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【追想.1】始まりの記憶

ファンタジー要素強めなので苦手な方はご注意くださいませ。

くらめ。

 “俺”は戦いの中で始まった。


 気が付けば暗い闇に包まれた戦場に立っていて、一人の敵と相対していた。黒い霧のような奴だ。


『なっ、何をした貴様!』


 黒い霧が動揺したように問いかけてくる。


『貴様は自身の希望と絶望に精神を殺された筈だ!!』


 こんな突然の状況にありながら、意外と俺は現状を理解出来ていた。


 まず、目の前のこいつが敵であるということ。精神攻撃を得意とし、俺の精神を磨り潰そうとしてきたようだ。


 次に、自分が勇者だということ。自分の名前は思い出せないが、目の前の敵を倒すという認識は脳に強く焼き付いていた。


 そして、俺が記憶を失ったこと。そして記憶が無い理由は、俺が自分で自分の記憶を消したかららしい。


 ただ、そんな分析は今はどうでもよかった。目の前の敵を殺せるのならそれで。


 次の瞬間には、俺は特別な感情も無く、身体が動くがままに剣を振るい、魔力を流し、黒い霧を消滅させていた。




 周囲を覆っていた暗闇が晴れ、3人の男女が駆け寄ってくる。それぞれ口々に、クヌギだの、コウだのと言っていた。

 そんな彼らをボーっと見返していると、訝しんだ鎧姿の男が「どうした」と聞いてきたので、「記憶を無くした。お前たちは誰だ」と伝えた。


 すると彼らは動揺したようだったが、俺のことを慮って色々と教えてくれた。

 

 俺はクヌギコウという名前らしい。俺は記憶を失う2年前に異世界から召喚され、勇者になったのだと、そして彼らはそんな俺を支えるために旅に付いてきた仲間であるという。


 彼らに渡された俺の所持品だったという物の中に薄汚れたノートがあった。

 そこに日本語で書かれた椚木鋼という漢字を見て、俺は自分の名前の書き方を知った。周囲の人間は誰も読めない、書けない日本語を特に意識もせず文章を読み解き、また書けたことが自分が異世界から来たのだという裏付けにもなる。

 何故、俺が日本語というものを忘れていないのかということはあまり気にしなかった。思考できる、会話ができ、また常識が残っていることに不便さは無い。



 ノートの中身は俺の日記のようだった。


 どうやら、この世界は俺にとって地獄らしい。

 両親を人質に取られ、従うしかなかったということ。痛みになれさせるという名目の中で拷問にも近い扱きの中で死に物狂いで力を、技術を手に入れていったということ。異常者からは犯され、勇者の加護によって死なないことをいいことに様々な実験体にさせられたこと。そういった恨み苦しみが震える文字で書き綴られている。


 それでも逃げ出さなかったのは、いつの日か元の世界に帰るため。元の世界は平和で幸せな場所で、家族をそこに連れ帰るのだと。勇者として戦うのはそのためだったらしい。まるで自身に呪いをかけるように繰り返し書かれていた。



 なるほど、これがあの黒い霧が言った、「絶望」と「希望」だったようだ。俺は記憶を失いすっかり空っぽになった頭で他人事のように考えていた。

 おそらく、俺はそう思うことで精神の均衡を保っていたのだろう。なんとか、かなりギリギリのところで。だから、あの敵によって希望と絶望が自らに対して牙を立てた時、あっさり手放した。元よりそれらを手放して全てを諦める機会を探していたのかもしれない。


 それが簡単に理解できるということは、やはり俺がここに書かれた椚木鋼なのだろう。



 だが、それを知ったとしても俺に実感は無く、どうにも他人事のようにしか感じられない。俺の中に残っていたのは勇者としての使命だけだった。


 俺が勇者であれば、俺の両親とやらは助かるのだろう。もう覚えてもいない元の世界に帰れるのだろう。記憶を失ったことを話した上で付いてきてくれる、アレクシオンという男と、エレナという女、そしてブラッドという男……仲間たちは守れるのだろう。


 だから、戦った。俺を使い潰そうとしているという王国に従って。

 アレクシオンとエレナはそんな俺を心配していて、ブラッドは時々俺を哀れむように見ていたけれど、それもどうでもよかった。


 俺が勇者で、敵を殺すのが使命だというのが俺に残された全てだったから。他の記憶は消えてもこれだけ残ったのは、勇者に与えられた加護によるものだったのかもしれない。


 地獄の訓練とやらの記憶が消し飛んでいても、身体が覚えているのか勝手に動いて敵を殺してくれる。だから余計なことも考える必要は無く、俺は勇者なのだからそれで正しいと思っていた。



 1年後、一人の少年に会うまでは。

 彼と、その家族と、彼の恋人と、そして仲間たちと過ごすことで感情を手に入れるまでは。





 そして俺は、再び希望と、絶望を知ることになる。







 今、俺は異世界の過去に封をし、かつて自分が生まれたという世界でただただ命を消費している。

 異世界の記憶から目を逸らし、失った友に似た雰囲気を持つ少年に主人公という夢を押し付け、自らを脇役と、舞台装置と定義付けることで、心の平穏を保ちながら無様に生き続けている。


 それでも、過去は俺を逃すまいと、度々姿を現しては言うのだ。


「お前は罪を犯した。決して逃れることは出来ない。誰も幸せにすることは出来ない」と。



 俺は怖い。

 かつて失った記憶を思い出すのも、異世界の過去に向き合うのも、このまま全てを忘れて生きるのも。


 けれども、愚かにもこうも思ってしまう。

 思い出した先に希望があるんじゃないか。異世界こそが自分のいるべき場所なんじゃないか。全てを忘れてしまえば俺はこの苦しみから解放されるんじゃないか。


 そんな思いが度々生まれては俺を蝕む。




 ああ、いっそ。いっそのこと、壊れてしまえばいいのに。


 こんな欲張りで、愚かで、臆病な自分など。

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