第91話 拉致はスマートに
眠れなくても朝は来る。
結局、寝付けなかった俺は快人のセットした目覚まし時計によってタイムアップの宣告を受けた。「うぅ……あと10分、いや10時間」などと呻いている快人をベッドから叩き落とし、共に1階へ降りる。
「鋼、朝から気性荒くない? 低血圧?」
「朝は起きるもんだろ」
ぐっすり眠っていることへの嫉妬などとは言えず、正論で返す俺。正論はいつも正しい。正しいことは偉いのだ。
「そりゃそうだけどさぁ……」
頭をがりがり掻きながら口を尖らせる快人。なんだろう、少し嫌われた気がする。
――ピンポーン
「正解ってことかぁ!? ああん!?」
「いや、インターフォンだよ。でもこんな朝にお客さん?」
突如鳴り響いた電子音に首をかしげる快人。確かに新聞勧誘にしても早い気がする。
「はーい! あ、鋼さん、おはようございます!」
パタパタとリビングから光が出てきた。驚くことに制服姿だ。
「早くない? まだ登校まで1時間くらいあるだろ」
「お弁当を作ってたんです」
ピンク色のシンプルなエプロンをひらひらさせて楽しそうに微笑む光。こいつ、夜更かし仲間のくせに元気そうじゃねぇかよ……。裏切り者か?
「光、俺出るよ」
「兄さん、こっちはいいから紬さんと幽ちゃん起こしてきてくれない? まだ寝てるみたいで」
「うん、分かった」
テキパキとそう指示する光。なるほど手慣れて……って、なぜわざわざ快人に?
古藤もゆうたもかろうじて女子だ。その寝込みに男を寄越すとは……ま、まさか!
この綾瀬光、狙っているのか!? 主人公の持つ特殊結界、ラッキースケベを!
なるほど、そうであれば辻褄が合う。彼女はヒロインではなく、主人公の快人をサポートするポジションで……ん?
それって俺と被ってないか……?
しまった。そう考えると俺は光に一歩遅れたことになる。しかも俺のプロデュースしたヒロイン達は鏡花といい香月といい戦線より離脱している。この俺も親友モブ引退宣言を考えるまでの痛手を負ったわけだが……。
しかしこの綾瀬光、自身も幼なじみである利点を活かし古藤紬をプロデュースするに加え、自らの親友である好木幽のヒロイン昇格まで目論んでいる。俺が、「こんなチビにゃあヒロインは務まらん、無理無理」と切り捨てた好木をだ!
やるじゃねぇか、綾瀬光……。どうやら俺は色々と見誤ったらしい。
俺なんかよりもずっと彼女の方が先を行っている。付け焼き刃の俺なんかよりよっぽど……。
いや! これはむしろいいことだ! 妹である彼女が快人のサポーターであるということは俺がいなくなったって問題なく快人の日常は守られるってことだ!
「負けたぜ、光」
「えっ、私何かしました!?」
惚けちゃってぇ~コノコノ。
彼女はライバルかつ同士。敗北は次へ繋がるチャンスだ。ネバーギブアップ、俺。
「ナイス、ラ……」
「ら?」
光を労おうと言葉を口に出しかけ、止める。ラッキー、と言おうとした言葉を。
いいや、ラッキーなんかじゃない。たかが幸運、そう思っていたら次も俺が負ける。
彼女が勝ったのは幸運でなく日々の積み重ね、努力がもたらした正当な成果だ。何故負けたかしっかり受け止めろ俺……そうすれば何かが見えてくるはずだ。
俺は大きく息を吐き、吸う。そして真っ直ぐ光を見て、今度こそ正しい敗北宣言、かつ労いの言葉を放った。
「ナイススケベ!」
「……はい?」
「お前は紛うことなく真のスケベだよ。いや、正しくはスケベメーカー、スケベの伝道師と呼ぶべきか。全く敵わないぜ……」
「あの、鋼さん? さっきから随分いきなり、物凄く失礼じゃないですか?」
「失礼なんてそんな。スケベ先生と呼びたいくらいだぜ」
「鋼さんっ!?」
光が顔を真っ赤にして怒鳴る。ああ、よくよく考えれば女子にスケベというのは当然褒め言葉じゃないし、ビックリするくらいセクハラだ。
どうやら俺は完璧に主人公のラッキースケベサポートをやってのけた光に嫉妬していたらしい。スケベ連呼はその意趣返しみたいな……いやただの八つ当たりだ。情けねぇ。
「私の! どこが! す、スケベなんですか!」
「あ、いや、スケベってのは言葉の綾でだね……」
羞恥と怒りで涙目になってしまった光にどう弁解したものかとまごつく俺だったが、
ーーピンポーン
そう、再び鳴り響いた電子音に光明を見出した。
「お、お客さん、出なきゃだぞ」
「……分かってます。言っておきますけど対応が終わったらお説教の続きですから」
「い、いいから出たら?」
「出ますよ」
キッと一睨みをぶつけた後、光はドアに向かった。
よしよし、身から出た錆とはいえ年下からのマジ説教は流石にキツい。今更感はあるけれど、人間慣れたらお終いということは沢山ある。慣れたときが一番危ないって言うからね。
だが、俺はここで悠長に休憩タイムを満喫している場合じゃなかった。そもそも、インターフォンが鳴ったのならドアを開ける前に受話器を取って誰が来たのか確認すべきだ。
俺のセクハラ発言に多少なり動揺させていたらしく、早く出なければという強迫観念が働いていたのかもしれない。
「どちら様ですか?」
結果、光は尋ね人が誰かも確認せずにドアを開けてしまった。
「朝早く失礼いたします。私、命蓮寺家の使いの者でして」
「ブッ!?」
聞き慣れた声に思わず吹き出した。
目を向けると、確かにあの最近露出の増えたメイドが薄ら笑いを浮かべてドアの向こうに立っていた。その目ははっきりと俺を射貫いていて、思わず背筋に寒気が走る。
「命蓮寺……蓮華さんの?」
「はい。冥渡と申します」
「お引き取りください!!」
咄嗟に光とドアの間に割り込み閉めようとする……が、内側からドアを閉じるには勢いのままとはいかず、引かなければならない。勢いそのままに閉じられないその隙を、ドアの向こうの冥渡が見逃すわけもなく、器用に俺の手を掴み、
「ふっ!」
「どわっ!?」
腕を引っ張り、勢いそのままにドアの向こうに引っ張られると同時に地面に組み倒された。
「鋼さんっ!?」
「光様、お気になさらないでください。この方はこういうプレイがお好みなので」
「え、ええっ……!?」
「痛たたたた! んなわけあるか! おい、離せ!」
何か説得力があったのか、冥渡の言葉を真に受けて一瞬引く光。俺っていったい……。
などとやっている内に冥渡は鼻歌交じりに俺が動けないようにしっかり絞め、手足に手錠をつけてくる。
「って、淡々と何やってんだ!?」
「あ、あの、少し乱暴ではないかと……えっと……」
「大丈夫ですわ、光さん」
ズンッと音を立てて空気が切り替わった、ような錯覚を覚えた。おそらく、反射的に息を飲んだ光も同じような感覚だろう。
「れ、蓮華さん……?」
「朝からバタバタとご迷惑をおかけします。ですが、少々彼をお借りしたく」
「えっ……で、でも……」
「ああ、あまり公にしていないのですが、親戚なんです、私たち」
「そうなんですか!?」
「おい、お前何を……」
最近はぽろぽろぽろぽろと言っている気がするが、そう言いふらすのはあまり……。
「少々家族の問題でして、ねぇ鋼?」
「あの、心当たりが……」
「無いとは言わせませんわよ?」
ひっ、と喉元で言葉が止まる。
「冥渡さん、連れて行って」
「はい、お嬢様」
「あ、あの、蓮華さん、鋼さんは……」
「お気になさらず。それでは、ご機嫌よう」
あまりに強引に、蓮華はそう言い残し去って行く。そして俺も、軽々と冥渡に担ぎ上げられて続く。
身体を捻って見ると光が心配そうにこちらを見て固まっていた。
「おい、蓮華。お前どういうつもりだよ。いきなりやってきて、親戚とか言いふらして……」
「鋼の意思を尊重してオープンにしていなかったことですが、もうその必要も無いでしょう?」
怒っている。明らかに彼女は怒っている。
心当たりが無いとは言わせない……そう言われることはつまり。
綾瀬家近くに止められていた命蓮寺家の自家用車の後部座席に放り込まれる。
「それでは冥渡さん、本社までお願いします」
「はい」
やはり目的地は思い通りの場所だった。
ゆうたに連れられやってきた綾瀬家は苦難の場だと思っていたが、実はあれはボーナスステージで、本番はこれから始まるらしい。
座席に丸めて転がされている俺を見る蓮華の、怒りに染まった瞳が、はっきりとそう教えてくれた。
5月31日(金)発売の本書の書影が公開になりました。
PASH!ブックス特設ページ
https://pashbooks.jp/series/shinyumobu/
本当はあとがきとかランキングタグに画像貼ってそこをクリックしたらページに飛ぶみたいなことをしたかったのですが、よく分からなかったので出来ませんでした!!
ごめんなさい!!!