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第21話 体が心を覚えている

 気まずい。ああ、気まずい。


 桐生は俺を動揺したように見つめて何も言わないし、俺もここからどうしていいか分からない。先ほどまで威勢よく吠えていたチャラ尾君も今は白目を剥いて気絶している。桐生の彼氏を自称するようなストーカー野郎だが、その煩さも恋しくなるほどにこの沈黙は痛かった。


 とはいえ、いつまでもこうしているわけにはいかず、奪ったナイフを畳んでポケットにしまう。、簡単に凶器を振り回すような危険人物には持たせていられないし、これは俺が然るべき手段で廃棄させてもらう。


「……そろそろ帰ろう」


 既に日が落ち始め、小学校や家の方に行く余裕は無くなっていた。

 

「そうね……」


 桐生は頷いて歩き出す。俺はそんな桐生に先導を任せ、チャラ尾君を道路の端に寄せた後、5歩ほど後ろをついて歩いていた。

 桐生の足取りは考え事をしているかのように覚束ない。そんな桐生になんと声をかけるべきか、そもそもかけるべきではないのではないか、などとぐだぐだ思い悩んでいる内に、あっという間に駅に着いてしまった。


 そのまま会話のきっかけも掴めないまま、明桜町方面の電車に乗り込む。車両には他に客がおらず、俺がドアの対面の角に腰を下ろすと、桐生は俺の反対側に向かい合うように座った。

 沈黙が重い。桐生はずっと俯いて手元を見ているし、俺も相変わらず頭の中で情けない葛藤を重ねていた。


 俯く桐生を見ていると、俺の中で罪悪感と自身への嫌悪感が沸き上がってきてじわじわと精神が蝕まれていくようだった。どうしても、彼女の世界と俺の世界が違うことを思い知らされる。

 刺さなかったから良かった、では無いのだろう。桐生にとっては。


 俺は何も動くことが出来ないまま時間だけが経過していく。


 ああ、きっとこのまま終わるのだろう。そう諦念さえ浮かび始めた時、



「ごめんなさい」


 突然、桐生がそう呟いた。


「……え?」

「ごめんなさい。ずっと黙っていて」

「何、言ってんだ」

「少し整理が付かなかったの。ずっと考え事をしてきっと気を遣わせたわ」


 そう言った桐生はもういつも通りの桐生だった。少なくとも俺に怯えたような態度は無かった。


「お前、俺に……怯えてたんじゃないのか?」

「は? どうしてよ」

「いや、その、あの男にナイフ突き刺そうとしてたし……」

「ああ……確かに驚いたけれど、でも別に貴方は彼を刺しはしなかったし」


 さも当然のようにそう言う桐生。


「あのままナイフを突き刺していたら流石に警察に突き出すしかなかったけれど……むしろ、守ってくれてありがとう」

「お、おう……」


 何故、そんなことを言えるのか。それが分からずに俺はただ頷くしかなかった。

 桐生は俺をじっと見つめてきて、何かを躊躇うように口を開いては閉じる、を数度繰り返した後、腫れ物に触れるかのように丁寧に言葉を紡いだ。


「聞きたいのだけれど、あの動きは、彼にナイフを突き立てようとした動きは、無意識なものだったんじゃないの?」


 一瞬、彼女が言った言葉が理解できずに固まってしまったが、頭に内容が入ってくると、今度は別の感情が沸き上がってきて、思わず目を逸らした。


「どうしてそう思う」

「まるで貴方の右手が勝手に動いたように見えたから。そして、貴方はその右手を左手で必死に止めていたわよね」

「それが本当なら俺は無意識の内に人を殺そうとするやつだってことだな」


 本当はこんなことを言いたいわけじゃないのに。上手いこと誤魔化したい筈なのに。出てきたのは自分を卑下するような言葉だった。


「きっと、何か理由があるんでしょう?」

「……」

「別にそれが何か無理に聞き出そうとは思わないわ。つらいのは、表情を見れば分かるから」


 言葉を選びながら、俺に気を遣いながら、桐生は優しく言葉を紡いでいく。


「でもね、きっと無意識の行動の中に貴方の記憶の手がかりがあるのよ」

「手がかり?」

「ええ。貴方はやっぱりかつての鋼君に似ているわ」

「突然なんだよ」

「今の貴方は誰かに教えられて演じている全くの作りものなのかしら」

「……いや」


 何となく……何となくだ。記憶を失う前の俺のことは人伝で少ししか知らない。

 それでも記憶を失ってから、少しずつ感情を取り戻して行ったのが今の俺だ。誰かに指示されたことではない。普段は意図的に明るく努めていたりいつつも、ベースがあってその延長に自分がいるのは何となくだが分かる。


「きっと貴方の体が覚えているのよ、記憶を失う前の貴方をね」

「そんなこと……」


 ……あるのかもしれない。

 桐生には言えないが、丸尾初男を殺しかけたあの無意識の動きは、俺が記憶を失ったことで身に付いた呪いのようなものだ。

 だから、桐生が言うように、桐生の知る椚木鋼の記憶が体に染みつき感情の形成に影響していたということもあり得ないことでは無いのかもしれない。……そんな風に考えたことも無かった。


「でもどうしてそう思ったんだ?」

「だって貴方は私を呼んだでしょう? キキって」

「へ?」


 キキ? そう俺が呼んだのか?


「キキってなんだ?」

「ほら、無意識じゃない」


 そう言って嬉しそうに笑う桐生。そんな姿にただただ困惑してしまう。


「どういうことだ?」

「キキって、私のあだ名なの」


 キキが、桐生の、あだ名?


「きりゅう、きょうかの頭文字を取ってキキ。付けたのは貴方なのよ?」

「そうなのか」

「当時は少し嫌だったのよ。あだ名で呼ばれるというのは少し恥ずかしかったし、私犬派だし」

「キキってそのキキ!?」

「実際呼んでいたのは貴方くらいだったけれどね」

 

 桐生はそう懐かしむように微笑む。

 キキとは……幼い俺、好きだったんだなぁ。俺もあれはいいと思う。


「それを俺も気が付かない内に呼んでたってのか」

「ええ。その直後にチャラ尾が割り込んできたから有耶無耶になりかけたけど」


 チャラ尾……余計なことしかしてないじゃん。

 でも、無意識の行動と記憶が関係しているという気付きのきっかけがチャラ尾だと思うと……何とも言い難い。


 しかし、無意識の内にあだ名で呼んでいた、と指摘されると何だか恥ずかしいなあ。


「もっといいあだ名とか無かったのか。きりゅうきょうかの頭と最後を取って、キリカとか。ほら、何かぽくない?主人公っぽくない?女版感無い?」

「何言ってるの?」

「いや俺も分かんないけど」


 本当に何を言っているんだろう、俺は。


 ただ、胸に渦巻いていたもやもやは晴れていた。

 多分桐生は、あのナイフを扱う動きから、俺の無意識の中に隠れた異常も感じ取っているはずだ。そして、俺の態度からその異常について俺が何かしらを隠していることも、きっと気が付いている。

 しかしそれを追及はしてこない。気を遣っているとか、怯えているとは違う……多分、待ってくれているのだ。俺が桐生にそれを伝えるのを。


 それが、何だか嬉しかった。過去を伝えるのは怖くて、とても口には出来そうにないけれど、それでも桐生は俺を受け入れようとしてくれている。それが、嬉しいんだ、俺は。なんとも身勝手ではあるが。


 そんな風に思いつつも、感情を見せるのが恥ずかしくて、俺は彼女から目を逸らし、意図的にからかうような声色を作った。


「しっかし、キキねぇ」

「何よ」

「似合わねぇなぁって思ってさ」

「貴方が付けたんじゃない」

「記憶にございませんなぁ」


 そんなくだらない、ある意味不謹慎なジョークを言いながらも、俺たちはどちらからでもなく笑いあっていた。

 

 一日使って得た収穫はほんの少しだけ。

 でも、俺にとっては大きな一日だった。こうして笑い合っていることがどれだけ救いになっているか、きっと彼女は知らないだろうし、それでいい。


 それから明桜町に帰るまで俺たちは色々と話した。桐生が読んでいる本の話、俺が見つけたニュースの話、授業の話、天気の話・・・電車を乗り換え、混み具合に合わせて、立ちながらであったり、並んで座ったりと距離を変えつつ、どうでもいい話をして時間を潰した。

 これが小説だったらダイジェストで飛ばされるようなドラマ性の無い内容ばかりだ。


 ただ、これが小説の様に飛ばしてしまえなくてよかったと心から思う。

 


 この時間を飛ばしてしまうなんて、それこそ勿体ないというものだ。

桐生編はこれにて終了です!(編とかあったかは不明)

話を纏めるのは難しいですね。四回くらいいちから書き直してます。もうあたまおかしくなりそ。

その内修正するかもしれない候補ナンバーワン。

でも投稿しちゃう。びくんびくん。



さて、唐突な次回予告です!!!!!!!!

紹介する場面が無かったので次回は閑話をいれます。そろそろやってもいいでしょう、、、

唐突なぶっこみというやつなので、飛ばして頂いてもいいかもしれませんネ。


ちなみに、今回と閑話でMP根こそぎ奪われました。マダンテ級です。効果はメガンテです。


今後ともよろしくお願いいたします。

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