表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
109/130

第99話 また明日

 その夜、僕は大人になった。幼馴染みの美少女とこれまでの時間を埋めるような熱い夜を……なんてことは無く、鏡花の「電気つけない?」という言葉がきっかけでお開きになった。

 別に甘い展開なんてのを求めていたわけじゃないが、蓮華とのやり取りのせいで変に構えてしまっていたらしい。


 古藤の家に泊まるという話は冗談では無かったようで、俺と鏡花は並んで古藤の家に向かう。俺は泊まらないけれど夜道を女性一人でというのはやはり心配だし、紳士なら当然のことだ。


「悪いわね。勝手に来て、送らせて」

「別にいい。むしろ変に心配かけてこっちのが悪かった」

「確かにその通りよね」

「おい、日本人らしい慎ましき譲り合い精神はないのか?」

「不毛じゃない」


 鏡花はクスリと笑いを漏らす。


「第一慎ましさなんて鋼くんに言えた義理無いと思うけど? いきなり異世界がどうとか、そこに行くとか、いつ帰ってくるか分からないとか。不親切にも程があるんじゃない?」

「ぐうの音も出ない」

「それ悪ふざけするときの回答でしょう」


 そう断言されるとそうだと言わざるを得ない。口には出さないけれど、ただ沈黙は肯定しているようなもの。並行して歩きながら鏡花は肩を俺の腕に当て、そのまま軽く押してくる。体当たりというやつだ。


「なんだか実感が無いわね」

「実感?」

「貴方が居なくなるっていう実感。来週にはもう……なんでしょう?」

「まぁ、うん、そう」

「再会して間もないし、私の中で貴方はそう大きくないのかもね。勢いで泣いちゃって馬鹿みたい」

「人間そんなもんさ」


 笑みを浮かべる鏡花に合わせ、俺も笑う。鏡花の笑みが力無いものであったことには目を瞑った。

 ぽつぽつとそんな会話を交わしながら歩いているとあっという間に古藤の家まで着く。


「それじゃあ。送ってくれてありがとう」

「ああ、じゃあな。楽しい夜を」


 小さく、胸元で手を振る鏡花に、こちらも手を軽く上げて返しつつ、今来た道を引き返そうと振り返る。しかし、足は踏み出せなかった。


「鏡花さん?」


 俺を止めたのは鏡花だった。俺が足を踏み出す前に右手を握られた。


「……やっぱり、寂しいのかしら」

「え」

「なんだか、貴方の背中を見た途端、胸が苦しくなって……変ね、私」


 そう言いながら鏡花は俺を背後から抱き締めた。夏の暑さとは別の熱が全身に広がる。


「こうすると落ち着くわ。鋼くん、行くのやめて私の抱き枕にならない?」

「なんだそりゃ」

「冗談よ」


 そりゃそうだ。

 だが、鏡花は冗談と言いつつ離れない。さっきまで別れに何も感じないとか言ってたのに。


「笑ったわね」


 背中から鏡花の拗ねたような声が聞こえた。


「笑ってないし」

「バレバレの嘘はやめなさい。どうせ胸を押し当てられて役得とか思ってるんでしょう」

「お、思ってねぇし!」

「さっきだって見てたじゃない」

「みみみ、見てねぇし……」


 言葉を震わせながら、俺は背中に確かに感じる2つ……というか最早1つの感触から意識を遠ざける。


「……離れないの?」

「離れてほしい?」

「いや、そういうわけじゃ」

「やっぱり喜んでいるんじゃない」


 そうでもない、という言葉を飲み込む。淡々と話している感を出してはいるが、息遣いや間から僅かににじみ出た感情が、鏡花の喜怒哀楽をはっきり伝えてきて、なんというか、弱る。

 しかし、鏡花はおそらくアレに気が付いていない。言ってしまえば俺はあと数日で解放されるから割り切れもするが、鏡花はこれから何日、何ヶ月、もしかすれば何年も引き摺ることになるかもしれない。


「なあ、気が付いてないかもしれないから念の為言うな。怒るなよ、騒ぐなよ、と予め言っとくぞ」

「何よ、随分と勿体ぶって」

「古藤が覗いてる」


 バッと衣擦れの音がはっきり耳に届くほど素早く、鏡花が背から離れる。そして、気配を消し、玄関前でスマホカメラをひっそり構える古藤を見た。


「何やってるの、貴方!?」

「何やってるのはこっちのセリフだよ、きょーちゃん」


 古藤はスマホの画面を見詰めながら、レンズを鏡花と俺に交互に向ける。


「いつの間にくぬぎっちとそんな甘い関係になったのさ。人の家でイチャイチャ見せつけるくらいに」


 古藤は古藤らしからぬ冷たく淡々とした、まるで事実確認をしながら追い詰める尋問官のような口調で言う。


「も、もしかして古藤さん、怒ってる?」

「怒ってないよ」

「で、でもなんだか普段より静かというか、抑揚が無いというか」

「騒ぐとご近所迷惑だから」


 静かになるだけで怖れられる女、古藤紬。意外と常識的でもある。

 

「もしかしてきょーちゃん。私がくぬぎっちが好きで嫉妬したとでも思った? 有り得ないから。私がくぬぎっちに抱く恋愛的好意なんて長さにしたら3ミクロン程度だよ」


 分かりづらい。そこはゼロでいいだろ。


「きょーちゃんがくぬぎっちに抱く15光年の愛に比べればゴミみたいなもんだよ」


 上限どうなってんだよ。その世界で戦ったらゼロよりキツく感じるぞ3ミクロン。そもそも何故長さや距離で測るのかも分からないし。


「ちなみに15光年は織姫と彦星の距離なんだって。ロマンチックでしょ?」


 そうですか。


「古藤さん? 私は別に……」

「別に? 抱きついてたじゃん」

「それは、その……」

「ちなみに証拠もばっちし押さえさせて頂きました」


 古藤がスマホの画面を見せてくる。そこには俺の背に抱きつく鏡花の姿があった。先程は見えなかった表情まで見えて、こちらまで恥ずかしい。

 が、鏡花が感じるのはそれ以上で、つかつかと古藤に歩み寄ると目にも止まらぬ早さで古藤のスマホを持つ方の手首を掴み上げた。


「消しなさい」

「ぼ、暴力はよくないですよっ」

「いいから」

「わ、私の身の安全が保証されないとこの写真が自動的に世界中にばら撒かれることに」

「古藤さん?」

「ひ、ひぃ! く、くぬぎっち、ヘルプ! ヘルプー!」


 近所迷惑を考慮しない古藤の本気の叫びが背中越しに聞こえた。

 触らぬ神に祟り無し、というわけで俺は今度こそ帰路に足を踏み出した。今度は止めるものはいない。


「また明日ー」


 そんな声を飛ばしてみたが鏡花、古藤に届くことはなかった。

100話までに終わらせようと思ってましたが無理でした。

もうちっとだけ続くんじゃ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ