第27話 終わりの時は近づいている
「ったく、アラサーの嫉妬には困るぜ。若者には無限の可能性があるっていうのに」
結局上乗せに上乗せを重ね、イケイケ感たっぷりのプリントラッシュをなんとか終えた頃にはもう日が暮れていた。俺こんなのばっかじゃない? はやく「叱られ→プリント地獄」の円環から脱出したいナリよ。
そもそも、あれもこれも全部ゆうたのせいだ。あいつの甘言に乗せられていなければ今頃……何かあったわけでもないけど。あーあ、今日はさっさと帰ってさっさと寝よう。
「ん?」
とぼとぼと家に向かって商店街を歩いていると前方に見慣れた人物が見えた。
見間違えるわけもない、あの柔和な雰囲気のイケメンは……
「快人?」
そうだ、綾瀬快人だ。隣には古藤もいる。快人の手に下げられた買い物袋を見るにどうやら買い物の帰りのようだが……
やややっ! こいつはもしやデート中というやつでは? いやぁ、流石は快人、俺のいないところでもしっかりとイベントを消化しているようだ。最近は快人のフラグウォッチングが出来ていない状況だったからこれは地味に嬉しい発見だぜ。
……しかし、妹が家に引きこもっているのにお兄ちゃんが遊んでいるのはどうなんだろう。
「うーん、快人がシスコンなのは間違いないと思ってたが意外と放任主義なのか?」
快人、それはまずくない? 今時腹黒主人公なんて風当たり強いんだから。脇役のフリしたシンノサイキョーシュジンコーみたいなやつが現れて人気もヒロインも持っていかれてしまうかもしれない。そうなると本来主人公だった快人は一気に噛ませ犬に転落、ついでに言ってしまえば親友キャラの俺は完全にピエロ役になってしまう。
俺が無能としてボロクソに叩かれて終わりならまだましだが、変な形でフォーカスされて逆に一目置かれるなんていうのは本当に駄目。恥ずかしすぎる。ああいうので調子に乗っている親友キャラは親友キャラとしてのプライドが無いのだろう。お父さんは認めませんよ!
「うーん、これくらいでいいかなぁ?」
「ああ、十分だろ」
というわけで、俺は仲睦まじく歩く快人と古藤をストーキングしていた。どういうわけだと思ったテレビの向こうの君、いい質問ですね。
いいかい? 俺には親友として、主人公である快人が誤った道に進んでいる場合修正してやる義務があるのだ。今の所ナイスカップリング反応を出している二人だが見えないところでどんな爆弾を抱えているか分かったもんじゃない。
なぁに、俺はストーキングの鬼と呼ばれた男だ。この間は桐生とエンカウントをしたが、流石にこんな時間には妨害も入らないだろうし……
――ブーッ、ブーッ、
「げっ」
言ってる傍からポケットのスマホが震える。だが甘い! 俺は常時マナーモードにしている系男子。尾行が着信音でバレるというベタな展開は起こりえないのだよ!
画面を確認すると電話の着信は例のあの子からのものだった。もうそんな時間だったのか……出るかどうか一瞬迷ったが、難癖をつけられてもたまらないので、仕方なく出た。仕方なくなんだからね!
「もしもし」
『こんばんは……先輩』
「おう、なんか暗くない?」
電話の主、綾瀬光の声がどこか弱々しかった。
『ちょっと、疲れることがありまして……』
「疲れてるんなら電話してこなくてもいいぞ。俺も俺で忙しいしな!」
『いえ、私のアイデンティティですから。学校に行かない分しっかりこういうところで存在感を出さないと……』
なぜかそう意地を張る綾瀬。勝手に変なアイデンティティを持たないでほしい。それ俺の事務所に確認取った?
そもそも、親友キャラである俺相手に存在感を出しても俺目線のスピンオフ作品にちょこっと出演する程度の利益しか与えられない。
『それに昨日のこともありますし』
「昨日? なんかあったのか?」
『ああ……やっぱり覚えてない……』
拗ねた様な声色を出す綾瀬。自分だけ分かった気になるのは悟り世代の悪い癖だ。
『昨日も電話しましたよね』
「そう……だったっけ」
『言いましたよね、毎日20時に電話するって』
「ああ、うん」
『なのに先輩、あーだの、うーだのゾンビみたいな呻き声ばかりあげてろくに会話にならなかったんですよ。もう私ストレスで死ぬかと思いました』
「あー、そりゃ悪かったなぁ」
一日中惰眠を貪った俺はきっと寝ぼけた頭で対応したんでしょうね。だって記憶がぼやぼやしているもの。こればっかりは安息日に電話を掛けてくる綾瀬が悪い。
が、俺は紳士なのでこういう時はすぐに謝る。その方が結果的に早く会話が終わるし、省エネだ。やっぱ俺って目の付け所が鋭利だわ。
「んじゃあ、疲れてる理由ってそれ?」
『いえ違います』
違うのかよ。語気的に随分俺を責めてる感じだったけど。
『実は、紬ちゃんが家に来ていて』
「んん?」
綾瀬の言葉に首をかしげる。これはもしや。
「もしかして、古藤は既にお前の家に来てるのか?」
『はい……って、既に? どうして先輩が、紬ちゃんが私の家に来ていることを知っているんですか?』
まさか仕組んだのは先輩ですか? と疑うような言葉をぶつけられた。信頼度低いな、おい。
「俺は平和主義者だし、あくまで親友モブだ。主人公やヒロインたちの大規模なイベントをプロデュースする度量は無い!」
『先輩って偶に訳の分からないこと言いますよね……』
電話の向こうで呆れたため息を漏らす主人公の妹。
『でも、どうせなら先輩が絡んでいた方がマシでした』
「俺がいたって何にもならんぞ」
『紬ちゃんは凄く気を遣ってくるし、兄は兄で、私を元気づけようと気を遣ってくるし、なんかもう、私が二人をもてなしているみたいな感覚なんですよ。先輩だったら私に変な気を遣ったりしないでしょうし』
「それはお前的にはプラスでも人間的にはマイナスっぽい評価だな」
不登校相手だったら普通に気を遣うわ、俺も。
『実際今気を遣っていないじゃないですか』
「あ、そっか」
はい論破ー。逆論破ー。
しかし、綾瀬の快人達への反応は鬱陶しさ半分、照れくささ半分という様子で案外まんざらでもなさそうだ。めんどくせっ。
『しかし、先輩が首謀者でないのなら……もしかして先輩、兄と紬ちゃんのこと付けてます?』
「え゛」
『あからさまに動揺した声出しましたね。図星っぽいですね』
いや、なんで分かったコイツ!? やっぱりエスパーなの!?
『では先輩、合流してください』
「それは無理だー」
『助けると思って!』
「言ったろ、俺も忙しいって」
『どうせやること何も無いじゃないですか。帰って寝るだけですよね』
「失礼な奴だね、君は」
ちゃんと寝る前はシャワー浴びる。俺は清潔感とスメハラを何よりも気にする男だ。
「快人や古藤だってお前のこと思ってくれてんだろ。妹が不登校になって気にしない兄貴はいない」
今朝だって随分気にしている様子だったしな。
「快人や古藤のこともそうだし、クラスでのことだって逃げてちゃ何も解決しないぞ」
『流石先輩……私の行きたくない理由、調べちゃったんですね……』
流石、という言葉が何故か引っ掛かったが、それよりも話の方が優先だ。
「好木から聞いた。箝口令は無駄だったみたいだな」
『箝口令なんて敷いてないですよ……幽ちゃんにも連絡出来ていないですし』
「あいつ、お前のこと心配して泣いてたぞ。俺は人の嘘には敏感な方だがあいつが嘘を付いているようには見えなかった」
『そう……ですか』
「そりゃあ、シカトとかされたらキツいけどさ。学校にはお前の味方もちゃんといるだろ。好木だろ、快人だろ、古藤だろ。それに生徒会の人とか」
『先輩も、ですよね?』
「勿論」
俺の力は微々たるものだが、それでも綾瀬にとって救いになるならいくらでも手伝うさ。
「それに、もう一つの問題の方も解決策は浮かんでる」
『え……本当ですか?』
「ああ」
もう一つの問題、俺と綾瀬が知り合うことになった原因である変態おじさんの乱も実はもう解決策が既にある。
というか最初から浮かんでいたのだ。大事なのはタイミングだったが、それも直ぐにやってくるだろう。
「まぁ、行ってみれば意外とあっさり済むかもしれないぜ」
『……少し、考えてみます』
「ああ、是非そうしてくれ……っと、時間切れだな」
『え、先輩?』
俺の目には丁度快人と古藤が綾瀬家に入っていくところが映っていた。
「じゃあ、楽しめよー」
『ちょ、先輩!』
はい、切った。
ああ見えて快人も古藤も馬鹿じゃない。しっかりと綾瀬のケアはしてくれるだろう。俺は俺でやることをやろう。
スマホのメーラーを起動し、ある奴にメールを打つ。
貸しを作るのは嫌な相手だが今回のことに関してはあいつも手伝ってくれるだろう。ねちねち嫌味は言われるだろうけど。
メールを送信し、ふと明かりが付いている綾瀬家を眺めた。
もうすぐ終わる……そのことをどこか寂しく感じてしまうのがどうにも情けない。
でも、決めていたことだ。たとえ寂しさがあっても躊躇はしない。
しっかりと、頭の中で今後の流れを組み立て、そして俺の目的を思い出すように呟いた。
「快人と光を幸せにする」
ああ、言葉にすると何とも安っぽく、何とも独りよがりな願いだ。
俺は勝手に誓い、勝手に託し、勝手な期待をした。
彼らが幸福になりさえすれば、俺がこうしてこの世界で生きている意味が理解できるかもしれないという淡い望み。それでもそれがなければ俺は……
だから、その願いの為なら俺は、俺自身だって殺してみせる。