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第100話 自分の名前でダジャレを作る苦行

遅くなりすみまめん。

 翌日、俺は何事もなく登校した。昨日は朝に拉致られたのだからこの何事もなくというのがいかに貴重なことかしみじみと感じさせられる。

 来週からテストとあって教室の雰囲気は中々に緊張感が張り始めていたけれどそれでもいつも通りで。それも不思議としみじみと感じられる。


 特に面白みもなく時間は流れた。鏡花は明らかに眠そうで珍しく授業中にも船を漕いでいたし、大門先生も事情を知っているのか昨日のサボりは追及してこないしで、いつも通りとは少し違ったかもしれないけど、いつもの高校生活の景色だ。


 そして、放課後、


「椚木くーん」


 帰り支度をしていると、これまた珍しく女子に呼ばれる。が、当然ムフフな展開ではない。

 告白ブームにおいても告白されないことから女子からの人気は推して知るべしだ。


「小さなお客さんだよ」


 女子が指したのは好木だった。教室の入口で、ドアに半身を隠しながらそわそわとこちらを見ている。


「なんだお前。お子様はもう帰る時間だぞ」


 文句でも返してくると思って軽口を叩くと、彼女はどこか怯えたように距離を取るように隠れてしまう。


「おい、呼んだのお前だろ」


 ドアの影に隠れるゆうたを追って廊下に出る。と、俺の姿を見てニヤリと口角を上げた。


「被疑者確保ですっ!」

「おーっ!」

「お、おー……」


 ゆうたの声に次いで聞こえる二人の声。振り向く間もなく背後から頭を通して太めの輪ゴムのようなものを身体に付けられる。


「痛ぁっ!? これ人間捕らえるサイズじゃねぇから!」

「だ、大丈夫ですか?」

「心配しなくていいよ、光ちゃん。A先輩はマゾだから」

「違うわっ!」

「わあ、じゃあサドですか。相性いいですね~」

「何とだよ!?」


 背後にいた二人は香月と光、つまり一年生チームだった。


「雑談は程々に! 注目を集める前に運ぶです!」

「アイサー!」

「あ、あいさー!」


 ノリノリな香月に対し恥じらいを感じさせる光。前者が俺の胴を抱え、後者が足を持ち上げる。随分手際がいい。ただ、注目はしっかり集めていたと思う。


 連れて行かれた先は卓上旅行部の部室だった。予想通りではあるが、予想通りすぎるのもどうなんだろう。

 拠点を手に入れたのはいいけれど、それこそ秘密基地を作った小学生のように入り浸るのもどうだろう。室内には既に私物も多く置かれているように見受けられた。


「そういえば幽ちゃんと光ちゃんも正式に入部してくれたんですよ」


 俺の心情を読んだのか香月がそんなことを教えてくれる。実質活動の無い部だし生徒会の負担にはならないんだろう。ゆうたはどうせ暇だろうし知らない。


「鋼さん、解きますね、輪ゴム」

「お前はお前であっさりしてんな」

「うっ血して腕が腐り落ちたなんてなっても責任取れませんから」

「発想がグロい……」


 光はペン立てにあったハサミを取り輪ゴムを切る。ぱちっと音を立てて弾ける輪ゴム。輪ゴムさん、安らかに眠ってね……。


「輪ゴムさん、可哀想に……なむなむ……」

「何やってんのお前」

「ふと物に命があるかのような感受性豊かなキャラを思いついたですがどうです?」

「変」


 にべもなく結論を下す。実際変だから仕方ない。


「それで、どうして俺を拉致してきた」


 がっくり肩を落とすゆうたを無視し、光と香月を見る。行動力からすると香月が本命だが。

 案の定、はいっと勢いよく手を挙げ注目を向けてきたのは香月だった。


「ズバリ、夏休みについてです」

「夏休み?」

「テストが終わったら夏休みに入りますが、今は何も予定が無いじゃないですか。今のうちに遊ぶなら遊ぶ、トレーニングするならトレーニングするで予定を立てておくべきだと思うんです」


 香月の言葉に光もコクコクと首を縦に振る。


「なんで俺だけ?」


 色々疑問はあったけれど、とりあえずそんな質問を返す。


「他の皆さんとは昨日お話しできましたから」


 他の皆さんが誰を指しているかは分からないが、おそらく以前この教室で一緒に飯を食った面々だろう。


「ゆうは遊園地に行きたいです!」

「ダジャレか」

「怜南はコンサートに行きたいです」

「なぜ一人称名前?」

「セレナーデを聴きに」

「やっぱりダジャレじゃないか」


 一番最初のゆうたは素だろうけれど、香月はわざとだろう。妙に回りくどいしコンサートなんてキャラじゃないだろうし。

 が、ここで気になるのはもう一人の存在だ。

 沈黙を保つ……否、黙らざるをえない状況になってしまった綾瀬光に俺達の視線が集まるのは当然のことだった。視線に気が付いて、ぐるぐると頭を巡らしているのだろう、余裕の無い表情を浮かべる光はハッと俺を見ると、


「こ、鋼さんはどうですか!?」

「鋼は公園に行きたいです」

「一瞬で!?」


 起死回生の時間稼ぎを画策したのだろうが無駄だった。一瞬なんていうが、香月が乗った瞬間にはもう思考は回り始めていた。

 俺に振ってうやむやにする光の作戦は頓挫した。それも視線を一つ増やす結果になって。


「それで」

「光ちゃんは」

「どこに行きたいです?」


 三者から視線を向けられ、うろうろと視線を彷徨わせる光。心なしか頬が赤らんでいる。


「し……」

「「「し?」」」

「しおひかり……」


 世界が静止した(体感)。


 ……これは難しいぞ。どう処理するのが正解か、と一瞬思ったが、素直になるのが一番だと思った。


「光、俺は好きだ」

「ふぇっ」

「一番夏っぽいしな」

「あぁ……ダジャレのことですか……」


 この流れでそれ以外なにが?


「本来“が”と濁らすところを“か”と言って光に合わせるところに細かい配慮を感じさせます。86点」

「や、やめて、分析しないで怜南ちゃん……」


 ギャグのライバル、ネタばらしを発動した香月に人の血は流れているのだろうか。


「うーん。場所、という指定ですからねぇ。潮干狩りとなると場所ではなく行為ですし、少しズレるですなぁ。時期的にも春くらいのイメージです」


 顎に手を当て、難しい顔を浮かべてそう批評する好木。君ら本当に友達?


「……それを言ったら怜南ちゃんのも駄目じゃない?」「そんなぁ!?」

「ですです。つまり幽の一人勝ちです」

「いや、幽ちゃんは最初気が付いてなかったでしょ」

「そそそそんなことないですですよ!?」


 途端、蹴落としあいが始まる一年生チーム。こんなんで彼女らは大丈夫なのか……と不安になったが、意外にも全員笑顔だ。冗談が叩き合える仲ということなのだろう。おじちゃん、少し感動。


「A先輩、何を逃げようとしてるんですか?」

「うぐっ」


 盗みを終えた泥棒の如く、音も立てずドアに向かっていると、行き先を香月に塞がれた。


「まだ本題が済んでいません。そもそも鋼さんが幽ちゃんの天然ダジャレを拾うから脱線したんですよ」


 追随するのは光。連携が取れてやがる。ゆうたはですです言っていたので無視した。


「本題って言ってもなぁ……」

「遊園地っ!」

「折角ですから夏らしいこともしたいよね。お祭りとか、海とか」

「夏らしいことと言えば夏の強化合宿だね」


 思い思いに行きたいところ、やりたいことを挙げていく後輩達。高校生になって初めての夏休みということもあり、期待も大きいと見える。


「いや、快人達と話したんじゃないのかよ」

「兄さん達は鋼さんに任せるとのことです」

「丸投げ!?」


 俺は彼らのマネージャーか何かなのだろうか。あいつらのスケジュールなんて把握してるわけないのに。


「悪いけど、快人達と詰めてくれよ」

「えーっ! 旅行は行く前に計画を立てるところからもう旅行の醍醐味ですよ!? それにお兄ちゃんはゆうの分のお金も出すですし」

「そうしてやりたいのは山々なんだけどなぁ」

「なぁんて冗だ……え?」


 ゆうたが目を丸くし、ぱちくりと瞬かせる。全部奢り発言は確かに冗談であって欲しいが、家庭の事情があったり人見知り故あまり充実した休み期間を過ごしてこなかったであろう彼女が、漸く学生らしい充実した夏休みを迎えられると思えばそれくらいサポートしてやりたくもなる。

 しかし、彼女がこれから迎える夏休みに俺はいない。


「なにか、あったですか?」

「ん?」

「お兄ちゃん、変です。普段だったら結局出してくれるにしても最初は渋るのに」

「そうだな……」

「鋼さん?」


 歯切れの悪い俺に光が心配そうな声を向けてくる。香月も口に出さないものの俺に異変を感じとったらしい。

 室内に静寂が流れた。

 俺は部室に無雑作に置かれたイスに腰を掛ける。それを見て彼女らもそれぞれイスに座る。


「実は一身上の都合で転校することになった。行き先は海外で、来週からもう学校には来ない」


 元々用意していた辞める言い訳である、海外への転校を口にする。転校の言い訳、なんてものはネットで検索しても中々出て来なかったため退職に置き換えて調べてみたがそうなるとわんさか出てくるものだから、この時ばかりは辞めたいと言ってもスッパリ辞められない日本社会に感謝せざるを得ない。


 しかし、通り一遍の建前をぶつけられて納得出来るほど人は単純じゃない。

 それぞれ、驚き固まる光、ゆうた、香月を見て俺はそれをしみじみと実感していた。

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