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第15話 夜のデート


『デートしましょう。椚木鋼先輩』

「デート?」


 綾瀬光の言葉に思わずそう聞き返していた。俺と彼女はそういう関係だっただろうか、いや、違うはずだ。俺がデートの意味を間違って認識していなければだが。


 スマホを耳から離し時間を確認する。

 時間は丁度22時を回ったところ……随分と桐生の家にいたものだと思いつつも、とてもデートをするような時間じゃない。


「良い子は寝た方がいいんじゃないか」

『私、不登校ですよ? 悪い子です。それに明日は土曜日ですから夜更かしくらいいいでしょう』

「お前は引きこもりだろ。引きこもりは大人しく家にいなさい」


 ふと、最近見たニュースに「VRで飲み会」みたいなものがあったのを思い出す。綾瀬が提案していたのはこれのことか?

 なるほど、確かにこの方法なら引きこもりとの間でもデートが成立するかもしれない。VRデート。ヴァーチャルリアリティデート……なんか駄目そうな響きだ。


『引きこもりじゃないですよ。外出るのは、そりゃあ怖くないわけじゃないですけど』


 綾瀬は後半のトーンを落としつつ否定してくる。やっぱり怖いんじゃねーか。


『でも考えてみると夜の方が人が少なくて、変質者に怯えることもないんじゃないかなーと』

「いやそれ変質者もそう思ってるから。あのおじさんが奇行種だっただけで通常の変態は夜に出没するんだよ」

『通常の変態ってなんですか?』

「確かに変態の時点で通常ではないな……」


 変態のゲシュタルト崩壊が始まっている。このまま溶けて消えればいいのに。


「とにかく、夜に出歩くのはやめておけって。日の出てる間なら会ってやるから」

『先輩、話聞いてました?昼は人が多くて嫌なんですよ。初代変態に出会ったのも昼ですし』


 二代目がいるみたいな言い方やめろ。


『それに、先輩の声を聞いて確信しました。やっぱり会うべきだって』

「どういう意味だよ」

『とにかく、付き合ってください先輩。ああ、これは男女の付き合うでは無くデートに付き合うの意味で』

「ややこしいな……」


 男女として付き合ってからデートをするのであって、デートって付き合うものなのか? 二人いる前提のものじゃないの、デートって。

 どちらにしろ受け入れがたいことに変わりは無いけど。


『では、今から家を出ますから。場所はそうですね……青葉公園って分かります?ほら、キリンの上り棒がある』

「ああ……」


 キリンの上り棒、それには見覚えがあった。快人の家の近くにある小さな公園だ。何の変哲もない普通の公園だが、キリンの首下から地面に向かって伸びた上り棒が何だかグロテスクに思った記憶がある。


『ではそこで』


 電話越しにドアの開く音、そして隙間から風が吹き込む音が聞こえた。


「おいっ」

『ちなみに、先輩が来るまで待ってますから。本当に変態に襲われちゃうかもしれませんよ?』


 クスクスと笑う綾瀬。声震えてんぞ……


『来てくださいね。来てくれなきゃ、本当に困りますから、本当に……お願いします。待ってますから』


 そう綾瀬は電話を切った。

 最後、不安なのは分かるが念押しすぎだろ。だったらデートなんてしようとするなよ。そもそも、こんな夜に会って何するつもりだ? 牛丼屋でも行くつもりか?


「くそ……」


 思わずそんな悪態が漏れる。

 そういう気分じゃない。そういう気分になれないんだ。今は。




 けれど、放っておくわけにも行かず、結局俺は綾瀬が向かったという青葉公園に向かって歩いていた。綾瀬の言葉を真に受けたわけじゃない。いつも……と言うほど関りがあるわけでは無いけれど、人を揶揄うような態度や行動を取るやつだ。万が一ということもある……もう一方の万が一も可能性としてはあるにはあるわけで。


 初めて来た桐生の家から俺の借りている部屋まで、その道中から綾瀬家の近くにある青葉公園まで、初めて歩く道だったがスマホのGPSという人類の発明を駆使しルート把握は問題なかった。

 ただでさえ夜だと住宅街なんてどれも同じに見えて迷っていなくても迷った気分になるのだ。地図と言う存在はどんな世界でも重要だとつくづく思う。ただで配ることを思いついた人、善人すぎ……


「っと、あれか……」


 地図が示すのは次の道を右に曲がったところだ。住宅地のど真ん中に青葉公園は存在していた。

 遠目から見ると薄暗い。狭い公園だが、灯りは真ん中に設置された少し古ぼけたガス灯だけだった。


「綾瀬は……」


 薄暗い公園を見渡す。ぱっと見誰もいない……と思ったところで視界の端で何かがごそっと動いた。


「先輩……?」

「綾瀬、どうしてそんなところに」


 綾瀬はいた。万が一を引き当てたらしい。

 綾瀬がいたのは何故かベンチの裏だった。彼女は立ち上がりひょこひょことこちらにやってくると着ている桃色のワンピースの裾を軽く払った。


「こんばんは、先輩。どうです、これ?」

「どうって?」

「……これだから、どうっていう人は」

「唐突なダジャレで人を傷つけるのはやめろ」


 女の子がそんなことを言っちゃいけない。ましてや、生徒会に所属し生徒の模範となる立場(現在は残念なことに引きこもり)、かつ男たちの羨望の目を向けられるような美少女ときている。連中の前で見せれば失望……いや、一部の変態だけ引き寄せられる結果になるだろう。

 それに、恥ずかしそうに顔を赤らめるなら言うなよ。


 ただ、どうやら、綾瀬は直接会うのと電話越しだと性格が変わるらしい。直接の方が反応も正直で、電話越しだと捻くれているという電話弁慶のようだ。


「別に先輩だけにしか見せませんから安心してください」

「そんな一面俺にだけでも見せるなよ。なんて反応していいか分からないから」


 むすっと拗ねたように口を尖らせる綾瀬に対して、実際どう反応していいか分からない俺。


「それで、なんでベンチの裏に何ていたんだ?」

「お気に入りのワンピースを着てきたという健気な女の子アピールをするくだりはスルーですか?」

「今十分アピールしたろ。やったな。それで、なんで?」

「そんなに気になります? お気に入りのワンピースを選んできたのに」

「いや、なるだろ。万が一だったのか、万が一に万が一が掛かった億が一だったのか気になるだろ」


 突然の美少女×突然の変態は一度やったとはいえ、こういうのは慣れた頃が危ないんだ。なんだよ、慣れた頃って。


「った、から……」

「おん?」

「流石に、暗闇の中待っているのは怖かったから……」


 声を落として、俯いてそういう綾瀬。


「スマホも、その灯り点いてたら変に目立つかなって思って、暇つぶしとかも出来なくて、余計時間が長く感じて……」


 そう言う綾瀬の体は少し震えていた。そういえばこいつ、引きこもってたんだよな。ほんの2日程度だけれども。

 ・・・それは引きこもりと言えるのだろうか。引きこもりって何日間家から出なければ引きこもりなんだ?


「先輩が来なかったら私……って聞いてます?」

「ん?ああ、聞いてる」

「嘘ですよね、考え事してましたよね今」

「人は考える生き物だから」

「そんな大きな話はしていません!私は先輩の話を……」


 と、そこで言葉を切った綾瀬はベンチの方を振り向いた。


「あの、一旦座りませんか?」

「ゆっくりする気は無いぞ。お前を快人のところに送って、俺はさっさと寝……」

「寝れますか?本当に」


 心臓が掴まれるような真剣みを帯びた声だった。


「電話越しにもしかしてと思って、実際に会って確信しました。先輩、何かありましたよね」

「……何かってなんだよ」

「分かりません。それが分かるほど長くも、深くも付き合っていませんから」


 そう言って綾瀬は笑った。電話越しに受ける印象とは異なる、女の子らしい柔和な笑みだ。


「だから、聞かせてください。何があったか」


 これが綾瀬の目的だったのか。なんとまあ彼女は俺の愚痴を聞くたびにわざわざ夜の公園に勇気を振り絞ってやってきたらしい。まだ自身の心の傷も癒えぬ頃だというのに。


「先輩は私を支えてくれるということですから」

「支えるなんて言ったか?」

「……話の腰を折らないでください」


 責めるように半目で睨んできた彼女にため息をついて先を促すと、綾瀬はこほんっ、と咳払いをして仕切り直した。


「先輩は私を支えてくれるということですから」


 そこから言い直すのか。


「私が先輩を支えても変なことじゃないでしょう?」


 そう何処か楽しそうに言う綾瀬に自然とため息が漏れた。


 綾瀬光は変な奴だ。直接会うのと電話越しでは態度が変わる。好木幽からの話だと変態おじさん以外にも問題を抱えている様子だ。

 だが、電話越しに俺の変化に気が付いて気を遣ってきた。


 なら、そんな思いには報いるべきだ。実際、今俺はそういう相手を求めていたのかもしれない。


「分かったよ」


 そう返してベンチに向かって歩き出す。

 綾瀬から言葉での返事は無かったが、後ろで彼女が嬉しそうに笑った気がした。綾瀬は小走りで俺を追い越し、先にベンチに座ると、俺の座る場所を手で叩いて指定してくる。真剣そうにぎゅっと結んだ唇の端がぴくぴくと笑みをこらえるように震える。


 そんな綾瀬の変な姿に、俺は思わず苦笑していた。

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