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第9話 夜道の攻防

 学校を出ると外はすっかり真っ暗になっていた。

 なーんて言っても、実際は真っ暗なんかじゃない。そこら中に街灯が立っているし、そこら中にある深夜営業の店が光を放っている。こんな都会じゃ空の星を眺めることも、「暗闇の中にいると、まるでこの世界に俺一人しかいないような感覚に陥る……」なんていうアンニュイな中二病ごっこも出来やしない。


 これが大人になることか、としみじみ感じつつ、家への道を歩いていると、ポケットに入れていたスマホがブルブル震えた。そろそろ生まれるのかな?


 ポケットから取り出して画面を見ると、知らない番号が表示されていた。


「もしもし?」

『こんばんは、先輩』

「げっ、お前かよ」


 思わず顔顰めた。相手は今日番号を渡したばかりの綾瀬光だった。


『げ、って何ですか?』

「いや……番号交換したその日に電話かけてくるか、普通」

『かけないんですか、普通は』

「さぁ……番号交換したことそんなないし」

『今回も正確には、先輩から私に一方的に渡しただけですけどね』


 電話の向こうでクスクスと笑う、綾瀬。ひとまずは元気そうで少し安心した。


『先輩、今日の学校はどうでしたか?』

「かーちゃんか、お前は」

『いいじゃないですか。私は行けていないんですから、気になります』

「そう言うなら来ればいいだろ」

『それが出来たら苦労しませんよ、まったく』


 まったく? まったくなんだってんだ!


 開き直る綾瀬。更生の道は遠い。

 こういうのは悩んでいる奴よりも開き直った奴のほうがよっぽどたちが悪いものだ。


 ただ、綾瀬の話に乗るにしたって聞かせるほどの話は無い。

 何といっても俺は今日、遅刻の罰で生徒指導室に引きこもっていたのだ。そういう意味では場所こそ違えど、俺と綾瀬は同じ引きこもり同士なのである。

 引きこもりが引きこもりと会話をしたところでロクな情報が生まれる筈もない。


「そういうのは同じクラスのやつに聞けよ、ゆうたとか」

『ゆうた?そんな人クラスにいませんよ』

「あー、ほら、あれだよ。あのちんちくりんの……えーっと、ゆう、ゆう、ゆうなんとか」

『幽ちゃんですか?好木幽ちゃん』

「そう、そいつ」

『どうして先輩が幽ちゃんのこと知ってるんですか?』


 ひえっ。何か言葉に圧がある。


「ど、どうして責められにゃならん」

『責めていません。聞いているだけです』


 やっぱりこいつかーちゃんかよ! 拾ってきたもの出しなさい! 的な。


 ていうか、よくよく考えれば答えを悩むことも無い。

 俺とゆうたは偶々出会っただけだ。偶々俺が餌付けして、偶々トランプしただけの仲だ。

 何故脳内俺は言い訳がましいんだ!? 仮に俺がナンパしてゆうたを引っ掛けてても……って、想像しただけでも無いわ、ウン。


「偶々会ったんだよ。そんで話した」

『信じられません、あの幽ちゃんが?』


 どの幽ちゃん?少なくとも俺の知っている幽ちゃんは話しただけで驚かれるような奴じゃなかった。図々しくて、自分勝手で、滅茶苦茶な馬鹿だったはずだ。

 そんなあいつが話した程度で驚かれるなんて……本当に俺の知っている幽ちゃんと綾瀬が知っている幽ちゃんが同一人物なのか?

 

 ん?同一人物……?ま、まさか!


「あいつ、双子だったのか……!?」

『一人っ子ですよ。馬鹿ですか、先輩』


 こいつ一言多くない?


「……冗談で言ってんだよ」

『ふふ、そうですか』

「何がおかしい」


 冗談か? 冗談が笑いのツボをついたのか?

 そうかぁ、冗談、ジョーダンか、いやぁ、まさかこいつも俺のまーまーイケてるジョーダンセンスが分かる存在だったのかぁ。笑いのダンクシュート決めちゃったか、コレ。


『こうくだらない話をしていると、とても仲良くなったみたいで』

「……ジョーダンじゃない」


 そんなのジョーダンじゃない。俺のジョーダンセンスのことでもない。まさかのダブルドリブルである。そりゃないよ、マイキー。


『照れなくてもいいじゃないですか』

「照れてない。いいか? 俺とお前は先輩と後輩。ちょっと稀有な経験をしてお前さんは傷ついているから、心優しい俺様が助けてやろうというだけで」

『はい、救ってください、先輩』

「何か言葉的に助けるより強くなってない? やめろよ、俺そういう力強い言葉苦手なんだよ」

『殺戮、とか?』

「力強い言葉で真っ先に殺戮が出てくるお前の脳内どうなってんの?」

『覗いてみます? 直接』


 どうやって!? もう積極的とか気さくとか通り越してサイコだよこの子!


『冗談です。ふふ、冗談返しです』

「うぜぇ、さっき冗談いってきたろ」

『酷いです先輩。折角話を弾ませようとしているのに……それに先ほどのは冗談じゃありませんよ?』


 楽しそうにコロコロと言葉を転がす綾瀬に、俺は思わずため息を漏らした。


「随分元気そうだな。学校来れんじゃねーの」

『そんなことありませんよ。これでも電話のこちら側では男性と長く話したことで蕁麻疹がもう』

「おーそれは大変だ。じゃあ切るぞ」

『嘘です、嘘嘘』

「すぐに嘘つくのはよくないな。泥棒の始まりだってかーちゃんに習わなかったのか?」

『その言葉そっくりそのまま先輩に返しますよ』


 おいおい、俺は嘘をつかないことで有名な男だぞ? 嘘なんてつくはずがない。

 だが、仮に。仮に俺が嘘をついていたとして……こいつは一体どのことを言ってるんだ。


『まぁ、それはいいとして』


 待って良くない! モヤモヤする!


『先輩、明日も来てくれますか?』

「何処にだよ」

『当然、私の家です』

「何が当然か分からんし、そもそもあそこは綾瀬一家の家だ。用も無ければ勝手に行くもんか」

『いけずう、ですね』

「言葉のチョイス古いな……」


 まるでからかうような態度の綾瀬と話しているとどうにも疲れる。エネルギーを使う相手ってのは嫌いじゃないが、今日は朝の綾瀬、昼のドチャクソチビ、夕のプリント地獄を乗り越えた後だ。

 やはり疲れているし、夜まで働くのは世界からも哀れまれる典型的なジャパニーズビジネスパーソン、ジャパニーズシャチクの姿。

 まだ学生の身分である俺としては分不相応だし、色々としんどい。無給だからねコレ。無休だけに。


「じゃ、そろそろ切るぞ」

『そうですか、それじゃあおやすみなさい、先輩』


 声だけでも、満面の笑みだと分かる弾んだ声を残し綾瀬の方から電話を切った。

 随分とあっさり引いたとも思ったが、俺の中ではある種の納得が生まれていた。


 綾瀬光。綾瀬快人の妹。一年生でありながら生徒会に所属しており、意識高い系ではなく本当に意識高い女子高生。成績優秀、容姿端麗、人を引き付ける魅力のある女子である、が。


――光ちゃん、最近ちょっと孤立しちゃってるです……


 電話を切り、静寂を取り戻した夜道を歩きながら、ゆうなんとかちゃんの言葉を思い出す。

 おそらく、綾瀬が抱えるものはおじさんだけじゃない。他にも色々あって、だったらおじさんくらい手放せよって思うし、おじさん抱えてる女子高生ってそれってどーなの? と思うけれども。


「やっぱり、綾瀬のやつ、何か隠してるな」


 俺は親友でも舞台装置に過ぎないモブ。彼女はヒロインの素質を持つ主人公の妹。

 冗談じゃない、あり得ない……なんて思いつつも、結局はどこかで俺は「もしかしたら彼女は俺に惚れているんじゃ?」などと自惚れていたのかもしれない。


 だが、綾瀬はしたたかだ。俺が思っていたよりずっと。

 この会話でそれが少し見えた。


 露出狂のおじさんから彼女を助けた俺、そしてそんな俺に対して、不登校になりながらもアプローチを掛けようとする彼女。この普通なようでどこかぎこちない姿の中にきっとヒントがあるはずだ。


 所詮、俺は親友という舞台装置。群衆であるモブだ。そんな俺に主人公の妹様が惚れる筈はない。


 だが、舞台装置であったとしても俺は一人の人間だ。誰かの勝手な都合で一方的に振り回されるのは気持ちのいいことじゃない。ましてや俺が必死で作り上げたこの親友ポジションが脅かされるような、主人公の妹からの想い人なんてピエロ役はまっぴらごめんだ。


 だったらやることは決まっている。

 俺は一人、笑みを浮かべた。鏡で見ればおそらくそこには悪魔がいるだろう……!


「ククク……あまり俺を舐めるなよ……見せてやるぜ、俺の本当の力をなぁ……!」


 俺のその言葉は闇夜に消え……ることなく街灯の下で彷徨って、

 

――チャリンチャリン


 そんな自転車のベルの音でようやくかき消された。


「プッ」

「おいお前何笑ってんだ! 人が決めてるところだろ!? 勝手に聞いてんじゃねぇ! しかも無灯火じゃねぇか! お前なんて警察に見つかって補導されちまえバーカバーカ!」


 思わず飛び出る恨み節。聞こえていないのか聞いていないのか、チラチラと街灯に背中を照らされながらも遠ざかる背中。


 そんな背中を見て思う。





 怒って戻ってこなくてよかったぁ……と。

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