第22話 ご報告
「それじゃあ、ここで。今度は大樹にも会ってあげて」
「ああ……お互い整理が付いたらな。今のままじゃ、きっとお墓の向こうで困惑させちまうから。お前の時みたいに」
「ふふ、そうね。じゃあ椚木君、おやすみ」
そんな会話を交わして桐生は自宅へと入っていった。
時刻は既に20時前、ほぼ丸一日付き合わせてしまったわけだが、何とか無事家まで送り届けることが出来た。
さぁ、俺も帰って寝るかと思い歩き出すと丁度のタイミングでスマホが震えた。ああ、そういえばそういう話だったな。
「もしもし」
『こんばんは、先輩』
「ああ、こんばんは」
表示された名前を一瞬確認をしつつも、抵抗せず電話に出た。電話の向こうでは綾瀬光が、あたかも高貴でお淑やかな女性のような口調でゆっくりと落ち着いた声色を放つ。
ああ、やっぱり電話越しではこっちのモードなんだな。
『今日は月が綺麗ですね』
「生憎曇天だよ、引きこもり」
漱石砲は不発に終わった。天気くらいネットでも見れるだろ、馬鹿!
『それはともかく先輩』
一咳挟んで仕切り直す綾瀬。残念ながらそれはともかくと仕切り直すほどこの話題は本流に乗っていない。
『随分とご機嫌そうですね』
ご機嫌、俺が?
『問題は解決しましたか』
「ああ、おかげさまで」
解決、と言っていいかは分からないが前進……改善はされた。
「お前のおかげだ。ありがとう綾瀬」
『……貸しですから』
そう照れたように言う綾瀬に俺は思わず吹き出してしまう。
『なんですか』
「いやぁ、照れてるのが面白くて」
『照れてませんっ』
「そう照れなくても」
『照れてませんってば!』
ひとしきり笑った後、俺は歩くのを止め、ガードレールに腰を掛ける。
「なぁ綾瀬」
『なんですか……』
「学校来いよ」
帰ってきたのは沈黙だった。
「まだ一週間にもなってない。間が開けば開くほど出づらくなるぞ?」
『分かってますよ、でも……怖くて』
怖いという言葉は真実味を帯びていた。間違いなく本心ではあるだろう。だが、その前の沈黙に
言葉を選ぶような息遣いがあった。
やはり、理由は一つではないのか。
「いいのかよ」
『何がですか』
「お前が来なかったら、そうだな、お前の友人からお前のことを根掘り葉掘り聞き出して丸裸にしてやる。わはははは」
『友達なんて知らないくせに……って、知ってましたね。幽ちゃん知ってましたね』
「幽ちゃん?誰それ」
綾瀬が電話越しに呆れたようにため息をついた。
『好木幽ちゃんです』
「ああ、あいつね。分かる分かる。多分あいつだね」
『それ本当に分かってます?』
「分かってるよ、ほら、あいつだろ。シルエットは浮かんでる」
妙にちっこいシルエットだが、間違いない。
『取りあえず幽ちゃんには箝口令を敷いておきます』
「残念だったな、俺は既にちびっ子の胃袋を掴んでいる」
『なっ、卑怯です!そっか、普段は私がお弁当分けてあげてたから……』
「何、あいつ貧乏なの!?」
だからあんな貧相な体に……かなしみ……今度たらふく食わせてやろう……
「まぁ、ちびっ子のことはどうでもいいんだが、学校に来ないってんなら俺はやるぜ。お前を丸裸にしてやる」
『変態ですか』
「変態おじさんの仲間入りになりたくないなら抗ってみせるんだな! わっはっはっはー」
『不謹慎ですし、セクハラですし、もう色々と最低ですね』
そう言って大きく溜息を吐く綾瀬。電話機越しでノイズに変換された吐息が耳をくすぐる。
『でも、いいでしょう。やってみてください』
そして挑発するようにそんなことを言ってきた。
『先輩は私を支えてくれるんですもんね。だったら、支える為の足場固めくらいはしてもらわないとですから』
ペラペラと得意げに語る綾瀬。やっぱり何か抱えてるんじゃねーか。
「名探偵を舐めるなよ? 俺は頭脳も身体も子供(普通の高校生級)だが脚力にはちっとばかしの自信がある」
『それ関係あります?』
「いざとなったらお前のクラスに乗り込んで一人一人蹴り脅していってやる。キックターゲットやろうぜ、ボールはお前、的は窓な! つって」
『それは絶対にやめてください』
俺だってやりたくないよ? でも急を要されれば決断する必要がある。要するなよ? 絶対要するなよ?
「まぁ、俺のタイガードライブツインシュートが火を噴くことは間違いない」
『一人でツインですか』
「人には足が二本あるからな」
『なんだか相当間抜けなイメージが浮かびました。先輩だけに』
「いや、カッコいいから。滅茶苦茶カッコいいから。お前の勝手なイメージを押し付けるな!」
『人をボールにしている時点で格好良くはないです』
せやな!
「まぁ、いい。お前のクラスメートをボールにするかどうかは今後の展開次第として……」
『絶対やめてください。先輩ならやりかねませんからね』
「俺お前の中でどういう印象なわけ?」
そういやおじさん蹴り飛ばしたわ。数メートル。まぁあの人はボールみたいな体つきだったし、きっとボールと人間のハーフだったんだよ。
「とにかく、今回の件で綾瀬には借りが出来たからな」
『大したことはしていませんよ』
何この子カッコいい。俺が綾瀬の立場だったら相手が恩を感じているのをいいことに強請りたかりの大盤振る舞いだろうに。
『ただ借りだと思っているなら、そうですね。私のことは光と名前で呼んでいただければそれでいいですよ』
「却下だ」
『えっ!』
ハハハハハ! ヴァ~カめぇい! そんなんで釣られるのはラブコメ主人公くらいだ。俺は親友モブを自称する男。そしてゆくゆくはベストフレンドアワード金賞を受賞する男だ! おいそれと親密度アップイベントを回収するような尻軽と思われては困る。しかも名前呼びはお前の兄貴の専売特許だから。好感度に関わらず名前呼びする快人には敵わないね。
いいか、綾瀬妹、親友キャラとは大木よ。メインキャラ達が安心して帰ってこれるようにどっしりと構えて居なければならない。それが友達ってもんだ……
「お前への借りの返し方はもうとっくに決めてるからな」
『それは……先輩に出来ることはありませんよ』
「それを決めるのはお前じゃねえ」
『先輩……』
「俺でもねぇ」
『先輩!?』
「あれ? じゃあ誰なんだ?」
『聞かれても困ります!』
うーん、誰になるんだろ。第一俺と綾瀬は学年すら違うし介入するには限度がある。もっと近しい距離の間柄じゃないと……ゆうたは却下、そんなポテンシャルは無いし、出てきても速攻乙るが必然。BC待機でどうぞ。
「先生とか……」
『先生に言いつけるなんて最低ですよ』
「生徒会長とか……」
『それは、飛躍し過ぎじゃないですかね』
僅かに言葉を詰まらせる綾瀬。ああ、これはジャッジメントだわ。はいはい、生徒会長はマズい感じね。
「よし、生徒会長にチクる。なぁに、綾瀬兄妹のためだと言えば喜んで協力してくれるだろう。俺はあの人苦手だけど、良かれと思って!」
『本当にやめてください』
「嫌なら学校に来るんだな」
『それは……』
「まぁ俺もすぐには動けないだろうし、存分に悩みたまえ。どんどん来づらくなるだろうけど、まぁ少し早い夏休みみたいなもんだ。夏休みにしっかりと出勤して取り戻せばいい。一応、俺はもう補習が決まっている身だしな、遅れを取り戻すのには付き合ってやるよ」
補習のシステムはよく知らないが、行き返りくらいなら付き合ってやらなくもない。それって遅れを取り戻すのには付き合ってなくない?はい、論破。俺、速攻で自分に論破されるの巻。
「てな感じだ。まぁ、大船に乗った気でいるんだな」
『不安が大きすぎますが……』
「それも含めて楽しもう!」
『なんかもう滅茶苦茶ですね』
いよいよ呆れられてしまった。やれやれ……っといけねぇや。やれやれって言うと主人公指数が上がるらしい。さっきの発言はカットビングな、編集!
「というわけで犯行予告はしたからな、覚悟しとけよ」
『……考えておきます』
少し機嫌を損ねただろうか。まぁ、いいさ。
「じゃ、そろそろ切る」
『はい、おやすみなさい先輩』
「おお、おやすみ」
電話を切る切り出し方っていつも迷うが、特に反対もされなかったのでそのまま切った。
これってコミュ障ということなのでしょうか。教えてチエリアン。
「帰ろ」
今日は色々と疲れたが、足取りは軽い。きっと明日が日曜日だからだろう。
昼まで寝ようと決意を固め、俺はようやく家路についた。
Twitterつくりました。
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更新できない言い訳くらいしかネタが無いので使用頻度不明ですが、よろしくお願いします。




