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第1話 俺の名前は綾瀬快人

「遅刻だああああああああああああああああ!?」


 朝! 8時30分!

 とっくに始業時間を回っている。そんな中で俺は全速力で通学路を走っていた。


 勿論、口には食パンを咥えて……いたが、走る邪魔でしかないのでビニール袋に入れて鞄に突っ込んだ。

 遅刻遅刻~♪ なんてつくづくフィクションの中だけだと実感する。そんな呑気なこと考えている余裕なんてないっての! あったらサボってるわボケ!


 目の前にいない誰かに向かってそう呪いの言葉を吐きながらも走り続け……てはいられず、立ち止まる。


「はぁ……ぜぇ……うぇっ」


 疲労困憊による吐き気にえづきながら、電柱に片手で寄りかかって息を整えようとする俺。


「みじゅ……みじゅをくれぇ……」


 そう言いながら鞄からペットボトルを取り出し飲んだ。自分を救えるのはいつだって自分だけなんだ。


「サボろっかな」


 水を飲み、文字通り、学校に行く気に水を差された俺は冷静になった頭でそう考え至る。

 

 大丈夫大丈夫、一日くらい。

 俺の中の悪魔がそう囁いた。

 

 走ったら駄目よ。車が飛び出してきて危ないから。今日は家でゆっくりしましょ。

 俺の中の天使がそう警告を鳴らした。

 

 あれ、意見纏まってんじゃん!


「サボろ」


 そう思ってしまえば一気に気分が晴れた。

 そもそも久しぶりに悪夢を見たせいで、2時間ほどベッドに座ったままアンニュイな気分になっていたのだ。今日の俺は調子が悪い。

 寝汗がまるでおちっこの如く布団をぐっしょりと濡らしていたので、もしもお母さんがいれば見事に有罪判決となっていただろう。孤独に感謝を。


 そんなわけで、サボりとオネショのダブルパンチも母がいない俺にとっては見事に無罪となる。

 勝てない勝負はしない主義のこの俺、椚木鋼くぬぎこうではあるが無罪であれば心に枷を抱える必要は無い。サボりでもオネショでもなんでもござれの大判振舞いだ。


 そんなわけで晴れて自由の身となった。

 今日はクールにクーラーの効いた図書館にでも行って理解も出来ない学問書を読んでそれっぽい空気を出していよーっと。


 そう考えた矢先だった。


「キャアアアアアアアアアアア!」


 悲鳴が聞こえた。


「え」


 嘘やろ、その四文字(ひらがな換算)が頭に浮かぶ。


「嘘やろ」


 口からも出た。それほどまでにこの状況は不自然だ。あり得ない、こんな漫画みたいな展開は。

 こういうのは俺みたいなモブキャラではなく、主人公に訪れるべきイベントだろ!?


 しかし無情にも、固まっていた俺の前に、右手側の路地裏から一人の少女が飛び出してきた。


 美少女だ。普通に美少女だ。恐怖に染まった表情をしているけど美少女だ。

 これはおそらくあれだな。美少女が不良に付け狙われていて、それをモブが助けることで主人公に成り上がるという昇格イベントだ。

 モブを粛々とやる俺に対する神様からのご褒美かもしれない。ただ、それでこの子がつらい思いをしているのだから、神ってやっぱりクソだわ。死人転生させている暇があったら生きてる人間を守ってくれよバカアホオタンチン!


 が、すまん少女よ。俺は喧嘩はしないことにしているのだ。それにモブからの昇格もノーセンキューである。

 

 だが、見捨てるというのもどうにも目覚めが悪い。目覚めが悪いのは悪夢を見た時くらいで十分だ。


 なので、ここはこれまたベタではあるが「お巡りさんこっちです」作戦を使わせてもらうこととしよう。

 方法は簡単。思いを込めて110番をコール。後は現在地と状況を報告するだけ。

 なぁに、彼女は美少女だし、ここは平和の国ニッポン。警察が来るまでの間に迅速に気絶させられ、拉致られこまされるなんてことはあるまい。奴隷商人相手じゃあるまいし。


 そんな風に呑気に思っていた俺ではあるが、少女はのんびりしているわけにもいかない。

 少女は路地裏から飛び出しそのままの勢いで曲がろうとして、足をもつれさせて転んでしまった。なんとベタな……

 そしてすぐに路地裏からドタドタと足音がした。どうやら相手は一人のようだ。響いてくる音から体重重めの人間だということは分かった。


 うーん、この程度の速度ならそう焦らずとも逃げられたんじゃ?


 そう思う俺の前に、そいつは現れた。





「美少女ちゅわぁ~ん! 待っとぅぇ~ん!」

「うぎゃあああああああああああああああああああああ!!?」

「ぎゃひっ!?」


 見るもおぞましいものが姿を現し、俺は反射的にそれを蹴り飛ばした。

 全裸のおじさんだった。情景描写をすることさえ憚られる、僅かでも同じ空間にいたことを後悔するようなおじさんだった。

 こういう時はヤンキーだろ! なんで露出狂なんだよ! R-15にするつもりか!? 健全なんだよこの世界は!


 予測外の事態に思わず、もう振るわないと誓った暴力をあっさり解禁した俺は、この変態相手には「お巡りさんこっちです」作戦は通用しないと判断し、「お巡りさんこいつです」作戦へと切り替える。

 手順は変わらない。ただ、必死さが1200パーセント増しだ。1200パーセント勇気。震えるな。コールするだけだ……そう、後は勇気だけだ!


「あ、あの」

「加速装置っ!」


 この時は咄嗟の俺も光の速さになっちまいましたよ、マジで(体感)。

 反射的に手近な電柱に体を隠す。間違いない、ちゃんとは見ていないが俺に声をかけてきたのは変態おじさんに狙われていた美少女だ。顔を見ていないがはっきりと分かる。他に人いないし。


「えっ!? あ、あの、私、お礼を」


 困惑する美少女の声。

 お礼? ああ、そうか。そうだね。それが自然な流れだネ。


 自分を助けてくれたヒーロー。ヤンキー相手では無かったが、ある意味それよりよっぽど恐ろしい中年にして露出狂という変態からワンパン(蹴り)で救い出してもらったのだからお礼くらいするよネ。


 だが、俺はヒーローではないので電柱に隠れたまま、言い放ってやった。


「名乗るほどの者じゃない」

「あの、まだ聞いてないです」


 おっと先走ったようだ。


 だがこの美少女、意外にもしっかりツッコミを入れてきやがる。つい先ほどまで変態に追い回されていたと思えない胆力だ。


「その調子なら大丈夫そうだねっ」

「そんなこと、今も足が震えて……」

「大丈夫、僕もだから」


 俺はそう言って電柱の陰から片足を出し、ぷらんぷらんと振った。

 それに対する少女の視線が思ったよりもきつい。ちょっとしたジョークなのに。


「そ、それじゃあ、通報はしたから君もさっさと逃げな。ここにいたら事情聴取というバイト代0円の公共活動に身を投じることになるぞ!」

「あの、お名前を!」


 むむむ。電柱に隠れたまま去ろうとした俺にそう声をかけてくる美少女。


 こやつ、やはり只者ではないな。

 先ほど、「名乗る程の者では無い」という必殺ワードを空振りした俺にこのタイミングで投げかけてくるとは。必殺ワードが封じられた俺は最早名乗るしかないまでに追い詰められている!


 しかし、俺はあくまで脇役。モブなのだ。

 本来はこういった美少女を助けるヒーローは俺みたいなモブではなく、本物の主人公がすることだ。だから、彼女を助けるのも当然ヒーローでなくてはいけない。

 ならば俺の取る選択はただ一つ。


「綾瀬快人」

「え?」

「綾瀬快人。嚶鳴高校2年B組、綾瀬快人だ。まぁ、名乗るほどの者じゃないけどね」


 背を向けたまま、そう名乗って、一気にダッシュ! 美少女のリアクションも待たずクールに颯爽と去る俺! カコイイ!

 ただ、カッコいいのは俺こと椚木鋼ではなく、嚶鳴高校2年B組の綾瀬快人君である。


 綾瀬快人少年は俺のような脇役モブとは違う、本物の主人公だ。

 あの美少女は俺の顔を見てはいない。見たのは嚶鳴高校の制服を着た後ろ姿だけ。


 声の印象なんてものはすぐに薄れるだろう。

 美少女のことだ、ヒロインらしい行動力のままに嚶鳴高校までやってきて綾瀬快人を呼び出すだろう。そうすれば万事解決だ。

 ヒロインであれば、彼の圧倒的ラブコメ主人公オーラを浴びれば一瞬で彼の虜となってしまうだろう。

 快人は鈍感主人公ではあるがフェミニストなので美少女に迫られればノーとは言わない。美少女はヒーローとお近づきになれる。俺は変わらぬ日常を送る。まさにウィンウィンウィーンの関係だ。


 俺は誕生日を迎えたような気分で軽やかに嚶鳴高校に行った。久々に頭を使ったがよくよく考えれば露出狂をぶっ倒したわけだし、悪いことなんてなにもしちゃいない! むしろ社会貢献しているまである! 実にいいじゃないか! わーっはっはっ!


「おはようございまーすっ!」


 もはや俺を止めれる者は存在しない。止めれるものなら止めてみやがれ!






 この後滅茶苦茶説教された。(担任に)

おじさんのおかげでR-15タグがつきました。

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― 新着の感想 ―
[一言] いやーノリがきっつい
[一言] サイボーグ009ネタ、、ですね
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