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第24話 レギュラー・ビッグ・スーパービッグ

 不思議なことは有ったが授業が始まってしまえば何事もなく時間は進んでいった。行き遅れババアにも遅刻をしていないことから絡まれずに、平和な午前を消化し、昼休みに突入した瞬間に教室を飛び出した。

 目指すは一直線、購買である。


「んなっ!?」


 なんということでしょう。授業2分後、滑り出したお約束とは違う展開だったのだが、購買にはもう人、人、人で溢れ返っていた。こいつら何処から現れてるの?

 いや、だがまだ人は少ない。今の内にしっかりと飯を確保することが求められる。パンは食物ってだけじゃない……命なんだ!


「うおおおおおおおおお!」


 ビターン! おいらは転んだ、スリップ(痛)。


「何やらかすんじゃ貴様っ!」


 わざわざ俺の足首を掴んで勢いを止めてきたすっとこどっこいに怒鳴る俺。見るまでも無い。購買でエンカウントすると言えばアイツしかいない。


「スティーブ! 今日という今日は!」

「誰ですかソレ!?」

「お前こそ誰だ!? スティーブをどこにやった!!」

「ゆうはゆうですよ!」


 YouはYou……? J-Popかな?(日本語不自由)


「好木幽です!!」

「知ってる」

「知ってるですか!?」

「そりゃあそうだろ。そんなに驚くことか? ついこの間会ったばかりだぜ」

「そんな当たり前の顔されるとムカつくですね……」


 こいつ何怒ってんの? むしろ怒りたいのウ↑チ↓なんですけどぉ~?↑↑↑


「んで、どうして足掴んできたんだよ。俺の足はビーチのフラッグじゃないぞ」

「どうせパンを買うならゆうの分もと思ったでして」

「図々しいなオイ」

「今更でしょう?」

「どうしてそこでドヤる?」


 などとやり取りをしている間に購買はフィーバーしていた。とてもパンなど買えそうにない。


「しゃーない、学食行くか」

「えっ! 学食ですか!?」


 目を輝かせるゆうた。


「ん? お前も行くか?」

「いいですか!?」

「よいよい。学食はみんなのものだ」

「ゴチです!」

「おい、奢るとは言ってねぇぞ!?」

「ゴチでーす!!」


 壊れたオモチャみたいになった。ああ、こいつは元々壊れてたな……

 「ごはんっ、ごはんっ、先輩のおごりで、ごはんっ、ごはんっ」などと途轍もなく不穏で不敬な歌を口ずさむチビを引きつれ学食に向かう。

 学食も混んでいるのだが、購買に比べれば規模も大きく回転力も早い。ネックなのは席数に限界があるということ。結局弁当持参派が一人勝ちということに変わりはない。


 そんなわけで俺たちは生徒たちが集う学食に……


「到着デス!」


 俺のモノローグを先取りし学食に飛び込むゆうた。イントネーションおかしくなってるよ。そして意気揚々と食券売り場まで俺を引っ張っていくと、


「ではゆうはビッグ定食Aで!」


 などと要求してきやがった。ビッグ定食は学食のくせに800円するという社会人御用達のビッグな奴である。普通は500円ほどなので、ビッグを5食食べる金で通常の学食を8食食えるということになる。


「おい、通常の定食にしておけよ。そんな高いの食えるか」

「いーやーでーすー!」

「我儘言うんじゃありませんっ! こっちの500円のレギュラー定食Aにしなさい! こっちなら奢ってあげるから!」

「その言葉、しかと聞かせてもらったですよ!」

「し、しまったー!!」


 しれっと奢ることとなってしまった!? これは、敢えて最初は高めに設定することで、次の安い値段帯を通すという……!

 策士……っ! この女……ゆうたの皮を被った諸葛亮孔明……っ!!


「くそっ、やられた……これが孔明の罠か……決して金が有り余っているわけじゃないのに……」

「電子のバーン!」

「人がひもじい思いをしてるのに新聞勧めてくんじゃねぇ!」


 本当に孔明だった旧ゆうたの分と俺の分のレギュラー定食のチケット2枚を購入しカウンターで引き換える。一度言ったことをひっさげることは、いざという時にしかしない。


「自分の分は自分で持ってけよ」

「ハイです」


 先に出てきた方を受け取ったチビは大きく頷いて空席を探しに歩き出す。後から行く俺は幾分か冷めていない定食を口に出来る。混雑の中から空席を探す手間も省ける。代わりに水くらいは持って行ってやろう。

 まぁ、そう簡単に空席が見つかる筈も無いがな! 学食は学食で人気だ。それなりに席は埋まっているし、


「椚木さーん!こっちですー」


 と、思っていたがどうやらチビはあっさりと空席を見つけたようで大きく手を上げていた。こ、こんなにあっさり見つけるなんて、なかなかやるじゃないか……おじさんビックリしちゃったヨ、はぁはぁ。


「よくやったチビ。褒めてつかわす……ん?」


 チビの元に行くと四人掛けテーブルだった。

 そこには既にお二人、向かい合うように座られている。


「お二人が相席オッケーと言ってくれたですよ!」

「いや、おい、ちょっと待て、オイ」


 カタカタと手に持ったお盆が震える。いや、震えているのは俺の手だ。


「どうした椚木。座らないのか?」

「ああ、誰かと思えば椚木君ですわね」


 座ってる一人は行き遅れババアの大門、そしてもう一人はハーフとのことで日本人離れした金色のウェーブした髪を持つ、ザ・お嬢様……


命蓮寺蓮華みょうれんじれんげ……!」

「あら、呼び捨てですの?」

「生徒会長ォーッ! い、嫌だなぁ!呼び捨てするわけないじゃないですか、アハハハハ」


 媚びへつらうように笑う俺と、そんな俺を呆れるように見てくるチビ、もう睨んできているとしか思えない鋭い目を向けてくる生徒会長、そしてニヤニヤしている先生。

 この場はカオスだ。座れば最後、俺は虐めに虐め倒されるだろう。そして次の引きこもりが生まれるのです。


「なぁ、好木くん」

「な、なんですか椚木さん。普通に呼ぶなんて明日は雪ですか」

「ベタな返しをするんじゃないですよ。先生と生徒会長はお忙しそうだすよ? ホラ、他の生徒が寄り付かないのもそれに気を遣ってるんだす」

「そんなことは無いぞ。ここは共有スペースだ。別に座りたければ座ればいい」

「せ、先生……っ!」


 正論……! 正しさが人を救うとは限らないんですよ……だから結婚出来ないんだ馬鹿ーっ!


「ほら、先生もそう言っていることですし。お隣良いですか、先生」


 ちょっ、チビ、やめて。せめて生徒会長側に座って。


「いつまでそこに立っているつもりですの、椚木君?」


 ニッコリと、「これが作り笑顔ですよ」という感じの作り笑顔を向けてくる。相対すると沸き上がる負の感情。綾瀬妹には彼女にチクると言ったものの、そんな気分が全く無くなってしまうくらいには、やはり俺はこの女が嫌いだった。

 が、この場でこの女との因縁をほじくり返す気は俺には、そしてこの女にも無いだろう。穏便に済ませるしかない。


「……お隣失礼します、先輩」

「どうぞ」


 内心そうは思っていないだろうが、笑顔で答えてくる生徒会長。クソっ、他の生徒の目と、何より先生がこの場にいなければ……どうこうできる話でもないが。

 隣に腰を下ろすと、生徒会長が使っているのであろう香水の香りが漂ってきた。ムカつく。


 ここは本当に不本意だが向かいのチビと先生を見て癒されるしかない。片やロリ(書類上1歳年下)、片やババア(アラサー)だが……あれ? どっちも美少女、ないしは美人やねんな?

 チビはともかくとして、先生はキツい性格が無ければ普通に美人のお姉さんだ。それも隣のやつと比べれば天と地の差。ああ……このままだと先生ルート(片思い)イっちゃうよぉ……


「やややっ、先生方。もしかしてお召し上がりのそれはスーパービッグ定食です?」


 何っ!? この学食の幻のメニュー、一食2000円もするあの伝説のスーパービッグ定食!?


「ああ、初めて食べたが凄かったぞ」

「今日は爺やがお休みだったので、此方に来てみましたの」


 微笑む先生と、言外に「普段だったらこんな庶民の飯食わねぇよ」と言いたそうな生徒会長。こうして対比にしてみてもやはり先生の株が爆上がりだ。


「凄いです。椚木さんなんてケチですからレギュラー定食くらいしか奢ってくれなかったです」

「あらあら、それはいけませんわね。椚木君、そんなんだからこの子はこんなに育たないのではなくて?」

「そうですよ、椚木さん」


 いや、チビちゃん、お前遠回しに俺のペット扱いされてるからね? 柔和な雰囲気に騙されちゃってるだけだからね?

 そして先生、小さく「普段は私もレギュラーだけどな……」とか死んだ目で呟かないでください! 大方このクソ女に流されたんでしょうけど恥じることなんかじゃありませんよ! 飯代は節約したほうがいい女っぽいですし!


「それに、申し訳程度のご飯大盛りとは」


 表面上は笑顔、だが言葉は完全に侮蔑のそれだ。


「べ、別にいいでしょうがっ!食べ盛りなんです、ご飯大盛り無料なんですぅ!好きなものはごはんアンドごはんなんですぅ!!」

「情けないですわね……」


 思いっくそため息を吐かれた。スーパービッグにレギュラーの苦しみが分かるもんかよ!

 ていうかチビ! お前も大盛りだろ! 何便乗して呆れた目向けてきてんだよ!


「まぁまぁ、そんなに言うことでは無いだろう、蓮華」


 そんな生徒会長を窘める先生……ぽっ。


 なーんて、先生だって自分が普段から食べてる500円定食を馬鹿にされてムッとしていた程度だろうけど、でもこの生徒会長に比べたら月とスッポンだわ。ここに来て先生の評価爆上げかよ。


 が、まぁいい。この状況は地味にチャンスとも言える。


「生徒会長、ちょっと聞きたいことがあるんですけど」

「わたくし、忙しいのだけれど」

「じゃあいいです」


 断られたら即引く、それが俺のポリシーだ。こいつ相手に粘りなんて無い。


「椚木さん、ダサいです」

「うっさい。チビは黙って食べなさい。ちゃんとよく噛むんですよ」

「お母さんですか」

「お父さんです! いや、お父さんでもないよ!」

「忙しい奴だな、お前は……」


 おい、チビのせいで先生にも呆れられちゃったじゃないか!


「全く、うるさくて紅茶も楽しめませんわ」


 そもそも学食で紅茶を嗜むなと言いたい。

 が、自ら席を立ってくれた生徒会長を引き留めるつもりは無い。

 いぃやったぁぁぁぁぁッ! 騒がしくした甲斐があったぜッ! 願ったり叶ったりぃッ! してやったりィィィッ!!!!!


「用件とやらはメールで送りなさい。見るだけ見てあげますわ」


 彼女は、席から立ち、後ろを通り過ぎる、そんな一連の動作の中でそんなことを囁いて去って行った。しっかり俺にしか聞こえない声で。随分と手慣れた動きだ。暗躍とか得意そうだし不思議ではない。


「椚木、お前蓮華と何かあるのか?」


 生徒会長を見送り、先生がそう聞いてきた。


「明らかに仲が悪そうだが」

「別に何もないですよ」


 そう言ってご飯を掻っ込む。誤魔化しきれていない俺に先生は訝し気な表情を浮かべていたが、


「ムググッ!? ご飯が喉に……!?」

「おい、勢いよく食べるからだ。ほら、水を飲め」


 そう言って先生は慌てて自分の水を飲ませる。





 ……チビに。


 なんでお前が掻っ込んでんの?


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