うん、ソウダヨネ……」
正論には弱い俺。
なんて俺のメンタリティはどうでもよく。
お判りいただけただろうか。綾瀬快人くんはモテる。ちなみに古藤紬は隣のクラスのマドンナ(死語だが存命)であり、快人君の幼馴染でもある。そこは普通同じクラスになるだろうに、先ほどの正論を使ったツッコミ同様、どうにも間の悪い奴なのだ。
「綾瀬君」
そんな馬鹿騒ぎをしていると快人が声を掛けられた。
相手は、まぁ言うまでもなく美少女だ。腰まで伸ばした黒髪に気の強そうな印象を与える目つきの美人。
そう、テンプレ世界のフォワードこと、ドS系毒舌優等生ヒロイン(大体ぼっち)の桐生鏡花である。
「それと喋っているとクズが移るわよ」
「あぁん!?」
「それ」こと椚木鋼はガタッと椅子を鳴らして立ち上がる。
そして椚木鋼は喧嘩を売られれば買う男だ!
「は?」
すっ。
一睨みされて、ああこれは駄目だと判断した俺は何事も無かったかのように席に座る。昼休みはご飯を食べる時間ダヨ。何も持っていないけど。
「何か文句でもあるの?」
バンっと俺の机に両手を叩きつけて、威圧感たっぷりに睨みつけてくる桐生。
「ごめんなさい……」
あまりの圧に怯えつつ財布から500円玉を差し出す。
「情けねぇ」
快人が呆れるように言うが、違うぞ。これは違う。
ちょっとビビったからお金で解決しようとしただけだ。うん、違くないね。
だが見くびるなよ!? これは俺の全財産だ! 身代金ってやつだぞ! 情けないなんて言うんじゃないよ!
「いらないわよそんなもの」
そんなもの!?
「許してください……」
身代金でも解決出来なかった俺はただ謝るしかなかった。土下座すると制服が汚れるので、座ったまま机に頭を擦り付ける。500円玉はいらないと言われたので財布にしまっておいた。セーフ。
「まあまあ、鏡花。ほっといて飯食おうぜ」
ぽんっと桐生の肩に手を乗せ、笑顔でそう語りかける快人。
「……そうね」
そんな快人には従うのだから、恋する乙女というのは面白い。
快人と話す前段階に俺に対する口撃が無ければもっと楽しめるのになぁ。
「快人ー!お昼ご飯食べよー!」
っと、このタイミングでちょっとお馬鹿系元気っ子の乱入だ!
美人というよりは可愛い系幼馴染、古藤紬(紹介済)である。
彼女はヒロインらしく昼休みの度に甲斐甲斐しく此方の教室にやってきて快人と昼食を食べている。ちなみに快人の昼ご飯は妹の手作りらしいヨ。シスコンかな?(嫉妬)
「桐生さん……」
「何?」
そんな古藤は快人と一緒にいる桐生を見ると鋭い視線をぶつけた。
同じ相手を想い合う同士、あまり仲が良くない模様。
「ったく、流石だな、快人」
「何が?」
「そういうとこ」
なんて一言ずつ会話をして席を立つ。購買にパンを買いに行くためだ。
「ほどほどにしとけよ」
「だから何が……」
鈍感主人公らしく鈍感丸出し発言をする快人とついでにダブルヒロインを置いて教室を後にする。
おわかりいただけただろうか。そう、俺は主人公の親友モブだ。時に変に嫉妬に狂ったり、美少女にセクハラ紛い言動を放ったりする。セクハラ罪は日本にはないって偉い人も言ってた。
だが、時には聖人型の親友になったりもする。主人公の彼女作りをそれとなく遊園地のペアチケットを上げたりして後押しするお助けキャラ的なアレだ。決してずっと変態系をやっているのがしんどいからではない。たまに冷静になって凄まじい後悔と罪悪感に襲われるだけだ。
親友キャラにだって息抜きしたい時はある。
誰に言い訳しているのか分からないけど、そんなテンションで購買部に到着。テンプレ主人公がいるわけだから、当然購買部もテンプレである。
たかだかパンに群がる有象無象の生徒たち。全く、昼休みってのは休み時間ですよ? こんな風に争うくらいならコンビニで買ってこいっつーの……
「うおおおおおおおおおおお!」
気が付けば叫びながら人込みに突っ込んでいた。あれぇ?
これがテンプレの魔力……!?たかだかモブには逆らえそうにないぜぇ……!
悲鳴を上げる右腕を伸ばしBLTサンドを掴み取る。その瞬間、握りこんでいた500円玉をレジに放り投げる。
「ふっ、釣りはいらないぜ」
「お釣りの300円ね」
ぽんっと一瞬で300円を握らされた。このおばちゃん化け物か!?
まぁいい。結果として定価で昼飯を手に入れられたのだ。さっさと教室にかーえろ。
「ん?」
と、ここで椚木選手、またまた見つけてはならない存在を見つけてしまった!
「あうう……」
あうう!? 何て馬鹿っぽい声を口から出すんだこの女!?
そう、この購買の人混みを見て尻込みをしている美少女を発見してしまったのだ。小柄な少女だ。大方パンを買いに来たけれどこの人混みに突っ込むことが出来ずにいるといったところだろう。
可哀想だ。ああ、可哀想だと思う。けれども、俺はスルーすることに決めた。可哀想なのは彼女を見つけたのが俺のようなモブであったことだ。もしもこれが快人なら笑顔でBLTサンドを差し出して、「これで僕とポッキーゲームしようよ」などと言ったのだろうが、俺にそんな優しさは無いね!
ぎゅるるるる。
「んん?」
丁度目の前を通り過ぎるタイミングでそんなお腹が鳴るような音が聞こえた。はっきりと、結構な音量で。
思わず立ち止まって見てしまった。小柄な美少女が赤面して俺を見ていた。俺が不用意に声を発したから聞かれたということに気が付いてしまったのだろう。
「あうう……」
二度目のあうう。そういう泣き声の生き物なのかな?
こうなってしまうと無視して去るのはモラルが疑われる。もしもここでお腹を鳴らしたちびっ子を放って去ったとなれば学内新聞に児童虐待という謂れのない罪を書かれ糾弾されることになるかもしれない。
「おい、チビ」
「な、なんですか……」
声をかけると、恥ずかし気に俯いてしまったチビ。お腹の音を聞かれたのが恥ずかしかったらしい。
「これ、欲しいのか」
そう言ってBLTサンドをちらつかせると、面白いように目でそれを追っていた。口の端からは涎がたれ始めている。
「く、くれるですか!?」
「やるか馬鹿」
そういうのは主人公に期待しろ。貴重な食料をタダで貰えるなんて考えが甘いぞ。
「400円で売ってやろう」
「ふぇ!?で、でもそれ、200円で……」
「んー何かなー? 何か文句でもー? ほーら、喉から手が出るほど欲しいだろう? ほーら、ほーら」
見せびらかすようにBLTサンドを顔の前で振る。
背後からは「サイテー」なんて声が聞こえてくる。
聞こえませーん。さっきからチビがお腹すかせているのを見て見ぬふりしていたくせにそれを棚に上げて人に駄目だしするような奴らのクレームなんて聞こえませーん。
「あうう……」
出たよ。あうう。見ればチビはすっかり涙目だった。
「買う、です……」
そう絞り出すように言ったチビがおずおずと400円出してきた。ところで君日本語変だよ?
だが商売は問題無く成立。これが正義だ。見たかお前ら。
「400円お預かりしまーす」
少女の手から小銭を奪い取り、
「商品のサンドイッチと」
彼女の手にサンドイッチを乗せ、
「お釣りの300円になります」
さっきおばちゃんから貰った300円を押し付けるようにチビの手に置いた。
「ふぇ?」
そんな間抜けな声を出すチビ。全くこれだからガキは嫌なんだ。
昼飯を失った俺はクールに去るとしよう。このガキはどうやら何が起きたかよくわかっていないらしく、渡された小銭を数えている。
俺はその間にさっさとその場を後にすることにした。
「ちょっとアンタ」
が、騒動の内に在庫が空になり暇を持て余していたらしい購買のおばちゃんに声を掛けられた。
「やるじゃない」
親指を立て、ウインクしてくるおばちゃん。ハリウッドスターかな?
つられて立ち止まってみたが、どうやら俺の行動を見て感心したおばちゃんが、こっそり隠し持っていたパンを分け与えてくれるという展開ではなかった。シケたババァだぜさっさと失せな。
「さしずめ、正義の味方、サンドイッチマンってところかしら」
「ちょっと何言ってるか分からないです」
もういいぜ。
どうもありがとうございました。