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第10話 グーはパーには勝てない

 うおおおおおおおおおおおおおおおお! 遅刻ううううううううううううううう!







 なーんて、そう何度も同じことを繰り返すと思った? 残念!

 今日はちゃんと起きましたー! 正に正道!


 というわけで昨日までのデスロードとは打って変わり、俺は余裕綽々な気分で一人通学路をトボトボ歩いていた。


 そもそもの話だけど、遅刻ってやっぱりいけないと思うの。

 一昨日だって遅刻をしたから変態おじさんに出くわしたわけだし、昨日だって遅刻をしたから担任にしごかれた。(性的じゃない意味で)

 遅刻さえしなければ……遅刻さえしなければ……そう思う内に俺は植物になっていた。(大嘘)




「ちょ、くっつくなよ、紬。もう暑くなってきたんだから」

「別にいいじゃーん!」


 おっと、目の前にいらっしゃるのは我らがヒーロー、綾瀬快人君とその愉快な仲間である古藤紬さんじゃないか。会っていないのは一日だけだが、随分と久しぶりな感じがするぞ。


 さて、すっかり初夏を迎え、夏休みを前に、身軽な夏服へとチェンジしている今日この頃、古藤紬のほわわんとふくらんだ胸が快人の腕に当たりホヨョンと萌えキャラの泣き声みたいな擬音を出して形を変えているのが手に取るように分かる。



 ごめん、嘘。強がった。分からない……ええ、そうですとも! 分かりませんよ僕には!

 そうだね、手に取るように分かったらいいのにね。手に触れる、空気が、おっぱいだったなら……いいのにね……



「あれ、鋼?」

「おう……」

「な、なんで朝から落ち込んでるんだ?」


 目ざとく俺を見つけた主人公、快人はわざわざ俺に声を掛けてきた。当然おっぱ……古藤もセットだ。


「おはよー、椚木っち!」


 俺を見つけた段階で抱き着くのはやめていた古藤は、子どもっぽく大きく手を上げて挨拶してきた。

 彼女は、俺のことをキーホルダー付きゲーム機のマスコットみたいに呼び、特に含みの無い笑顔を浮かべている。


「おっす、快人、古藤」

「お、おう。おはよう鋼。大丈夫か?」

「問題ない。ちょっと、世界の不公平さを嘆いていたところだ」


 同じく片手を上げて二人に挨拶する俺。

 俺の言葉に快人はよく分からないように苦笑している。

 まぁ、俺も尺度を世界と広げすぎたことに後悔している。地区大会優勝くらいにしておけばよかった。


 ちなみに、俺と古藤はヒーローヒロインの関係ではないが、別に仲が悪いことは無い。むしろ関係性を表すならば友達というのが一番正しいほどだ。

 快人の幼馴染である古藤、快人の親友である俺。当然接点は生まれてもおかしいことなんてないんだよ。


 いいかい? ヒロインが性格悪いなんて無い。むしろ性格良くないとラブコメは売れないし読者から嫌われる。嫌なヒロインっていうのは、嫌われることを前提に作られた、それはもうただの悪役なんだよ。分かる?本当のヒロインは暴言は吐かないしトイレにだって行かない!


「綾瀬君、古藤さん、おはよう。あら? ゴミクズが二足歩行してる」


 前言撤回。いたわ、性格悪いヒロイン。


「あっ、おはよう、鏡花」

「……おはよ」


 (俺に対してだけ)攻撃性の高い挨拶を放って現れたのはクラスメートの桐生鏡花だ。相変わらずクールな雰囲気を出しながらも、気持ちの悪いくらい清々しいにこやかな笑顔を浮かべて挨拶をしてきた。(俺以外に)


 そんな彼女に応える快人と古藤。古藤は相変わらず桐生が嫌い、というか苦手らしく、少し暗くなった。

 

 まぁ分かるよ。俺も苦手だもん。

 桐生はよく暴言を吐くから、俺の豆腐メンタルは傷つけられてインスタント味噌汁に入っている豆腐みたいなスライスになっちゃってる。


 だが、古藤の悩みは俺のことなんてちっぽけに思えるほど根が深い。


「何?」


 俺の視線を感じて気持ち悪そうに僅かに身じろぐ桐生。僅か、そう僅かな体の動きだが、その空気の動きをおそらく古藤は敏感に察知した。目のハイライトが僅かに消えかかっている。

 その原因は桐生のお胸である。決して無いわけじゃない、普通にある古藤のそれに比べて、2倍……いや3倍!? 何だあいつはっ!? 隊長機かっ!?


「古藤、気をしっかり持て! 傷は浅いかもだぞ!」

「椚木っち、私もう駄目、あれに比べたら、私のなんて、おも付かない只のπだよ……」


 何言ってんのコイツ。

 今にも崩れそうな古藤の発言に首を傾げつつ、でも放っておくわけにもいかんし……と、必死で言葉を思い浮かべる。


「古藤っ! いいじゃないかπ! 全然いいだろπ! 3.14の3桁計算強いられるより計算楽だろπ! 算数嫌いの子供たちの多くを救ってるよπ!」


 語尾がπになるππ星人と化した俺の言葉に古藤が次第に目の明かりを取り戻していく。どうやら正解だったらしい。ありがとうππ星人。


「そうかな……?」

「そうπ! 元気を出すπ!」

「朝からパイパイうるさいわよ!」


 ガツンっ!と俺の後頭部に桐生が持っていた革製スクールバックがクリーンヒットした。そしてぶつけられた勢いのまま倒れる……その瞬間に見えた、夏服ゆえに、薄着ゆえに身体をより明確に浮き立たせてしまうそれに……俺は、現実が残酷であることを知った。


 桐生のそれは萌えキャラの鳴き声なんかじゃない。大リーグのスラッガーのスイングのような豪快さを併せ持ち、萌えキャラを球場の彼方に打ち飛ばしてしまうような凶悪兵器だった。


 そして、どうやら古藤も俺と同じものを見たらしく、今度こそハイライトを完全に失っていた。

 快人はというと桐生のお胸の動きに目を奪われている。まったく快人というやつは、やっぱり男ということか。主張が激しいからとちらちら見おってからに、情けないなぁ、うん……ちらちら。



「ふぅ……この馬鹿は放っておいて、貴方達、早く行かないと遅刻するわよ」


 加害者である桐生はそんな三者二様の行動など気が付いていないようで、そんなことを言うと、歩きだしてしまった。


「お、おう。行こうぜ、紬。鋼も」

「う、うん……」

「化け物め……」


 桐生を追うように再び通学路の途につく快人、古藤、俺。

 古藤の精神的ダメージと俺の物理的ダメージは大きいぞっ!


「私、がんばる。そしていつか桐生さんに勝つ」


 ぽつりと呟かれた古藤のその決意の言葉に、俺は何も返せなかった。


 グーはパーには勝てない。それがこの世界の真実だ。


 ああ、友人の窮地に俺はなんて無力なんだろう。

 でも、ごめん古藤。俺にとってお前は友人であると同時に快人のヒロインなのだ。

 親友キャラはヒロインの手助けを出来ない。通り一辺倒のことを言って、その場で慰めることは出来ても、真に助けられるのは主人公のことだけだ。

 親友キャラがヒロインを助けようと思うのならば、その親友キャラが実はヒロインのことが好きだったみたいなバックボーンが必要になる。それは俺の寿命を縮める完全な悪手だ。


 強く生きろよ、古藤。

 大丈夫、お前のいいところはいっぱいあるよ。元気だし、明るいし、ちょっとデリカシーないけど、一緒にいると楽しくなるよきっと。


 ぽつぽつと会話を交わしながら並んで歩く快人と桐生の少し後ろを、思い悩むように少し俯いて歩く、元気いっぱいとは程遠い姿の古藤の背中を見ながら、俺はそんなことをただ思うことしか出来なかった。

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