第92話 蛇と蛙
※モノローグ多め
命蓮寺蓮華は学業優秀、容姿端麗、完全無欠、天衣無縫の生徒会長である。
生徒、教師からの信任は厚く、1年の入学直後から生徒会に所属し、秋には2年生を差し置いて生徒会長を務め、その次の期も継続して生徒会長となった。
二期連続で生徒会長になったのはこの学校では前例がないらしい。1年生で生徒会長になった例こそ幾つかあったらしいけれど、1年生の身には余る激務と重圧に心を病む生徒が殆どだったとのこと。
冷静に考えてみれば、1年の後期からの生徒会活動については完全に初見の状態なのにトップに立って仕切らなければいけないというのは中々に高難度だ。
しかも部下には、おそらく自分が生徒会選挙で蹴落とした、“本来なら生徒会長になるはずだった相手”もいるだろう。その心労たるや……察せても解決策は浮かばない。
しかし、このパーフェクト生徒会長の蓮華様はそんな重圧に屈するどころか女王様のように飼い慣らし、周囲の期待を軽々と上回った。生徒会経験者の先輩達も、その手腕を手放しで称えたくらいだ。
俺達の学年は入学してからずっと彼女が仕切る生徒会体制の中で学園生活を送ってきた。
まあ、生徒会体制といっても基本運営は教師を含む大人達で学生主導の行事というのも日常的にあるわけではないが、それでも生徒会へは一切不満もないし、幸福な世代だと先生達からも度々言われる程だ。
けれども、だからとてその力量イコール蓮華が生徒の模範となるような存在かというと、それは違う。
だってこいつ今学校サボってるもん!
今日水曜日だよ? ド平日だよ!?
至極当然のように綾瀬家から俺を拉致った蓮華達だけれど、本社……つまりは命蓮寺家に向かおうというのだ。それってただの帰宅だぜ?
「鋼、何か考え事ですか?」
「え……あ、いや、特に何も……」
「そうですか」
手錠とシートベルトで拘束された俺と並んで後部座席で見事なパイスラを披露している命蓮寺蓮華様は、そりゃあもう、見る者全てを魅了する神聖なアルカイックスマイルをお浮かべなさった。
流石に遠回しな蓮華ディスを考えていたとは言えませんよ!
「鋼様」
媚びへつらうように笑顔を顔面に貼り付けていた俺に対し、冥渡が運転をしながら呼んでくる。
「正直に話した方が色々と良いかと存じますが……」
「な、なんだよお前いきなり。嘘? 誰が嘘を吐いたって? 何も嘘なんて吐いてないだろ。仮に俺が嘘を吐いたと言うなら証拠を出せや! ねーだろ証拠は! おぉん!?」
「証拠を求め出すのは犯人である証拠では?」
状況証拠としては十分……けれど裁判じゃあ通用しませんよ! 覚悟の準備をしておいてください!
「冥渡さん、何を言っているんですか」
スマイルを全く崩すことなく、蓮華様はテレビの向こうの女優のように、台本を読み上げるようにスラスラと仰る。
「鋼が私に嘘を……隠し事なんてする筈がありませんもの。ねぇ、鋼?」
「あ、いや、その……」
もしかして、いやもしかしなくもなく、冥渡は俺に助け船を出したのか?
改めて見た蓮華の笑顔は精巧に作られた芸術品のような人間離れした何かを感じさせた。騙され……てはないな、ないか。
思えば彼女のアルカイックスマイルを拝見した瞬間俺は内心で五体投地し、彼女を頭の中で称え崇め奉った。それって蛇に睨まれた蛙ばりの条件反射だったんだと今更ながら気が付いた。
「それで、鋼。何を考えていたんですか?」
質問がループした。さっきのやり取りを踏まえると「次誤魔化そうとしたら、分かってんな?」という副音声が聞こえてくる気がした。
「い、いやぁ、えっと、学校休んでいいのかなって」
嘘は吐いてない。嘘は。
「と、言いますと?」
「と言いますとって、いやその、俺はともかく生徒の模範となるべき生徒会長が体調不良でもないのに学校を休むなんてのは、ええ、会長の御名前に傷を付けてしまうのではないかという、そんな感じのアレでして」
そうだ、別に悪いことを考えていたわけじゃない。現在進行形でどうであれ、蓮華は生徒会長として、生徒の模範となるべき存在なのは確かだ。気にするのも当然のことなのだ。
「後ろめたいことがある人間はよく喋ると言いますが、鋼様のそれは正にお手本のようですね……」
だから冥渡さんのその指摘はおかしいんだよなぁ。後ろめたいことなんて……。
「どの口が……」
「れ、蓮華さん?」
「いいえ、なんでもありません」
なんでもなくないですよね。性犯罪者に向けるような刺々しい言葉を漏らしてましたよね。
「しかし、サボタージュなんて鋼にとってはなんでもないことでしょう?」
「な、なんともとは……いや、そうですね、ハイ。最近ちょいちょい遅刻したり休みがちだったのは否めませんし。おかげで……」
補習も決まってしまった、と口走りそうになり咄嗟に口を噤んだ。これはおそらく蓮華さんという炎に差し出したらよく燃える油だ。
99%、蓮華は俺が学校を辞めると先生に言ったことを知っているだろう。しかしまだ99%だ。100%知っていると確信は持てない。
もしも1%の、蓮華が俺が学校を辞めると言ったことを知らないパターンだった場合、全く関係ないことで蓮華がキレていて今拉致されている場合、そこで余計な事を伝えるのはただの間抜けだ。
100%……100%の確信が必要なのだ。
「おかげで? おかげでなんですか、鋼」
「いやぁ、その、ハハハ」
「おかげで補習が決まった、ですか? 不思議なものですね、学校を辞めるなんて言っておいて補習のことを、いいえ、そもそもサボりがどうだの気にするなんて」
おーい! やっぱ知ってるやんけコイツ!
あっさり99%が100%だよ!
「鋼、念の為確認ですが、学校を辞めると言ったのは本当ですね?」
「そ、それは、そのですね、ちょっとアレがアレして、ええと……」
「違うのであれば情報元の大門先生が嘘を吐いたということであり、私はそんな悪辣な嘘を吐く教師であればなんの躊躇もなく全ての権利を行使してクビに追い込むつもりですが」
「はい、言いました! 辞めるって言いました!! 先生は何一つ間違ったことを仰っていません!!」
罪の無い大門先生を巻き込むわけにはいかない。先生から蓮華に伝わったのも、あの先生の性格を思えば俺を心配してだと分かるし密告なんて疑いはしない。
先生を守るのはこの俺だ!
あっさり認めさせられた俺だが、対する蓮華さんに感情の動きは見えない。
尋問による自供の引き出しというより、ただの事実確認をされた感じだ。彼女が頭に思い描く通りに会話を進め、行き止まりまで追い込まれたみたいな。
つまり、本旨はこれから……だと思うのだけどそれがどこに向かうのか分からない。
最悪コンクリートで固められて海の底に沈められるかも……なんてこともあながち否定できない。もう既に手足は拘束されているわけだし。
せめてそうでないことを祈ろう……。
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