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第13話 桐生鏡花と椚木鋼

 桐生の家は二階建ての一軒家だった。

 快人の家と同じく、儲かっているらしい……などと、家を見てその一家の世帯収入を考えるのは下種のすることなのだろう。

 ただ、そういう形でしか現実逃避を出来ない俺を責めれるやつなどいるのだろうか。

 いや、いる。いるんかい。


 などと、本当にしょうもない脳内問答を繰り広げる程度に俺はパニクっていた

 まさかクラス一の美少女である桐生鏡花の家に行くことになるなんて。


「お前さ、友達いるの?」

「突然何?」

「いやぁ……あの桐生鏡花の家に上がる初めての同級生が俺でいいのかという……」

「別に構わないわよ。貴方は友達ではないから」


 さらっとそう言ってのけ、桐生は鍵を開けるとさっさと家に入ってしまう。扉を開けたまま待っているなどという気遣いが無いのは彼女らしいが、これ入れってことだよな。


「友達いないこと認めちゃってんじゃん……いやいや、家に呼んでないだけだよな。うん」


 実際、美人ゆえに触れづらく、普段からクールな雰囲気を出していれば、周囲も中々気やすく話しかけられんよなぁ、と納得しつつ、彼女の後に従い桐生邸に入った。


「お邪魔しまーす……」

「付いてきて」


 桐生は玄関の目の前にある階段を上っていく。んん?リビングに行くんでね―の?

 まさか二階にリビングがあるのか?


「どこ行くんだ?」

「私の部屋」






「はい?」

「いいから付いてきなさい」


 有無を言わさぬ圧を放ち、桐生はそう命令してきた。いやいやいや、いきなり部屋はハードル高すぎだろ!


「ちょ、待てよ! お前は普通の男子高校生にとって女子の部屋がどういうものなのか全く理解していない!」

「どうでもいいわよ、そんなの」

「よくないだろっ、って、おい!」


 苛立ったかのように、桐生は愚図る俺の腕を強引に掴み階段を上がる。

 俺はされるがまま引っ張られ、ネームプレートに「鏡花」と書かれた部屋にぶち込まれた。


「待ってなさい」


 そう言って俺を残して部屋から出ていく桐生。


 ちょ、こいつ何なの? 色々通り越して怖いよ!

 なんで同級生(友達じゃない認定済み)を残して出ていけるの!? 俺が変なことしたらどうするんだよ! 世の中にはな、信じられないことに、昼間っから裸で街を徘徊するような男もいるんだぞ!?


 普通に考えれば合気道有段者のこいつに今の俺が適うわけもないのだが、それでも無警戒すぎる。

 

 などと桐生の無警戒さを心配しつつも、やはり俺も男の子。


「ここが桐生の部屋……」


 良くないと思いつつ、つい室内を見渡してしまう。

 よく整理された勉強机、枕元によく分からんキャラクターのぬいぐるみが置いてあるベッド。頭の固そうな本ばかりが入っている本棚。壁の突起にはおそらく普段制服を掛けているのであろうハンガーが掛かっている。

 フローリングの床にはカーペットが敷いてあるものの座るためのクッションなどは無く、頻繁に客が訪れるような環境じゃないのは分かった。


 そんな、質素でありながら生活感漂う女の子の部屋に残された俺はどうしていいかも分からず、部屋のど真ん中に正座してただただ桐生を待った。

 普通美少女の部屋に呼ばれれば男子高校生として心躍るようなイベントになりえるのだろうが、雰囲気が雰囲気だし、何だか処刑を待つ受刑囚の気分である。


「お待たせ」


 数分後、帰ってきた桐生が持っていたのは客人を持て成すための飲み物などではなく、一冊のアルバムだった。


「それ、何だ?」

「小学校のアルバムよ」

「何でまた」

「話の流れから分かっていると思うけれど」


 桐生は小さくため息を吐き、アルバムの表紙を見せてきた。


「私たち同じ小学校だったの」

「へえ」


 それはなんとなく察していた。

 むしろ今までの話をして察せないと、現代文の授業は何のためにあるんだと言いたくなるレベルの読解力だ。


「嚶鳴高校じゃ、同じ小学校出身は私と貴方だけ。他県だしね」

「桐生は引っ越してこっちに?」

「ええ。父の転勤で」


 となると、本当に偶然、俺たちは再会したらしい。桐生的には俺が追っかけてきた形になるのか。

 記憶を失っている分、それがどれくらいの偶然なのか分からず、いまいち実感はわかないけど。


「しかし、同じ小学校かぁ……実際どんな感じなんだ? 小学生の同級生って」


 それは小学校の記憶が無い俺にとっては純粋な疑問だったが、不躾すぎたかもしれない。

 人と人の関係なんてそれこそ人それぞれだろう。

 桐生は考えるように顎に手を当て、アルバムを抱えてベッドの縁に腰を掛ける。


「どうと言われても人それぞれだから」

「ですよね」


 そう、ある意味真面目で当たり前の返しをしてくる桐生。俺も納得せざるを得ない……が、会話が広がらない!

 会話のキャッチボールどころか、受け取ったボールをそのまま籠に戻すような桐生のおかげで沈黙が広がっていく。


「しょ、小学校の友達って言うとあれだろ? 友達100人計画の元、富士山でおにぎり食って、日本一周して、全世界お笑いツアーを敢行するっていう感じなんだよな」

「そういう歌はあるけれど、実行に移している小学生は世界中に一人もいないでしょうね」

「そっかぁ! まぁ最小単位が100人なんだし、少子化の昨今じゃ難しいか!」

「そうね」


 ……沈黙。


 おおいツッコめよ! ツッコむのを諦めるな!

 いや、俺だって分かってるんだよ? ここはギャグパートじゃない。求められているのは真剣さと本筋に切り込む勇気だけだ。


 でもさ、持たないんだよ。疲れた頭が糖分を求めるみたいなアレで、真面目に考えてるとついふざけたくなっちゃうっていうか、俺が俺じゃなくなっちゃうっていうか……


「話を戻していいかしら」

「あ、はい。どうぞ」


 僅かに苛立ちを放つ桐生に頭を下げ、彼女が広げたアルバムを膝を立てて覗き込んだ。


「これが俺?」


 桐生が開いたページには、幼い桐生と、俺の面影のある少年が映っている写真があった。桐生は小さい頃から彼女だと分かる程度にはべっぴんさんだった。

 二人は頬がくっつくくらい密着しており、お互いに年相応の無邪気な笑顔を浮かべている。見ると、2年生の遠足の思い出と書いてある。


「俺たち仲が良かったの?」

「ええ」

「あ……そう」


 普通に頷かれると思っていなくて、なんか気まずい。


「私と貴方は、桐生と椚木、あいうえお順で連番だったから」

「あーそうか。そうだよな」


 言われてみれば、確かに近い。高校では間に宮藤ってやつがいて、最初も一つ離れていたけれど、「き」と「く」だからな。席が近ければ仲良くなっても不思議じゃないか。


 ……というか、あいうえお順て。お前のキャラなら五十音順だろ。何? ギャップ萌え狙ってるの?


「貴方は私の一つ後ろの席で、じっとしているのが苦手な子だった。授業中でもお構いなしにちょっかいを出して来て、よく二人纏めて先生に怒られたわ」

「あー……なんかごめん」

「別に恨んでいないわよ。むしろ感謝してる」


 桐生は懐かしむようにアルバムの写真を撫でた。


「当時の私は人見知り激しくて、中々友達が出来なくて悩んでいたから……」

「今からじゃ想像……つくわ。ごめん、ついた」

「別に今の私は人見知りじゃないわよ。人付き合いの必要を感じないだけ」


 と仰る通り、こいつがクラス内で談笑している姿は見たことがない。雑談よりも先生に指されて問題を答えている時間の方が長いまである。

 だけど、桐生。それは負け惜しみみたいなもんだぞ……などと口にすると睨まれそうだからやめた。


「じゃあ俺とお前は、昔は友達だったんだ」

「そうね……うん、そうだったと思う」

「なんか曖昧だな。何、お前も記憶喪失なの?」

「違うわよ。当時は色々複雑だったから」


 すっと、写真の向こうの俺を撫でてそう呟く桐生。複雑……小学生にも色々あるんだな。


「それに、貴方は大樹にとっても大事な人だった」

「大樹……桐生の弟くんか」


 つい先ほど聞いた名前のため忘れてはいない。

 多分、これが本題だ。桐生が俺を家に呼んだ理由。

 

 ただ、どんなに余裕ぶいていても、軽口を叩いていても……出来ることなら逃げ出したかった。こんなところまで来なければ良かったとさえ思っていた。


 俺はどこかで思っていたんだ。

 もしも桐生の話を聞けば、俺は思い出せるかもしれないって。


 でも、駄目だ。

 昔の自分の写真を見たって、かつての友達だった桐生の話を聞いたって、何も思い出せない。何も浮かんでこない。その事実に頭が冷めていく。浮かび上がってくるのは思い出したい桐生たちとの思い出とは違うものばかりで。


 桐生鏡花も、彼女の弟である桐生大樹も、そして彼女の語る椚木鋼も。


 今の俺にとっては物語の中のキャラクターと変わらない、全くリアリティの無いモノにしか思えていなかった。

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