第20話 地獄の番犬、現る!
「俺は……俺は桐生の彼氏だコノヤロー! 」
「マジか」
チャラ男君の言葉に俺は驚いて、そんなリアクションしか出来なかった。
びっくり仰天だ。まさか桐生に彼氏がいたとは。桐生はぼっちだと……と、これも思い込みか。桐生みたいな堅物っぽいキャラには彼氏がいないというステレオタイプだ。
しかし、これと付き合っているとは桐生、リアルヤンキー君とメガネちゃんだな。桐生はメガネ掛けていないけど。
が、肝心の桐生が反応しない。彼女は相変わらず固まって俺を見ていたが、説明を求めるように視線を向けると、はっと気が付いたように、俺と、俺に掴みかかっているチャラ男を見た。
「……どちら様?」
「えええええええええええええええええ!?」
桐生の言葉に思わず絶叫する俺。
「お前の彼氏だろ!?」
「は? 違うわよ」
「ちょ、別に照れなくてもいいって。そりゃあ彼氏さんに他の男と二人きりのところを見られてとぼけたくなるのは分かるけど、とぼける相手が違うというか」
ねぇ、彼氏さんとチャラ男さんに目を向けると、チャラ男は呆然と桐生を見ていた。
「俺が……俺が分からないのか!?」
「知らないわよ。行きましょう、椚木君」
「待てよ桐生! 俺だよ、俺!」
「何、オレオレ詐欺? 新手のナンパにしては手口が古いわね」
冷たくあしらう桐生と、焦った様子のチャラ男さん。何コレ痴話喧嘩?
「あの……俺、席外そうか?」
「椚木君、何に気を遣っているのか分からないけれど、私に彼氏はいないわよ」
「いや、でもこの人が彼氏だって……え、違うの?」
プチパニックになる俺。
だが……桐生とチャラ男、食い違う二人のどちらを信じるかと言われれば……
「じゃあ、アンタ何だ?」
当然桐生を信じる。
すっかり手の緩んでいたチャラ男から離れ、桐生を背中に庇う。自称彼氏なんてのが現れたんだ、普通に考えてキモい。怖い。この世界にはキモい奴が多すぎる!
「俺だよ、丸尾だよ!」
丸尾?
「嘘つけ! お前丸尾って見た目じゃねぇだろ!ぐるぐるメガネを掛けてどんぶりみたいな髪型にして口調を『ズバリ! ホニャララでしょう!』に変えてから出直してこい!!」
「その丸尾じゃねぇ!」
「おい、こいつやべぇよ。アイデンティティ崩壊しちゃってるよ」
丸尾君、荒れる。今年一番の事件である。後半へ続く。
「丸尾……?そんな人がどこかにいたような……いなかったような……」
「じゃあいなかったんじゃね」
「そうね」
「いや、いるから! ここにいるから!」
随分ツッコミ性能の高いチャラい丸尾、チャラ尾である。
「桐生、本当に覚えていないのかよ、ほら、合気道教室で一緒だった丸尾だよ! 小学校同じクラスだった丸尾初男だよ!」
「名前もニアピンっ!?」
「お前は黙ってろ!」
「いや、これは黙ってられないわ。ちょっとキツイわ。お前絶対誕生日1月1日だろ。お医者さんに元旦から仕事させた口だろ」
「な、なんで分かるんだよ!」
「ズバリお前が丸尾で初男だからでしょう!」
「椚木君、貴方が丸尾くんになっているわ」
危ない、取り込まれるところだった。
しかしこれまた随分と濃い奴が現れたものである。
いや、インチキおじさんが登場しなかっただけマシだ。ポジティブに行こう。
「くっそぉ、馬鹿にするんじゃねぇ!」
「ああ……確かに丸尾っていう子がいたかもしれないわ」
「本当に? 絶対? 神に誓える?」
「そう言われると自信は無いわ……」
「お前は黙ってろ!」
怒る丸尾君。ズバリ、トランキーロでしょう。
「それで、その丸尾君が一体何の用かしら? 私たち忙しいのだけれど」
そう、俺たちオクパードなの……ん?
何故か『たち』を強調する桐生。あ、もしやこいつ俺をしっかり巻き込もうとしてやがるな。
「き、桐生……さっきからその男なんなんだよっ」
そして見事に誘導されたチャラ尾君。彼氏を自称するようなヤバい奴だ。そんな奴に睨まれたら……なんでかな、笑いがこみ上げてきた。
「彼氏よ」
「ぶっ!」
「なっ!?」
思わず吹き出す俺に、絶句するチャラ尾くん。
こいつ巻き込むどころじゃねぇ! 完全にカカシ役にするつもりだ!
「何言ってんだよ桐生! 違うから、付き合ってないから!」
「付き合っているということにして上手く誤魔化した方がいいでしょう?」
「付き合ってるっていう嘘がもう上手くねぇんだよ! 相手はお前の彼氏を名乗るようなヤバい奴だぞ!? ヘイト稼いでどうすんだよ!」
「そこは上手いことやりなさい」
「丸投げ!?」
「イチャイチャしてんじゃねえええええええええええ!」
わっ、突然叫びだしたぞこの人!
「桐生……俺は、俺はずっとお前を見てきた。お前と一緒に居たくて合気道も始めたし、ずっとお前のこと……」
「やだ、怖いわ、この人ストーカーよ」
「煽るなよ! 泣いてんじゃん!」
流石にちょっと可哀想! 同年代の男に泣かれるとただただ気まずいんだね……
少なくとも自称彼氏感はゼロになった。今ではもう哀れな片想いをこじらせて荒れた元学級委員である。
「あの、ほら、涙拭きなよ。あれ嘘だから。付き合ってないから俺たち……あ、ごめん、レシートしかなかったからこれで」
ティッシュもハンカチも持ち合わせていなかったので、今朝のコンビニのレシートを差し出した。
「てめぇ舐めてんのか……俺を地獄の番犬、丸尾初男だって分かってやってんだろうなぁ!?」
なんか恥ずかしい二つ名持ってる系の人だった! でもよくよく見ればヤンキーっぽい見た目しているしそういう感じの人なのかもしれない。
「ああ」
ポン、と納得したように手を叩く桐生。
「思い出した。泣き虫の丸尾君ね。確かに同じクラスにいたわ」
「マジか。このタイミングで思い出すのか」
「椚木君、貴方とも同じクラスだったわよ」
「マジか!?」
衝撃! まさかの元クラスメート!?
「椚木……!? お前、椚木鋼か!?」
「アッハイ」
一方的に知られている恐怖と痛みを教えられた僕。
なんか怖いわぁ。
「また俺の邪魔をするのかよ、てめぇは!」
ちょっ、なんか怒ってるんですけどっ!? さっきから? せやな!
「多分だけど彼、私のことが好きだったのよ」
「結構平然と言っちゃうね、君!?」
「当時の丸尾君は教室の隅で大人しく本読んでいる感じの子だったし、同じく気弱で交友関係の狭い私に共感していたのかも」
冷静に分析しないで! チャラ尾君が可哀想だから!
「確かに合気道教室にも来ていたわね」
「それは結構ちゃんとした接点じゃない?」
「だって見た目あんなのじゃなかったもの」
そう言ってチャラ尾君を指差す桐生。確かにあんな金髪で穴だらけの小学生いたら怖いよなぁ。
「だってさ、チャラ尾君。ほら、桐生も君のことを思い出したみたいだし一旦落ち着こう。な?」
「ふざけんな椚木……俺はずっとお前のことが嫌いだったんだ!」
「ええっ!?」
ショックだ!……嘘、あまり実感無い。記憶無いですしね、うん。
「おい桐生……今すぐ椚木から離れろ。そうすれば許してやるよ……」
ドスの効いた声でそう脅してくるチャラ尾君。なんかもうターゲット完全に俺じゃん! 一体俺これからどうなっちゃうの!?
「どうしたのよ、まるおくん。あなたそんなんじゃなかったじゃない」
棒読みっ!!!!
「俺はもう昔の泣き虫丸尾じゃねぇ……地獄の番犬、マルティーニ・ジョーだ!」
「ちょっと待って! 追い付かない!」
マルティーニ・ジョー!?
怖いを通り越して何かもう俺の方が恥ずかしくなってきちゃったよ!
丸尾→マルティーニ、初男→ジョーという感じの、多分黄金の風的なアレだと思われる、と冷静に分析したらしたでヤバい。
見れば桐生も何とも言えない顔をしていた。忘れていたとはいえかつての知り合いで、ビフォーを知った上でのこのアフターを見ればこんな反応になるのかもしれない。また匠やっちゃいましたね。
「ぶっ殺してやる!」
物騒なセリフと共に折りたたみナイフを取り出すチャラ尾。
いや、それは駄目だろ。
「お、落ち着け! それはシャレになってない!」
「うるせぇ! 桐生を置いていくなら見逃してやるよ……桐生、お前は俺の女になるんだ!」
お前、出てくる世界観間違ってるよ! 血を血で洗うアウトなレイジな作品の方が水が合うと思うよ!? ほら、合気道が使えるなんて珍しいし……
「ちょっと、まずいんじゃない……?」
「いや、まずいよ! 聞かなくても分かるだろ!」
桐生は俺を盾にして委縮していた。合気道有段者っ!
「うわあああああああ!」
悲鳴に似た怒号を上げながらチャラティーニがナイフを振り下ろしてきた。
俺は咄嗟にポケットから、桐生のタグを切るために購入したハサミを取り出し、持ち手の部分でナイフを挟んで止める。
「なっ!?」
「刃物は人に向けるなってママから教わってないのかい」
やってることは真剣白刃取り的なアレだが、気分はイタリアンマフィア。今日の俺は紳士的だ。しっかりとハサミの刃の部分を持つという模範生でもある。
しかし危ないな。普通にぼけーっとしたら切られてましたよ。
「ふっざけんな!」
「だから、シャレになってないって」
ナイフを引き、今度は突いてくる地獄の番犬。俺は冷静にナイフの軌道にハサミの持ち手の穴を合わせ、潜らせて止める。いい感じに嵌まったので捻ってやると地獄の番犬はあっさりとナイフを離した。止められると思っていなかったというのと握りが甘かったというのがあると思うが、呆気ない。
持ち手が離れ、ハサミから滑り落ちていくナイフを俺は地面に落ちる前に右手で拾い、呆然とする野郎の首を左手で掴んで倒す。
「ぐげっ!?」
「汚ぇな」
肺の息が吐き出されるのと同時に大量の唾液が飛んできた。顔にかかって気持ち悪い。
が、それに気を取られてしまった。俺の右手はその間に反射ともいえる早さでナイフを回して逆手に持ち替え、そのまま野郎の顔面に突き立てようとし、
「っぶねぇ……」
左手で右手を叩くことで寸でのところで何とか止めた。何やってんの俺の脊髄。
「ひぃ……!」
ほら、怯えちゃってるよチャラ尾君。下手したら大惨事だった。
「なーんちゃって」
そう笑顔を向けて誤魔化そうとするが、俺を見てチャラ尾君は白目を剥いて気絶してしまった。
あれれ、おかしいぞ。などと首を傾げる俺であったが、
「椚木君……?」
背後から、おずおずと声を掛けられた。
それは当然桐生のもので、振り向くと彼女は呆気にとられたように、そしてどこか訝しむように俺を見てきている。
これは俺やっちゃいました……?
日はすっかり傾き、辺りは夕焼けに包まれていた。




