第114話 瞳
「ん、どっちか」
「ありがとうございます」
俺の差し出したコーラとお茶の間で僅かに指を彷徨わし、お茶の缶を受け取る光。
俺達がやってきたのはオシャレなカフェでもリーズナブルなファミレスでもなく、近場の静かな公園だった。土曜日だというのに閑散とした場所で、内緒話をするには実に向いた場所だった。
「ふぅ……」
猛暑というのもあるし俺に会うまで走っていたというのもあるのだろう。光は随分汗を掻いていて、そんな自分を冷やすかのように首筋に缶を当てていた。
「こいつも使う?」
「あ、いえっ。大丈夫ですっ」
何故か恥ずかしそうに笑う光に俺はよく分からず、取りあえずコーラ缶のプルタブを開ける。カシュっという小気味のいい音が鳴り、口のところから白い冷気が漏れ出した。
「コーラ、好きなんですか?」
「ん? ああいや、そんなに好きじゃないかな。日本人だし」
「日本人関係あります?」
「さぁ」
コーラを喉に流し込むと炭酸が弾ける痛みと猛烈な甘さが喉を襲った。
俺はこの甘さがあまり好きじゃないが、この暑さの中だ、どんな飲み物でもそれなりに美味しく感じるものだ。
「あの……鋼先輩」
「記憶、戻ったんだな」
「っ……はい……」
少し気まずそうに光が頷く。対し俺は反射的に空を仰いでいた。心境は全ての犯行が白日の下に晒された犯人だろうか。
改めて聞くとやっぱりこたえる。あの時の俺の行動は客観的に見ても、俺の主観からしても、そして当然光からしてもいい物では無かったのだから。
「……ごめん」
口から漏れ出たその言葉に力は籠っていなかった。俺自身、ほぼ無意識に近い言葉だったからだ。
ただ、謝罪せずにいられなかったというのは成長なのかもしれない。あの日した行動に対し、俺は間違っていたと自分の中で答えを出せていたということだから。
こうして空を仰ぎながら、彼女も見ずに言った言葉が謝罪として成立したのであればだが。
そんな俺の耳を、光の微笑み声がくすぐった。
「謝ることないですよ」
「……いや、これは謝る案件だろ」
「だって鋼さんは悪意から私の記憶を奪った訳じゃないでしょう?」
それは主観の問題だ。
悪意があろうが無かろうが、悪いことは悪い。
「お前、そういう考えじゃいつかDVとかに捕まるぞ」
「大丈夫です。補正かかってますから」
何の補正なのか。
それを聞こうと口を開く前に、光が落ち込むように俯いたのが目に入った。
「それに、元は私のせいですから……」
まるで懺悔するかのように悲しみの滲んだ言葉。さすがにそれを前に前の話を引っ張れるような人でなしではない。
「鋼さん、私、全部思い出したんです。はっきりと」
「全部……それって前に言ってた」
「はい、前世も含めてです」
はっきりとした光の言葉に俺はそれが嘘なんかではないと確信する。
おそらく、快人との会話を聞かれていたのだろう。それ以外に、一昨日から今日までで彼女が変わったきっかけなど考えられない。
「もともと、彼女のことは……いいえ、”私”のことは名前さえ思い出せなかったんです。そして、貴方の名前も……。ただ、目の見えない私はずっとある一人の人が好きで、でも自分は弱いから、その人を苦しめてしまったという後悔をずっと感じていて」
「私って……お前は、光だろ」
「はい、綾瀬光。けれど、レイでもあります」
1人の中に2人いるわけではなく、レイの先に光がいるということだろうか。俺には前世の記憶なんてないし、そこら辺の感覚はまったく分からない。
けれど、光と相対してレイを思い出したのは全く気のせいではなかった。いい意味でも、悪い意味でも。
「だから、その……ちょっと、いえ、すごく、感動してます」
「え?」
「私は目が見えなかったから、ずっと、貴方が、コウさんがどんな顔をしているか知らなくて……想像しかできなかったから……」
光の目に涙が溜まる。
彼女とはまるで似ていない容姿の、幼く、儚い少女の姿がダブる。
俺の親友の妹であり、きっと俺の初恋の人。
最期の瞬間、初めて見た僅かに開かれた瞳の美しさを感じることもできないまま、喪ってしまった彼女がそこにはいた。
彼女は光になって、かつては一度も映すことのなかった双眸に俺の姿を捉えている。噛みしめるように瞳から感情が伝わってくる。
「……期待はずれだったろ。こんな冴えないやつ」
無性に恥ずかしくて、逃げるように顔を逸らし、頬を掻く。
「いいえ」
そんな俺の顔を両手でガシッと掴み、レイは無理やり顔を合わせてきた。
もう涙は頬を濡らしていた。
「大きく、なられたんですね。すごく、すごく」
声を震えさせながら、俺の輪郭を細い指がなぞっていく。目の見えない彼女が俺を少しでも知ろうと触ってきたのを思い出し、なんだか胸が詰まる感じがした。
「期待はずれなんかじゃないです。コウさんは、コウさんです。私が、憧れた……恋い焦がれた貴方、そのものです」
そう嬉しそうに、けれど寂しそうに、レイは言った。
胸の奥底からこみ上げてきた感情が溢れ出しそうになる。いや、もはや俺にそれを止めることはできなくて、
「レイ……ごめん……ごめん……」
気が付けば彼女を抱き締めていた。ボロボロと涙を流しながら、強く、強く。
あの時、喪われてしまった温かさが、じんわりと身に染みた。
グハァッ!(吐血)
シリアスの書きすぎで血を吐きました、としぞうです。
突然宣伝です、
レイちゃんのエピソードがマシマシになった親友モブ書籍版2巻が現在発売中です。イラスト付き。
それとなろうではシリアスに身体を汚染された僕の身体を癒すために新作が投稿されています。
題して「どうやら男の娘にラブコメ主人公はできないらしい」
……ん? タイトルが変わった?
変わったよ! 人気者になりたいからな!
哀れだと思った君は是非読んで心のままにブクマ、ポイント評価、感想かきかき、勢い余らせてレビュー投稿をするんだ! うわあああああ!
もちろん本作「親友モブ」にもお願いいたします!!!!!
というわけで、次話の作成も行いつつ、頑張っていきます。
今後とも、引き続き、よろしくお願いいたします!
追伸
最近ありがたいことに新規の読者様も増えている予感がしちゃってますが、
過去のあとがきとかって邪魔ですかね?(書籍化決定うわわい、みたいな)
邪魔でしたら消そうかなとも思うので、感想とかでちょろっと書いてもらえると嬉しんすです!




