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第26話 墓に入れるだけまだマシ

 香月怜南かづきれなは1年生ながらに陸上部のエースを張る天才少女だ。華奢ながら引き締まった体つきのボーイッシュな少女で、既にその界隈では有名人らしい。スポーツ少女ながらにあどけない整った顔立ちをしていて男女共からの人気も高い。

 俺は陸上に関しては詳しくないが、短距離に秀でていて、中学時代はベストレコードも更新したチーターみたいな奴だ。

 が、その裏付けは単純な才能からではなく、圧倒的な努力によるものだ。今日も小雨が降ってきているにも関わらずグラウンドを走る香月の姿が生徒指導室から見えた。




 生 徒 指 導 室 か ら 見 え た 。


 うん、「また」なんだ。済まない。

 仏の顔もって言うけどね、謝って許してもらえなかった結果がこれだよ!


 でも、この導入を見たとき、君は、きっと言葉では言い表せない「新ヒロインへの期待」みたいなものを感じてくれたと思う。

 殺伐とした世の中で、そういう気持ちを忘れないで欲しい。

 そう思って、この……


「余所見している暇があるのか?」

「ひえっ」

「こんなにプリントを用意してやったというのに」


 悪魔だ、悪魔がいる。世の中どころじゃなく、殺伐とした空間がこの小さな生徒指導室内に形成されちゃってるぅ!


「あの、ですね。先生? 学校とは学ぶ場ですよ。ベルトコンベアみたいに流れてくるプリントを消化するだけなんて人のやることじゃない……」

「その学びを放棄して後輩女子と延々雑談に興じていたのはどこの誰だったかな」

「俺ですっ! すみませんっ!」


 そう、俺は今ペナルティ中だ。ゆうたと雑談していたことがサボりと見做され、弁解の余地も無く、プリント処理という内職(無給)を強制されているのだ。


 しかし、何故この人は笑顔でこれ程の圧を出せるんだろう。

 俺の前、山のように積まれたプリント越しに見える担任が動く気配は無い。生徒会長との対比では女神の様に思えた方だったが単品だとただの悪魔でしかない。相手が良かっただけだ。


「それにしても、随分と色とりどりというか、先生の担当は国語だけじゃなかったんですかね……」


 今回詰まれているプリントはあらゆる教科を盛り込んだスペシャルな仕様になっていた。とても先生だけの力によるものとは思えない。


「当然、他の先生方にも協力してもらった。我が校で授業をサボる生徒など珍しいからなぁ。皆張り切っていたぞ」

「そこに掛けるエネルギー何!? しかも明らかに前回から再発予想してますよね!?」

「おい、プリントしろよ」


 「くっちゃべってないで」が抜け、すっかりプリンストと化した先生が鋭い眼光を向けてきた。


「でも、先生ずっと見張ってても仕事に影響出るんじゃ……」

「仕事は持ってきた」


 そう言って先生が対面の机に置いたのはノートPCだった。この人、俺を監視するつもりだ……!


「下手したらお前はサボるからな。また残業がかさんで教頭からどやされてもたまらん」


 この間あんた帰ってたでしょうに!


「椚木、お前はやれば出来るんだからさっさと終わらせろ。それでサボった先の先生方へのアピールになると思えば安いものだろう?」

「も、もしかして補習が帳消しに……」

「なるかもな」

「先生! 俺やります!」

「私の分の補習は帳消しにはせんが」


 ズコーッ! ズコーッだよ! なんで帳消しにならないんだよ! むしろあんたが担任なんだから優先して便宜を図ってくれよ!


「夏休み、生徒がいない高校にいるのは退屈でなぁ。ハハハ、生徒バカというやつかな? 教師の鏡だな、私は」

「そんな個人的な理由で生徒の夏休み潰そうってんですか、先生」

「なぁに、たった1週間程度だろう?」

「国語だけで1週間も!?」

「しっかり受験対策もしてやるさ」


 無駄に手厚い!!


「まぁ、でも先生程の美人と二人きりで過ごせると思ったら役得かぁ。アッ、ヤッヴェッ、オモワズ、ココロノコエガ、デチッタヨォー」

「死にたいらしいな」

「冗談ですよ。息が詰まりそうなんです。小粋なジョークの一つでも言って誤魔化さないと気が済まない。ええ、はっきり言わせてもらいますがねぇ! この環境は健全な男子高校生には毒なんです! 軽口を叩いて、普段はクールでカッコいい先生の、照れた乙女っぽく可愛らしい姿を見てみたいと思うことの何が悪い!」

「教師に欲情するな、サル」


 オーマイガー! ノリで喋るとろくなことが無いと知りつつも、やはりこの教師相手ではマイナスしか無い。だから結婚出来ないんだよ!(そう言っておけば全部論破出来る予感)


 だが、効いている。しめしめ、この俺様には先生の心の動きがハッキリと読めるぜぇ。

 もしも俺が快人のようなラブコメ主人公であればここで先生を口説き落とし、夜の(正確には夕方の)個人レッスンへともつれ込ませるのだろうけれど、生憎俺は盛りの付いた親友モブ。出来ることと言えば……


「でもですね、先生。先生とこの狭い部屋に二人きりって思うと、落ち着かないっていうか、ドキがムネムネっていうか、なんかこう、性のムラムラぺったんこって感じなんです! ガッチンポーてんこもりなんです!!」


 俺が途轍もない性の化け物だと思わせて、ひたすら引かせて逃げ出させるプラス補習も敬遠させるということくらいさぁあああ!! しにたい。


「……」


 俺の決死のすてみタックルに対し、先生は無だった。


―――――――………先生の感情が………消えた……?


「私が教師でお前が生徒で無かったら撲殺しているところだった」

「ひえっ」

「いいから手を動かせ。くだらない作戦は私には効かん」


 なんでバレてるのぉ!?


「作戦だなんて、ははは、何言ってんだか」

「こんな……を口説いたところで後で後悔するだけだ」


 いや、ボソッと言っているけど聞こえているからね。年増って自分で言って傷つくのやめて!


「べ、別に先生まだお若いじゃないですかぁ」

「お前に分かるか? 高校、大学の知人から披露宴の招待状が届く気持ちが。周囲から独身が減っていき友人の大半が既婚者になっていく孤独感が! 『香純かすみはいいよね、独身だし、一人暮らしだし、自由で』と言われる屈辱がぁああああ!!」

「ごめんなさいっ! 本当にごめんなさいいいいいっ!!」


 闇が! 闇が深いよ! 取り込まれるぅううう!!?


「はぁ……はぁ……、分かったら、さっさと終わらせろ。そして私に自由な時間をくれ」

「了解ですっ!!」


 こんなところで出会いが無い責任を押し付けられてはたまらない。


 教訓、「結婚は人生の墓場」などというけれど、世の中には墓にも入れず路上で野垂れ死に風化を待つ存在もある。

 とはいえ、先生レベルだったら外見だけでも引く手数多だろうし、俺が後10歳も年を取っていれば普通に憧れそうなカッコよさがあるのだが……ああ、カッコいいから駄目なのか。男だとコンプレックス感じちゃうもんね。守ってあげるんじゃなくて守られちゃうもんね。そのくせこういうタイプは守ってほしいとかどこかで思ってるんだ。面倒臭いね。


 やっぱりさ、恋は色々、難しい。鋼くん心の俳句。(川柳)

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