第106話 ※屋上の無断使用は校則違反です。
何事も無く放課後。
いや、本当は何事も無くないのだけど、最後の登校と思えばあまりに呆気なく時間は過ぎていった。
そりゃあみんな俺が転校するなんて知らないし、週明けからテストだ。学生の本分が控えている以上、俺みたいなモブキャラがフォーカスされることは無いというのが世界の真実だ。
ただ一人だけ、そんなモブの俺の事情に無理矢理巻き込ませて貰う。
屋上というのは学校にある定番青春スポットだ。勿論危ないので普通は封鎖されているだろうし、ここ嚶鳴高校も例外じゃない。
が、今俺がこの屋上に来れているのは一重に普段の人徳が成せる業……ではなく、小手先の技によるものだ。ヘアピンを使ったピッキング。ベタ、されどベターな手だ。
そして、そいつが来るのを待つ。手紙は朝一でそいつの下駄箱に突っ込んでおいた。一度仕込んだ後に一度学校から出て、後から来たという演出を加える程度には抜かりはない。ふふふ、今からでも彼奴の驚く顔が目蓋の裏に浮かぶようだ……!
「来たっ!」
階段の方から足音が聞こえる。ドア越しの為おそろしく小さな音、俺でなきゃ聞き逃しちゃうね。
脱力していた身体を起こし、慌てて定ポジへ。屋上の縁、グラウンドを見渡せる位置で飛び降り防止のフェンスに背を預ける。かっこつけポーズだ。
そして、扉が開いた。
「よお、よく来てくれたな」
そいつが俺を視認した瞬間、先制パンチとばかりに声を飛ばす。
「クックックッ。まさか俺からの呼び出しとは思わなかっただろう! そうだろう!」
「…………」
「あっ、ちょっ! 閉めんな! 帰ろうとすんなぁ!」
一瞬呆れたように半目で見て、そいつは開けたドアをそのまま閉め帰ろうとする。おかげでこちらは体勢を崩されてしまった。中々重いカウンターを放ってきやがる。
「……別に驚かないから。一目で鋼って分かったよ」
俺の渾身のラブレターを突き出しながら文句を言ってくる。こちとら必死で文面も作業もしたのに……。
「気づくなって方が難しいでしょ。何で途中まで怪文書みたいに新聞の切り抜きで文作ってあったのに手書きに変わってるのさ」
「文字探してたら眠くなってきちゃって……」
「それで途中から定規で筆跡が出ないように書いてるけど、それもやめて」
「平仮名のまの、あのくるんってなってるところが定規だとちょっとね……?」
「しかも最後は手書き。勢いで乗り切ろうとしたでしょ。雑すぎていつもの鋼の字になってるよ」
罪状を上げ連ねていく検察の如く、物証を読み上げていく。
「そ、そこは愛嬌だろ……」
「じゃあ普通に呼び出せばよかったんだよ。なんで手紙なのさ」
その手紙には、『お話しがあります。放課後屋上でお待ちしています。いつまでも。』と書かれている。ラブレターっぽさを演出したかったが俺にそんな語彙力は無かった。
ちなみにいつまでもは様式美。夜6時くらいになっても来なかったら帰ってたと思う。
「それでなんなのさ、話って」
「まあ座れよ。ほら」
そう、買っておいた缶コーヒー投げ渡す。これも様式美。
「ぬるっ」
「仕方ないだろ。放課後になって買いに行く時間なんてなかったから忍ばせてたんだよ。安心しろ、奢りだ」
「温い缶コーヒー渡されて代金請求されたら友情にヒビはいる可能性さえあるよ……」
そう彼、綾瀬快人は苦強めの苦笑を浮かべ、屋上へと足を踏み入れた。
◇
俺はこの高校生活の最後を彼と過ごすことに決めた。いや、決めていた。
理由は簡単、親友だからだ。たとえ俺が一方的にそう思ってたとしても。
「暑いね」
「暑い……」
ミンミンとセミが鳴き声を上げている真夏日。空もピーカンというやつで、屋上はてらてらと焼かれ凄まじい熱を放っていた。俺達は入口の影に隠れて座り、暑さを凌ぐ。
「中入ろう」
「それじゃあ屋上に呼び出した意味がないだろ……」
「いや、そもそも意味なんてあるの?」
ある。といえばありそうだが、深く考えると無い。ただこういうのの定番は屋上だというだけだ。後は河川敷とか? ただこの辺りに河川敷は無い。
もしも学園青春小説、漫画、アニメ、映画、ドラマ……そういった文化がこの地球温暖化の進んだ現代を発祥としていれば、青春を過ごす場所も涼しい冷房の効いた家電量販店の中とかだったかもしれない。
「恨むならラブコメの創始者を恨めよ」
「誰だよ」
「……知らんけど」
「じゃあ恨めないじゃん」
最初は帰ろうとした快人だったが、律儀に会話を返してくれる。
ちなみに快人がどうしても移動したいと言うのなら俺もやぶさかでない気分なのだけれど。
とにかく、暑さってのは危険だ。こういう時はさっさと本題に……。
「紫式部とかなのかな」
「はあ?」
「いや、ラブコメの創始者」
本題をと口を開きかけた俺を遮り、快人がそんなことを口にした。こいつ、さっきの話引っ張る気かよ!
「源氏物語って恋愛小説なんでしょ」
「コメディ要素あんのかよ」
「読んだことないけどあるんじゃない?」
「その自信どこから……でもあながち否定もしきれない。光源氏はハーレム主人公だしな」
「夜這いとかしてるけどね」
「ばっかお前。あの頃は夜這いが文化だったんだぞ。今でいうメッセージアプリみたいなもんさ。既読が付くか付かないかでヤキモキ~なんてのが、あの頃は戸が開いてるかな、ちゃんと夜這いしやすいよう一人の部屋で寝てるかな、可愛い下着履いてるかなみたいな感じだったんだろうよ」
「平安時代って下着あったの?」
「知らね。グルグるか」
俺はスマホを出し、検索サイト『グルグル』で「平安時代 下着」と検索してみた。
「なるほど、一応あったらしい。今みたいなのじゃないけど」
「ふーん」
明らかに暑さで互いに碌な会話を出来ていない。
というわけで今度こそ本題に……。
「鋼さ」
「……なんだよ」
2度目の出鼻くじかれ。こいつ狙ってんじゃないだろうな。
まぁいい。3度目の正直という言葉もある。三段オチはジャパンのデントーゲーノーだ。ここを乗り越えた3度目に本領発揮しちゃる。
「転校するんだって?」
「オゥ……」
3度目が来ることなく、まさかの快人から切り出されてしまった。
そんな予想外の展開に俺はただ天を仰ぐしかなかった。
 




