第107話 親友モブ
「な、なんで知ってんの?」
「昨日光から聞いた」
少し怒ったように快人が言う。しかし光経由か、そりゃ口止めはしてなかったけど。
「昨日、光が凄く落ち込んで帰ってきたから問い詰めたんだよ。鋼、実は今日が登校最終日だったんだって?」
「あ、ええと、その……」
「大事な妹をあんな風にして……この手紙が無かったら朝一でぶん殴ってたところだ」
快人の目はマジだった。つまるところ、俺は喧嘩フラグを知らぬ間に避けていたらしい。
「……じゃあ、手間が一つ省けたかな」
そう呟くと、軽く肩を殴られる。
「手間とか言うな」
「ははは……わりぃ。変な意味じゃなくてさ。いや……」
言葉を止め、唾を飲み込み、俺は快人の目を見て、言う。
「お前には全部、話そうと思ってたんだ」
「全部?」
「俺の、過去」
うだるような暑さを感じながら言葉を紡ぐ。けれどそれは暑さのせいだけじゃないだろう。
粘つくような喉奥の抵抗を覚えながら、俺は無理矢理口を開く。身体の抵抗とは反対に、声はするっと出てきた。
「俺にはかつて、親友がいたんだ。お前とは別の」
「親友……でも、いたって」
「ああ。もういない。死んじまったんだ」
今でも目に浮かぶ。彼の異形と化した姿が。
「俺は、あいつを殺した」
「え?」
「俺が殺したんだ。この手で」
困惑したような快人に、俺は彼が理解するより先に言葉を絞り出す。彼のためではない、俺のためだけに。
「快人、俺のこと、頭がおかしい奴って思うかもしれないけれど、ちょっと長い話をしてもいいか?」
「……別にいいけど。今言ったことに関係あるんだろ。それに鋼の頭がおかしいなんて、それこそ今更だから」
なんとも心強い冗談だ。冗談じゃないかもしれないけれど。
「それじゃあ、生い立ちから……」
「生い立ちっ!? 長くない!?」
「大丈夫大丈夫。俺、記憶喪失で5年くらいの思い出しかないし。中学入学から今までなんて言えばそんな長くも感じないだろ?」
「き、記憶喪失……? 本当に……?」
「本当も本当さ。これから話すことは全部本当だ」
そう、困惑する快人に俺は笑った。
◇
それから、俺は分かる限りの全てを話した。
異世界にいたこと。そこで勇者をやっていたこと。親友と、その妹と幼馴染みに出会ったこと。そして、全て失ったこと……。
俺は自暴自棄になって勇者という役目に甘えて敵相手に暴れ、そうすることでなんとか命を保って、そして、異形と化した親友を討った。世界のため、彼のため……色々と言い訳をつけて。
そんな俺に待ってたのは俺を呼び出したらしい国王からの死刑宣告だった。元々魔王を払うために呼ばれた俺もそれが終われば用済みとばかりに処分されるだけ。逃げて、自分勝手に親友を殺した俺には相応しい最期というわけだ。
しかし、仲間に庇われ、気が付けばこの世界に来ていた。
「そして命蓮寺さん……蓮華の親父に拾われ、お前らに会って、今の俺が生まれたわけ。以上、これが俺の身の上話だ」
「…………」
「感想は?」
「……ごめん、何がなんだか……取りあえず、最後端折りすぎ?」
「喉が乾いたんだよ、喉が」
半分本気でそう返す。
もう半分は、ここにいない共通の知り合いである蓮華への配慮。散々彼女との関係を自分勝手にひた隠してきたこともあり、そんな俺がこれまた自分勝手に彼女のことを話すのは良くない……という謎の予防線が張られたためである。
「飲む?」
そう快人が鞄から水筒を取り出し、渡してくる。
「おま……神かよ。いいの? 返さないぞ?」
「いや、返せよ」
冷静にそう返してきつつ、快人は手に持ったぬるーい缶コーヒーを見せ、「俺にはこれがあるし」と言う。なんだこのイケメン! 俺の中の女子がキュン死するぞ!? いればだけど。
キンキンに冷えてやがる極上の麦茶で喉を潤し、ちゃんと水筒は返して、再び話に戻る。
「まっ、俺の過去はそんなところだ。口にすると嘘っぽいけどな」
「確かに異世界がどうとか信じられないけど……でも嘘だとは思えないな」
「矛盾してない?」
「かもね。でも鋼はこんな長々とした作り話を考えたり、暗記できるほど利口じゃないし」
「唐突なディスっ!?」
「本当のことだろ?」
否定は出来ない。
こんな長々とした創作話、この世界だけでの話でもでっち上げるのはとても難しそうだ。
俺の頭の悪さが信頼を生むとは……大は小を兼ねるとはよく言ったものである。という思考がもう馬鹿っぽいな。
「……でも、なんでは鋼はこの話を俺にしたんだ?」
「なんでって……なんでだろうな。いや、分かってんだけどな」
俺の歯切れの悪い返答に快人は黙って見つめてくる。それは優しさでもあり冷たさでもある。俺の言葉を催促することなく、そして逃げることも許さない。
「俺は、お前に不義理を働いた」
「武士かよ」
「いやふざけてるわけじゃなくて……その、俺は俺のためだけにお前と、その、友達に……」
思い描いた言葉はつっかえつっかえで、心臓は悲鳴を上げるようにバクバクと音を鳴らす。
「俺は、その鋼が殺してしまったっていう親友の代わりってこと?」
「違っ……いや、……最初は、そうだった……。俺は、あいつを、あいつらを不幸にした。幸せに生きていた、これから幸せになれるはずだったアイツらの人生を歪めて、苦しめてしまった……そんな、人を不幸にするだけの存在なんだ」
誰が聞いても、きっと俺が聞いても中二病と笑い飛ばすだろう。そんな自意識過剰な言葉だが、俺にとって俺の評価はそこから変わってはいない。
快人と会ったとき、かつての親友、バルログに近い雰囲気を感じた。
それは俺にとって幸運だった。綾瀬快人の幸せを俺が導くことで、誰しもを不幸にする存在である俺が許される、償いが果たせると思ったから。
けれど俺は快人の意思を無視していた。自分が気持ちのいいように周りを巻き込んで、ハーレムなんて設定もどこかから破綻していて、もしかしたら快人の高校生活、その半分を無駄にさせてしまったんじゃないか、なんて思うようになって。
「だから俺は、お前を主人公にしたかった。輝いて欲しかった。それを支えたかった。そうすることで、俺はようやく……なんて、結局全部俺のためだ。俺が楽になりたかったから……俺が救われたかったから……本当、最低だよ……」
俺は自分のことを最低と蔑むのがあまり好きになれない。何故ならそう懺悔することなど、その先に気を遣った相手から「そんなこと無い。君は素敵な人だ」みたいな、肯定して貰える言葉を求めてのものでしかないから。
許しを誰かに求め、責任を押し付ける行為。生産性もなく、なんの解決にもなってない。ただ身勝手な自己満足。
俺はそれを快人に出会ってからずっと行っていたんだ。そんな自覚が妙に腑に落ちた。
快人は黙っている。
怒っているのかもしれない。悲しんでいるのかもしれない。哀れんでいるのかもしれない。
きっと俺はそのどれも望んでいる。けれど逆にそのどれも怖い。聞きたくない。
それを聞けば、満足してしまう。俺は結局最低野郎だと自分で見切りをつけれてしまう。それは快人や他のみんなと築いてきたこの数年を全て否定するのと同じだから。
思い返せば、俺はどうにも本当に周りを苦しめてばかりだと分かる。
綾瀬光の告白を俺は受けも断りもせず、その記憶を奪うという方法で無かったことにしようとした。
桐生鏡花の優しさに甘え、記憶を取り戻すなんて実験に巻き込んで危険に晒した。
命蓮寺蓮華の慈悲につけこんで、彼女の本心を知りながら蓋をさせ、都合のいいように利用した。
古藤紬の快人への思いを察していながら彼の周りに人を集めることで不安を煽った。
好木幽が無知であるのをいいことに、中途半端な優しさと気安い距離感を保つことで求められようとした。
香月怜南を異世界での力で騙し、イカサマで希望を与え、受けた信頼も約束も反故にしようとした。
逸らしていた目を向ければどれもこれも本当に救えない。
全ては自分のために、周りを歪めていい気分になっていただけだ。
そして、俺は今、その全てから目を逸らし、別の世界に逃げようとしている。
「ごめん、快人……こんなこと、話すべきじゃなかった。また俺は自分勝手で……」
快人は何も言わない。
俺は沈黙を保つ彼の方を見れずに、鬱屈した気持ちだけが膨らんでいくのを感じていた。
「実はさ、転校ってのは嘘なんだ。俺はさっき話してた異世界ってとこに戻るんだよ」
だから俺は不安に耐えきれず、空気を払拭するために努めて明るい声を発した。
「つって、もしかしたらあっちの方が暮らしやすいかもな? ほら、記憶喪失だから、今の俺にとっちゃ、向こうでの暮らしの方が長いわけだしさ」
お気楽者のお調子者キャラ。そうだ、それこそが親友モブ椚木鋼の正しき姿だ。
お調子者はお調子者らしく、デリカシーのないことを言って嫌われて終わろう。俺は主人公の踏み台だ、そんな俺が主人公から、みんなから好かれようなんてしたのがそもそもの破綻だ。モブキャラが主張してたら読者もみんな困惑するよな。まったく、誰か指摘してくれればよかったのに。
「いやぁ、最後に俺も少しはいい目にあいたい気になって、お涙頂戴してみようかなーなんて思ったけど……いやぁ、キャラじゃなかったかなぁ。快人の前だったらカッコつけずに上手くやれると思ったんだけどさー」
「………………んな」
「まっ、あれだ。俺のことは忘れてくれや。そりゃあ俺みたいにうるさいのがいなくなったら最初は寂しいと思うけどな。すぐに慣れるだろ。俺はほら、向こうで勝手に元気にやるから。異世界転生なんて世界中の青少年の憧れだぜ? 俺ツエーやってみんなのヒーローになって幸せに暮らすかも――」
「ふざけんなっ!!!」
俺の軽い言葉など簡単に吹き飛ばしてしまう、重い怒声。
普段の温厚な姿からは想像も出来ないその声に圧されている内に、掴みかかってきた快人によって硬い屋上の床へと押し倒された。
「か、快人……?」
「俺を……僕を、馬鹿にするなよ、鋼……!」
快人はボロボロと目から涙を零しながら、ぶつけてくる。
俺が欲してやまない、剥き出しの感情を。
いいところでごめんなさい。
ここで一旦CMです。
本作の書籍版が発売中です。
1巻は発売済み、2巻は11月29日(今話更新日週の金)発売予定です。
書籍の中にはU35先生による美麗なイラストや、書籍版だけの書き下ろしを収録。
さらに1巻は多少、2巻はかなりの手が加えられWEB版とは異なる演出も施されています。
3巻以降が出るかは売れ行き次第ですが、1巻2巻はほぼ上下巻的な、ニコイチ的なアレだと思うので、
是非お買い求めいただければ感謝感激でございます。
(二人並ぶと壮観だね!)
というわけでWEB連載もクライマックス感漂ってきましたね。
残り短いか、下手すりゃもっと長いか分かりませんが、
こちらも変わらずお付き合いいただければ感謝でザンスよ。
長々と失礼いたしました。
今後ともよろしくお願いいたします!
としぞう




