第96話 仲間を増やして次の町へ
書けたので投稿です
「まったく、どうして一言も相談してくれなかったのですか。専属であるこの私に」
「……悪い」
あれから、なんとも微妙なまま飯を食って、公輝さんと退学に必要な諸々の準備を進めて、命蓮寺家を出る頃にはすっかり夕暮れだった。
今回はビルの前ではいさよならではなく、わざわざ冥渡が車を出してくれるということで、どういう風の吹き回しかと思ったがどうやら文句を言うつもりだったらしい。
「ちなみに私はそれなりに役に立ちますよ?」
「は?」
「炊事、洗濯、料理に、掃除。当然暗殺だってお手の物の敏腕メイドですから」
「最後のがなければなお良かったな。何が当然なんだよ」
とろとろと車を動かしながら冥渡がフロントミラー越しにこちらを見てくる。車は渋滞に巻き込まれていた。
スマホで見ると少し先で事故があったらしい。最近多い気がする。こんな鉄の物体がルール無視で突っ込んで来るとか異世界でももっとマイルドだろ。そりゃトラックに突っ込まれたら転生もするよな。納得感ある。
「最後が重要では?」
「は?」
「私はこの世界に馴染めないような技術を幼少から叩き込まれました。一族の仕来りと人を殺す術を、空想の中の忍びの如く身を動かす業を」
「物騒すぎる!」
「ええ、ですがそれがいいのです」
「何がだよ。そんなの履歴書に書いたとてコンビニでさえ雇ってくんねぇよ」
「ですが、鋼様に降りかかる露を払うことはできます」
「は……?」
「私を連れて行ってください」
真っ直ぐ前を見ながら、淡々と冥渡はそう言った。一瞬意味が分からず、手に持ったスマホを落としていた。
「何を言ってる」
「鋼様の行く異世界とやらに連れて行ってください。私の力で貴方を守ります」
「お前……」
「私ならそれなりに役に立つ筈です」
彼女はそう言い切って、黙ってしまった。話を切り上げたのではない、俺の返事を待ってるんだ。
落としたスマホを拾い上げ、ポケットにしまう。その間も俺は後部座席から彼女の顔を斜め後ろから見ていた。
あの日、朱染で久々に見た彼女の姿は不吉そのものだった。いや、その前から、彼女と初めて出会ったときは俺達は敵同士だったんだ。
今思えば、彼女が本当に蓮華を暗殺しに来たかなんて怪しいものだが、俺達はこの世界に馴染めない者同士戦って、今こんな関係にある。
前に、彼女と命蓮寺のビルの前で話したとき、俺は少しこいつに自分を重ねた。
きっとこいつも俺に何かを見たのだろう。それこそ何か未来を。そんな俺が自分を置いてどこかに行ってしまうとなれば、こいつの不安もまた元通りで、下手すれば俺達が出会う前のように戻ってしまうかもしれない。
「蓮華達にはバレないようにしろよ」
「え……えっ?」
何拍か間を置いて、冥渡はブレーキをかけて車を停めると同時に振り向いた。目をまん丸にしているその姿はとても普通の少女に見える。
地味というベースはありつつも……なんというか、アレ。乙女ゲームの主人公みたいな、地味なんだけど美人みたいなのってこいつを言うのだろうとかそんなことを思った。
「なんだよ」
「いいの、ですか。そんなあっさり」
「なんだ、冗談だったのか。真剣に考えて損した」
「冗談じゃないですっ。行きます、付いていきますっ」
淡々としていた今までの冥渡と異なり、落ちつきなく少し興奮したように何度も首を立てに振る姿は少し面白い。
「やったやった。言質は取りましたからね。録音もしましたからね」
「マジか……といっても、行ければの話だ。こればかりは確認しないと……駄目だったら諦めろよ」
「一度梯子を掛けておいて途中で引っ込めるのは卑怯です。なんとかしましょう、してください」
「やけにテンション高いな……」
「そりゃあテンションも上がるというものでしょう。まさか許可されるなど夢にも思っていませんでしたし」
彼女は再び前を向いたが、両手で頬を押さえ満面の笑み……ではないが、口を緩め目尻を落として笑うのがフロントミラー越しに見えた。
「しかし、どうして鋼様は私が付いていくことを許可してくださるのですか?」
「そりゃあ……」
放っておけない、というのは語弊がある。じゃあ他の奴は放っておけるのかってな。放る放らないなら快人も光も鏡花も蓮華も、好木も香月もそれぞれ放っておけないっちゃあ放っておけない。
けれど、彼らと冥渡が明確に違うのは……。
「お前は丈夫そうだからな」
「……え」
いや、ストレートに言いすぎた。こいつならあの異世界でもやってける身体能力うんぬんかんぬんを持ってるって意味だが、女性に向けるにはあまりに不躾だ。
「いや、便利そうだから」
「べんり……」
いやいや、余計悪くなってる気がするぞ!?
便利なんて彼女を物扱いしてるみたいだ。何様だ俺は!?
ええと、何か誤魔化す言葉を……。
「鋼様」
「は、はい」
「襲っていいですか」
「はぁ!?」
獲物を見つけた肉食獣の如く双眸をギラつかせる冥渡。俺は何故かでもなく背筋に寒気が走るのを感じた。
「ちなみにこの車は座席を倒すことでベッドのように寝そべることができます」
「何故今説明した!?」
「それは勿論可愛い可愛い鋼様をパクリと……」
「ぎゃああああ!?」
食われるっ!? と身を竦める俺を見て、何故か冥渡は固まった後、再び前を向いた。
「思わず我を忘れました」
「も、戻るのが早くて助かるよ……」
「鋼様が悪いんですよ。女性が言われて嬉しい言葉ランキング1位の『お前は便利な女だ』と、2位の『何人も産めそうなくらい丈夫だね』を立て続けに言うなんて。口説いてるとしか思えませんでした」
「なんだその駄目男にこき使われてそうなヤバい女の趣向は!? つーか、産むとかそんなこと言ってない!」
こうなると3位も気になるがコンプライアンスを重視しそこは追求しないことにする。
「この車、ドラレコついてますからね……下手に車内でギシギシすると車体が不自然に揺れている映像が残ってしまいます。それこそ蓮華様に私が黙って鋼様の処女を奪ったとあっては本当に殺されてしまいます」
「処女!? そっち!?」
「そちらも、です」
「もってなんだよっ!? この変態女っ!!」
コンプラもクソもあったもんじゃねぇ!
俺が守っても簡単にこの女が破っちまう。コンプラはみんなで守るもんだって習わなかったのかよ!?
「あ、それ3位です」
「これが3位かよっ!!」
何かを守るより、壊す方が容易い。
また一つ賢くなった鋼くんだった。




