表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/130

第23話 神は言っている、月曜日から本気出すと

 時は過ぎて月曜日、そう何度も遅刻したら本当に笑えないのでしっかりと起きて登校時間に学校に来た。俺の名誉のために言っておくと遅刻なんてもんは滅多にしないのだ。日曜日中にしっかり寝溜めもしたしね。


 日曜日は安息日と呼ばれる。それはこの世界を作った神様が天地創造の際に7日目、つまり日曜日に休んだことからだという。神様でさえ6日稼働したら1日休むのだから、俺のような脆弱な人間も当然休みを必要として然るべきだ。

 ただ日曜日夕方に目を覚ました時の損した感は異常。ただでさえ日曜日の夕方から夜は、月曜日がひたひたと音を立てて近づいてくる魔の時間なのだ。おそらく神様も月曜日から働くと思うと気が滅入っているのだろう、その影響で世間全体が落ち込んでヤバい。そりゃあおばあちゃんも分身しちゃうよ!



「はよー」

「おはよう、鋼」

「おはよっ、くぬぎっち!」


 ああ、またこれから5日間この労働が始まるのかと陰鬱な気分で教室に入ると、既に何人かの生徒と、快人、古藤がいた。古藤は別クラスの人だけどすっかり馴染んでいる。ちゃんとクラスに友達いるんだよね?


「鋼、ちょっといいか?」

「え」


 俺が来るまで古藤と話していたであろう快人がそんなことを言いだした。ヒロインより親友モブを優先すんなよ。

 が、断る理由も無かったので鞄を自席に置いて、快人に促されるまま廊下に出た。呼ばれたのは俺だが古藤も付いてきている。もしかしたら予め話題が共有されているのかもしれない。

 それなら鋼くんも一安心。てっきり快人が腐の道に目覚めてしまったのかと思ってしまったぜ。僕そういう趣味無いからね、マジで。


「紬には話したんだけど、光のことで」

「妹ちゃん?」

「どうも、学校に行きたくないみたいで……」


 お兄ちゃーん!? ようやく気が付いたのか!?


「鋼、最近光と仲良かっただろ? 何か知らないかと思ってさ」


 仲が良いと言われても、快人の知る範囲だと鞄の一件くらいじゃ……と思ったが、普通に毎晩電話をしていることを知っているのかもしれない。……毎晩電話とかいう言葉の不穏さよ。


 さて、どう答えるべきか。綾瀬妹の言葉の端々からは知られたくないという意思を感じていた。

 変態に絡まれた件にしろ、学校で起きているらしい何かにしろ、綾瀬自身に言わせるべきことで、俺が伝えていい話じゃないんじゃないか?

 快人が妹関係でどういう行動力を見せるかは気になるが、綾瀬妹が兄に心を開くきっかけにもなるかもしれないし……


「いや、特には」


 そう嘘をついた。けれども快人がそれに気が付いた様子は無い。


「そっか……」

「でも光ちゃんが不登校なんて信じられないよ」


 そう言うのは古藤。彼女は快人の幼馴染だし、当然妹の方とも面識があるのだろう。彼女の口ぶりでは余程あり得ないことらしい。まぁ、しっかり者の優等生キャラだからな、綾瀬妹は。

 だがしかし、テレビでも「まさかあんな優しい子が犯罪を起こすなんて……」というインタビューがよく流れるもので、身近にいれば見えなくなることも多々あるというのも現実起こり得る。綾瀬妹に限って……という思い込みが思考の幅を狭めてしまうのだ。


「香月に聞いてみたらどうだ? 同じ一年だろ」


 香月というのは陸上部に所属する一年生女子だ。快人のことが好き、以上。つまりまだ明らかになっていない後輩ヒロインである。

 ちなみに香月の名前を出すと古藤の放つ気配が一瞬変わった。これもよくあることだけれども、相手は後輩ですよ。穏やかじゃないですね。


 しかし提案としては悪くないと思うんだよな。変質者問題は既に俺に白羽の矢が立っていて、別の人間を巻き込むのは逆効果だが、学内問題は違う。全貌も明らかになっていないのだから情報は多いに越したことは無いだろう。

 俺も少しは動くつもりだが、解決させるのは快人の方が色々と都合がいい。


「そうだな……でも光とは別クラスみたいだし……」


 そう尻ごみをするお兄ちゃん。確かに同じ学年でも別クラスとなれば一気に事情は変わる。やはりチビクソに頼るしかないか……やだなぁ。


「おはよう。どうしたの、三人揃って廊下に出て」


 そんな首を捻る俺たちにある女生徒が声を掛けてきた。この冷たさも感じさせるヴォイスを持つ女生徒と言えば振り向くまでもなく、


「ああ、鏡花、おはよう」

「……おはよう、桐生さん」

「はよ」


 桐生鏡花でしかない。ほら、こいつが来ると古藤の機嫌が悪くなるから。穏やかじゃないですよ。


「……不思議ね」

「何が?」

「綾瀬君と古藤さんだけだと何も問題無いのに、椚木君が加わると一気に不穏な感じになるわね」

「おい、それ悪口だよな。悪意しかないよな」

「事実よ」

「正しいことを言うことが優しさとは限らないんだよ!」


 朝っぱらからいじられキャラを発揮する俺。うん、桐生との絡みに週末からの変化はない。別にそうしようと示し合わせたわけでは無いが、学校で俺たちが穏やかな会話を交わすなんて、それこそ違和感しか無いし俺としては願ったり叶ったりだ。

 そんな俺たちを快人は「相変わらずだなぁ」と言いたげな顔で見ていたが、何故か古藤は大きい瞳を真ん丸にして驚いたように俺たちを見ていた。


「あの、桐生さん、ちょっといい?」

「どうしたの、古藤さん」

「いいから」

「え、あの、鞄だけ置かせて、ってちょっと押さないで……」


 行ってしまった。

 何だ? 女の戦いか? そういうのは他のヒロインも一緒にやった方がいいんじゃないの?


「何だろう」

「さあ……」


 普段は「この鈍感野郎!」と快人にキレるところであるが、あまりに前兆を挟まな過ぎて俺も困惑している。煽りって大事だわ……

 暫く固まっていた俺達だが、考えても仕方がないことだ。そう思い、取りあえず何か口を開こうとすると、先に快人の方から切り出してきた。


「光はさ、強いやつなんだ」


 突然どうした? と言いたいところだが、快人のどこか寂し気な声色に口を挟める感じではない。


「両親が海外出張に出てから随分経つ。年に何度か帰ってくるとはいえ、俺が中学になってからだから、光が小6の時からそんな生活だろ? 俺には光を守るっていう大義名分があったけど、光はまだ甘えたがる時期だったと思うんだ」


 突然すぎる。こういうのはもっと雰囲気のある場所で話すべきだ。少なくとも始業が近づいて慌ただしくなってきている朝の廊下でする話じゃない。


「でも、光と俺は二人で生活しなくちゃいけなくて、しっかり者にならざるを得なかった。だから……」


 快人はこちらを見てきて、優しく微笑んだ。


「ありがとう、鋼」

「え、何が?」

「光は多分、鋼に気を許してるよな。俺に隠し事だってしてるんだろ?」

「え、え?」


 何コレ? 何で突然こんな話に? どうなってんのよ、スタッフー!?


「でも、それが光のためならいいんだ。少し寂しいけれど、でも、兄貴として我慢も必要だ」


 何かを悟るように寂し気に微笑む快人。こいつ、何処まで知っているんだ? 鈍感系主人公じゃなかったのかよ。前半の会話は演技だったってことか……?


「俺は光のために出来ることをする。それが兄貴ってもんだ。だから鋼。鋼も光を支えてやってほしい。鋼にだったら俺は……」


――コウにだったら俺は


 ズキッと頭に痛みが走った。既視感のある、いや、既聴感と言うべきか、そんなデジャヴが俺の頭に走った。

 やはり、似ている。こいつも、あの子も。でもどうして、どうして同じことをしようとするんだ。


「買い被りすぎだよ」


 俺はそう口を開いていた。


「俺には無理だ」


 だって俺は一度間違えたのだから。一度失敗した。親友に妹のことを託され、それでなおこの腕から零してしまった。そんな俺がまた同じ道を選べるわけがない。間違えると、失敗すると分かっていて背負うことなんて出来ない。


「鋼……?」


 快人はそんな俺を呆然と見ていた。断るわけがないと思っていたのかもしれない。そりゃあ親友キャラとして、主人公の奴隷である俺として断るなんてあり得ない案件だ。主人公の妹を助ける? ああ、素晴らしい名誉じゃないか。親友の面目躍如だ。

 だが、俺に出来るのは精々毎日の電話相手だったり、現状の問題の解決くらい、倒れないように支えてやるくらいのものだ。これでも十分出血大サービスだぞ?


 俺の目的は綾瀬光の社会復帰に他ならない。その後の人生まで背負うなんてのはとても手に余る。


「妹を助けるのは兄貴の役目だろ? それを簡単に人に投げ出してるんじゃねぇよ」


 これが俺の親友キャラとしての答えだった。発破をかけるには、やはりシチュエーションとして微妙ではあるが。


「……ああ、そうだな」


 快人は少し顔を歪めながら言った。が、そこに込められた感情を測ることも出来ないまま、


「ただいまー!」


 古藤と桐生が帰ってきた。それによって空気が軽くなる。

 そうなって初めて俺は、そしておそらく快人も、この場の空気が重く張り詰めていたことに気が付いた。


「何話してたんだ?」


 快人は切り替えるように少しだけトーンを明るくしてそう切り出した。すっかり弛緩した空気に俺は内心安堵した。このまま続いていたら俺たちはどうなってしまっていたんだろう、などという思考も僅かに残しつつ。


「別にー?ね、鏡花ちゃんっ」

「そ、そうね」


 妙にご機嫌な古藤と、少し疲れた様子の桐生。何だか今までとは二人の間の空気が違う?


「じゃあ、私教室戻るねー!」


 俺たちの間に疑問を残しながら、張本人の古藤はあっさりと自分の教室に戻ってしまう。


「何なんだ?」

「さぁ……」


 ご機嫌で戻っていく古藤と、精気を抜かれたようにとぼとぼと教室に入っていく桐生。そんな二人を見比べながら、俺たちは揃って首を傾げた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ