第109話 一方その頃
明日本が発売なので更新
「主人公……俺が、お前の?」
快人の言葉に俺は凄く驚いた。“すごく”なんて三文字で表すには足りないくらい驚いた。
そんな風に思われてるなんて今まで一度だって思いもしなかった。けれど快人の口調、表情からはそれが真実だとビンビン伝わってくる。
「なんか、変な感じだ」
「かもね。でもそれはお互い様だよ」
快人が苦笑しながら言う。お互い様と言うことは快人も俺から主人公主人公言われる度に似た感覚を覚えていたのかもしれない。
「どうりで上手くいかないわけだ」
「上手くいかないって?」
「そりゃお前をハーレ……」
むっと途中で口を閉じる。こんなこと、それこそ今更言っても仕方がないことだ。
大きく脱力して屋上に寝そべる。冷たいわけではないが随分熱も引いていた。
「で、なんで俺が主人公なんだよ?」
「それ聞く?」
「……いや、やっぱりいい! なんか恥ずかしいな!?」
「ははは。そりゃそうだよ。思い返せばさっきまでの僕らの会話も相当でしょ」
「ああ……誰かに聞かれてたら失禁ものだな……」
俺と快人はどちらともなく、笑う。次第に膨れ上がり最期にゃ大笑いだ。満点大笑い。
そこには誰の代わりでもない、椚木鋼と綾瀬快人だけがいた。
◇
否。
そんな二人の聞かれたら失禁しかねない青臭さを爆発させた会話を聞いてる者がいた。者達がいた。
「ここで出て行ったらどんな顔するですかね?」
「やめなさい。盗み聞きをしていたことがバレるわよ」
「先輩達なら気にしなそう……いや、しますね。特にA先輩なんて泣きちらして大暴れしそうですね」
「ていうかくぬぎっちのやつ、やっぱり私のこと忘れてるよね!? 私も親友だよ!? 女版親友くらいのポジションだよ!?」
「彼のことですから他意はありませんわよ。普通に忘れているだけだと思いますわ」
「それ何のフォローにもなってないです……」
苦笑しつつ、綾瀬光は考える。
屋上までドア1枚隔てたこの場所で道を塞ぐように座る二人の女性のことを。
彼女らは光達が屋上にいくことを邪魔しつつ、しかし鋼と快人の会話を聞くことは止めなかった。
口振りから鋼と何かしら関係があるということは分かっている。しかし、明らかに学外の人間で光には見覚えは全くない。何人かその存在を知っている者もいるようだが。
(わざと聞こえるように鋼さんが画策した……ううん、きっとそれはない。あの人はすごく不器用で……臆病だから。自分のことを知って欲しいなんて思わないはず)
自分だけの知識ではない。脳外に染みついた感覚が光の中で渦巻き、形になろうとしている。鋼と出会ってからずっと、鋼が快人にした話を聞いてから加速度的に。
そもそも彼女が友人達と連れ立ってここまで来たのは、やはり鋼と話すためだった。
放課後になり、自然と集まった友人の好木幽、香月怜南と真っ先に話題に上がったのは昨日の有耶無耶になった勝負の行方だ。
「再戦です! 再戦っ!」
そう燃える幽に二人も同意し頷く。このまま何もしなければ鋼がいなくなることは分かっている。それを食い止めることは流石に難しくとも、何か爪痕を残したいという思いは強い。
その意思を持って彼の教室を訪ねた三人だが、鋼は既に教室を後にしていた。兄に聞こうと探すが、彼もいない。
「ふむぅ……ちょっと確認してくるっ」
怜南はそう言い残し、風のように走り去っていった。二人が止める間もなくだ。
「綾瀬さん、好木さん。何をしているの?」
残された二人に声を掛けたのは桐生鏡花だった。一瞬相変わらずの美貌と胸の膨らみに圧倒された光だったが、
「こんにちは鏡花さん。鋼先輩を探していて……どちらに行かれたか分かりませんか?」
そう聞いた。彼女としては少し複雑な気分だが。
そんな光の質問に、鏡花は少し考える素振りを見せつつも首を横に振って答えた。
「ホームルームが終わった直後に出て行ったから、もう帰ったんじゃないかしら」
「そう、ですか」
「つかぬ事を聞くですが、桐生先輩」
二人のやり取りに割り込むように幽が手を挙げる。
「何、好木さん?」
「桐生先輩はお兄ちゃんが転校する、ということは既に聞いてるですか?」
「……ええ」
鏡花の顔が曇る。
平然と振る舞ってはいたが、彼女もまた今日が鋼の最終登校日と知り何か出来ないかと思っていた一人だ。だが、放課後まで悶々と過ごし、いざ話しかけようと決意するも当の鋼本人はその隙さえなく教室からエスケープしてしまった。
「その様子だと二人も知っていたのね」
「はい……でも昨日知ったばかりで」
「そう……私も大して変わらないわ。本当に、勝手よ」
口振りでは怒っている素振りを見せるが、その目は哀しみに滲んでいる。
(やっぱり、鏡花さんも同じ……)
僅かに胸に痛みを覚えつつ、そんなことを光が思っていると、
「およよ? きょうちゃんに光ちゃん、それに可愛い可愛い幽ちゃんだっ」
「ギャッ!」
新たに古藤紬がやってきた。登場と同時に幽に抱きついたため上がった被害者の悲鳴は光、そして鏡花両名ともスルーする。
「どーしたー? お姉ちゃんに会いたくなったかー?」
「お兄ちゃんに会いに来たですっ!」
「お兄ちゃん? って、くぬぎっちのことか。ん? でもそれじゃあくぬぎっちと私が結婚してるみたいにならない?」
「なりません」
「ならないわよ」
「なんないですっ!」
「てきびしーっ!」
三者一様の反応に紬はケラケラ笑いつつ、幽から離れる。
「んで、そのくぬぎっちはいないの? あっ、快人もだ。連れション?」
「古藤さん、発現が一々下品だわ」
「きょうちゃん、なんか辛辣じゃない?」
「辛辣関係なく下品だと思ったよ、紬ちゃん」
「光ちゃんまで……!? ま、確かに花も恥じらう乙女の言うことじゃあ無かったね」
自分で言うか、という脳内総ツッコみが彼女に届くことはなく、紬は一人納得したように頷いている。そんな少し気の抜けた空気が生まれたところで、先程駆けていった怜南が舞い戻ってきた。
「ただいま~! っと、これはこれは桐生先輩に古藤先輩。こんにちは!」
「こんにちは香月さん。助かったわ」
「何がですか?」
「こちらの話よ」
それは紬の作り出した空気に言及してのことだったが、鏡花は掘り下げるのをやめた。紬が理解すればまた話がややこしくなると察したからだ。
「怜南ちゃん、なにしてたの?」
「下駄箱確認してきたっ。どうもまだ両先輩とも帰ってないみたいだよ」
「快人もくぬぎっちも? ふーん、怪しいなぁ~。これは週明け尋問する価値ありだね」
ふっふっふっ、と不敵に笑う紬。だが、そんな彼女に周囲は違和感を覚えていた。
「あの、古藤先輩、もしかして知らないんですか?」
「なにが?」
「お兄ちゃん、今日を最後に転校しちゃうですよ……?」
「え?」
あからさまに固まる紬に、その場の誰もが鋼が転校する事実を彼女が知らなかったということに気が付き、なぜか気まずくなった。
「……本当?」
「はい、昨日大門先生も言ってましたし……」
「きょうちゃんも知ってたの?」
「え、ええ」
「じゃあ、私だけ、知らなかったの?」
最早誰も紬を見られず目を逸らす。
「あ……あんにゃろぉおおお!! 私をオチに使おうとしやがったなぁああ!!」
そんな紬の叫びに一概には否定できない一同であった。
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なので、ブクマとか下の評価のとかしてくれると嬉しいです。
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