第108話 親友
綾瀬快人。俺の親友であり、主人公。
彼は出会った頃、自分のことを僕と呼んでいた。
あまり自信の溢れたタイプじゃなくて、どちらかといえば大人しく、内気なやつだったと思う。
それでも何とも言い難い独特のオーラと、目の輝きが、どこかバルログ……かつての親友を思い出させたのだと思う。
彼と一緒にいるともう失ってしまったあの日常に戻ったような気がした。
快人と幼なじみの古藤が一緒にいるのを見ていると、バルログとライラが甦ったような暖かさがあった。
勿論快人も古藤もあの2人とは全く似ちゃいない。バルログは明るい皮肉屋で、ライラはツンデレで……思い出すと、胸が苦しくなる。
だから、似てないくらいが丁度良かったのかもしれない。それも結局、快人の向こうにアイツを見ていただけかもしれないけれど。
でも、こうして彼に真っ正面から怒りをぶつけられたとき、快人は確かに快人だった。そんな当たり前を俺も当然分かっていたのに。
「何がおかしいんだよ。僕が怒るのはそんなに変?」
「まさか」
「言っておくけど、本気だからな。本気でムカついてるし、ふざけんなって思ってるから」
勿論伝わってくる。
多分初めてぶつけられる本物の怒りだ。それでも頬が緩んでしまうのなら、その本物を、本気を俺にぶつけてきてくれているからだろう。
「鋼はさ、自分のためだけに僕と友達になったって言ったろ」
「ああ」
「でも、それは僕もだよ」
自嘲するように快人が言う。
「僕も、僕のために、鋼と付き合ってたんだ。自分勝手はお互い様だよ」
「自分のためって……そんなの、俺なんかになんで」
「それを言うなら鋼だってそうだろ? どうして僕なんかと一緒にいてくれるのかって……ずっと思ってた」
快人がどいて、またお互い横並びに戻る。既に空は夕焼けで赤く染まっていた。
夕陽を背に決闘なんていうベタな展開にはならなかったが、夕陽を眺めて語らうのもまた、それらしい演出に思える。
「鋼を始めて見たとき、面白い人だって思った。ほら、入学初日の挨拶」
「あれは忘れてくれ……」
「あはは、忘れるわけないだろ? あれが無かったら、僕と鋼は友達になれなかったかもしれない」
体育座りになってその膝に顔を少し埋めた快人の姿は少し小さく見えた。快人は俺より背が高くて、イケメンで、告白ブームからも分かるように俺よりよっぽどモテるのに、自信が無いところがある。今も、昔も。それこそ出会った時なんて特にそうだった。
「鋼がいきなり大門先生に告白したやつ。あれは凄かったよ。なんか、感動した」
「だから忘れろって!」
「でもカッコよかった」
「カッコよかないだろ……」
高校入学初日。俺が三枚目ギャグキャラに舵を切った初日初対面で担任の大門なにがしに告白、というか求婚した事件は未だにたまに耳にする珍事だ。つい昨日見事なカウンターを喰らったと思うと古傷が開いた直後に塩塗り込まれてるみたいなもので……。
「僕はさ、ずっと男友達がいなかったんだ。両親は家に殆どいなくて、妹の世話を見なきゃいけなかった。でも妹の光は鋼も知ってのとおりしっかり者だろ? 僕なんかよりも余程優秀で……つらかったよ。兄のくせにってさ」
「そんな、別に兄貴が優れてなきゃいけないなんて漫画の中だけだろ」
それも世紀末という時代限定……いや、あれも結局弟の方が優れているんだから、上は下に抜かれる宿命なのかもしれない。
「慰めるの下手だなぁ」
「うっせ」
快人の涙はもう乾いていたけれど、目元は少し赤くなっていた。それでも笑う彼に釣られて、俺も笑みを浮かべる。
「中学までは紬がいたんだ。紬ってさ、小学校でも中学校でも人気者だったんだ。でも、紬は幼馴染みの僕が友達が出来ていないのを知ってたから、いつも傍にいてくれた。でも、そのおかげで随分と他の男子には嫉妬されたみたいで……ちょっと物を隠されたりもした」
「よし、そいつらの名前を教えろ。全員残らず抹殺してやる」
「物騒だな……第一名前だけでどうこうなんて、それこそ漫画だろ」
「甘いな快人。今時名前一つでもネットに晒せば最期、特定班や正義感に駆られた一般市民がこぞって騒ぎ立て社会から抹殺してくれるんだよ」
ザ・他力本願な人力デス掲示板である。ソーシャル社会は怖い。
「抹殺はいいよ。別に気にしてないし、紬に甘えてた僕が悪かったんだ」
快人は、はぁーっとデッカイ溜め息を吐き、屋上に寝そべった。残念ながらまだ星が見えるような時間じゃないけれど、快人にはきっと空とは違う何かが目の前に広がっているのだろう。
「ずっと光にも紬にも甘えてた。そんなのいけないって分かってたんだ。でも、心地良かった。いつか2人にも彼氏なんてできでもすれば、僕なんて邪魔になるだろうなんて不安になったこともあったよ」
「快人……」
「勿論いじめとかじゃなくても絡んでくる男子はいたよ? でもみんな僕じゃない、僕の隣にいる紬や光を見てた。僕を利用して2人に近付いて、盗っていこうとしてるんだって分かって……信じられなかった」
「……そっか」
「うん」
なんと言えば正解なのか、俺には分からず短い相槌のみになってしまう。
思えば、親友親友と言っておきながら快人のこんな話を聞くのは初めてだった。
俺も快人も、それぞれ抱えているものがあった。そこにスケールの大小なんてない。俺達が互いにそれを見せないように付き合ってきたということに代わりはない。
「自信なんてこれっぽっちも手に入れられなかったよ。僕には僕の魅力なんてないんだって、ずっと思ってた。だから、鋼を見たときに……なんか、凄く憧れたんだ」
「あ、憧れ? 俺……ってか、あれに?」
あれとは当然、入学初日に担任に求婚した哀れなピエロのことである。
「堂々としてるのが、なんか眩しくてさ……紬とも別クラスだったから、思い切って声を掛けたんだ。鋼となら、楽しいんじゃないかって」
「て、照れるな……」
かく言う俺も快人の主人公オーラに目を付けたのは彼の初日挨拶を聞いてだ。互いに互いの挨拶で決めてましたって感じで、そりゃあもうフィーリング合っちゃってるってことなのかもしれない。
「鋼は僕のこと、よく主人公なんて言ってたでしょ」
「ん、あぁ……」
「なんかさ、普通馬鹿にされてるって感じると思うんだけど、なんだか僕は嬉しかったんだ。だって、凄いと思ってる友達が僕のことを主人公なんて言ってくれるんだよ? 何の嫌味も無く、キラキラ目を輝かせて、僕に期待してくれるなんて……嬉しくないわけない」
そう照れ臭そうにはにかむ快人に呆気にとられる俺。快人はてっきり嫌々付き合ってると思ってたから、まさに青天の霹靂だった。
「鋼のおかげで僕も少しは自信が持ててさ。光は光、紬は紬、僕は僕……なんて、どっちが偉いとか、どっちが優れてるとか、そんなこと考えなくていいんだって気が付いた。鋼と一緒に馬鹿やってたおかげで、僕を二人の付属品じゃない、鋼の親友の綾瀬快人として見てくれる友達が何人もできた」
それは俺のおかげなんかじゃない、と思うけれど口にはしなかった。口を開けると照れて声が震えてしまいそうだったから。
「まっ、光や紬ならともかく、僕を使って鋼と仲良くなろうなんて男子いるわけないし」
「ひどっ……くないな。そらそうだわ。いたら怖いわ」
俺はいつでもオープンウェルカムオールウェイズスタンバイだからな!
「僕さ、今凄く楽しいよ。高校が、学校がこんなに楽しくなるなんて思ってもみなかった。光が不登校になっちゃうってこともあったけど、僕なりに支えられたと思う。どっちも、昔の僕からは考えられなかったことだ」
快人は清々しく笑う。紛れもなく主人公。そう思える輝かしきオーラだ。
俺は親友モブとして快人を支えてきた。それは確かに快人の為になっていて、当然不幸なんかじゃない良い結果を残せたということになる。
今の彼には、もう俺というサポート役はいらないだろう。
「だから、僕には鋼が、僕を通してその、殺してしまったっていう親友を見ていても構わない、鋼の中にある辛い思い出を癒やすために利用してるっていっても、役に立ててるなら嬉しいくらいだ。だから、勝手に諦めて、勝手に見限って、勝手に開き直らないでよ」
話を最初に戻し、逃げることを許さないと快人は改めて俺を否定する。
彼の持ち味である、清々しく爽やかなイケメンスマイルではない、どこかガキっぽく、人をからかうようなかつての親友を思い出させるような笑みを浮かべながら。
そして、
「だって鋼は僕の親友で、僕にとっての主人公なんだから」
本当に思ってもみなかったデッカい爆弾を落としやがった。
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